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第105話 老提督の愚痴

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 地球連邦欧州宇宙軍遼州艦隊。その旗艦である『マルセイユ』は指揮下の艦船を楯にして、じっと遼州系アステロイドベルト外の宙域を進行していた。ブリッジに並ぶ艦隊首脳陣のピケ帽はただ目の前に広がるデブリを見つめていた。

「カルビン提督」 

 自動ドアが開き、諜報担当士官が入ってきた。カルビン提督と呼ばれたひときわ長身の老提督は、静かに入ってきた若者に視線を送った。

「現在、この宙域には……」 

「君。年はいくつかね?」 

 長身の老人。カルビン提督は若い通信士官の言葉をさえぎって静かにそう言った。驚いたような顔をした後将校は口を開いた。

「はっ、26になります!」 

「そうか。それでは君が手にしている情報を当ててみようか?現在この宙域には我々の艦隊ばかりでなく、殆どの宇宙艦隊を所有する勢力の艦隊で埋まっていると言う事だろ?」 

「はい!その通りであります!」 

 青年士官はカルビンの言葉に思わず最敬礼をしていた。

「それだけ知らせてくれれば君の任務は終わりだ。下がって休みたまえ」 

「ありがとうございます!」 

 情報将校はもう一度最敬礼をすると颯爽とブリッジを出て行った。

「アステロイドベルトでは『遼帝国』宇宙軍と地球遼州派遣軍指揮下のアメリカ海兵隊がにらみ合いと……」

 手前に立っていた首脳の一人が中央の画面に目をやる。そこには一つの大きめの小惑星を巡りにらみ合う遼帝国軍の艦隊とそれに呼応するように動き出しているアメリカ海兵隊の艦隊の画像があった。

「遼帝国の山猿とアメリカは『茶番』に夢中で我々には関心は無しか……これから起こる出来事には我々にもそれを見学する資格があるらしいね」 

 静かに老提督ジャン・カルビンはそう口にしていた。手前の白髪の士官はそのままレーザーポインターで画面の端に映っている艦に目をやる。

 イギリスの外惑星活動艦の姿がそこにはあった。

「しかしわざわざユニオンジャックが来ていると言う事は、今回の『イベント』は連中にも関心がある出来事のようだ……アメリカの『魔法研究』の情報についてはアングロサクソンの間でもまったく水漏れが無いというところですか?」
 
 艦隊付参謀長が切り出した。

「私も資料に目を通したが、直接この目に見るまではその中身を信用するつもりは無いよ。アメリカが来ないのは見るまでも無く、彼らが『魔法』と呼ぶ遼州人の力のその被害にあったことがあるんだろうね。これはあくまで私の私見だが」 

「それでは諜報部からの19年前のネバタ州の実験施設の事故と言うのは?」 

 カルビンは静かにずれたピケ帽を直しながら言葉を発する。

「まず間違いなく我々がこれから目にするであろう事実と関係がある。その事だけは確かだろう。ゲルパルトの秩序の守護者を自認する老人から私的に送ってもらったメモにも、驚天動地の大スペクタクルの末に、甲武国の貴族主義者が最期を迎えると……それほどうまくいくとは思わんがね」 

 静かにデブリの中に戦艦の巨体が吸い込まれていく。

「艦長。無人偵察機の用意は出来ているか?」 

 カルビンは少し離れた所で海図を見ていたマルセイユの艦長にそう尋ねた。

「全て問題有りません!遼州同盟司法局実働部隊の実力と言うものの全てを知る事ができるでしょう」 

 にこやかに答える艦長の言葉にカルビンは表情をこわばらせつつうなづいた。

「嵯峨惟基。そう簡単に手札を晒す人物ではない。私の聞いてる限り、そう言う男だ。ただし確実にいえることは、これから我々は彼が仕組んだ一つの歴史的事実を目の当たりにする事になると言う事だ。不本意では有るが、我々はもう既に彼の手の内にある。そして彼は何手で我々をチェックメイトするかまで読みきった上でこの事件を仕組んだ。私はそう考えているよ。ルドルフ・カーンは今回の対局は負けと踏んで、次の対局に備えている……やはり、『一流』は違うという所かな」 

 明らかに不機嫌な提督の反応に、艦長は息を飲んだ。

「原子力爆弾の投下が時代を変えたように、超空間航行が人類の生活空間の拡大を引き起こしたように、明らかにこれから我々の目にする事で時代が変わる。確実にいえることはそれだけだ。地球人の私には不本意な話だが」 

 そうはき捨てるように言うとカルビン提督は静かに眼を閉じた。
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