特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直

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出撃

第33話 初動

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 いつものように実働部隊の部屋の端にある時代遅れの端末で備品の発注書を作成していた誠の目の前の画像が緊急呼び出しの画面に切り替わった。

「おう、それじゃあハンガーに集合!」 

 ランの言葉にかなめやカウラも黙って立ち上がる。

「なんですか?今回は」 

 このような呼び出しは誠は二回目だった。前回は豊川の北にある久留米沢での岩盤崩落事故の支援出動だったが、今回のランの表情を見ればその時とはまるで違う緊張した面持ちが見て取れた。

「ぐだぐだ言ってねえで早くしろ」 

 かなめがそう言って誠を小突く。

「ぶたなくてもいいじゃないですか!」 

 そう言って誠はランの顔を見上げた。感情を隠すと言うことが苦手なランには明らかにこの事態を予測していたような落ち着きが見て取れた。扉を開いて廊下に出れば、すでにハンガーには整備班員が整列して直立不動の姿勢をとっていた。管理部の隊員に続いて階段を駆け下りると、さも当然と言うように背広姿の見知らぬ小男が整列していく隊員を眺めている。

 ハンガーに整列する隊員だが、技術部はバルキスタンに派遣された島田とサラをトップとするバックアップ要員がいないこともあって、なぜか数が少なく見えた。

「遅いぞ、とっとと整列しろ」 

 厳しい口調のランの前に順番に整列した。そんな誠達の前には待機状態の大きな画像が展開していた。前回の事故の時とは指揮官達の表情はまるで違っていた。最後に駆けつけてきたアメリア貴下のブリッジクルーの女性隊員達も緊張した表情で整列する。

「オメー等、いいか?」 

 居残りの整備班員を整列させ終えた班長代理の技術部員にランが声をかける。そしてそのまま目の前に置かれていたお立ち台の上に上がった。

「一言言っておく!今回の緊急出動は戦闘を前提としたものである!各隊員においては常に緊張した状況で事態に対処してもらう必要がある。各員、気を引き締めて職務に当たってほしい」 

 ランの舌っ足らずの独特のイントネーションが誠のつぼにはまって思わず噴出しそうになる。前に立っていたかなめはそれに気づいて誠の足を思い切り踏みしめた。足の痛みに涙を流しそうになる誠の前のスクリーンが起動した。

 そこには司法局実働部隊隊長、嵯峨惟基特務大佐が大きく映し出されていた。その表情は誠が初めて見る緊張をはらんだ顔だった。嵯峨の緊張した面持ちにこれから説明されるであろう事態の深刻さをハンガーにいる誰もが理解していた。

『えー、あー、あれ?』 

 間抜けな声が響くカメラ目線の嵯峨の目つきがいつものうつろな濁った色に変わる。

『ラーメン……チャーシューメン。高いよな……え?』 

 整列していた隊員が呆然と大写しの嵯峨を呆れた顔で見つめる。

『……映ってんの?回ってんの?切れよここ。な?』 

 そう言うと嵯峨は再び見慣れない厳しい表情に戻る。ランの視線が痛く突き刺さっている。

『ああ、みんなも知っていると思うが、現在バルキスタンの選挙管理・治安維持支援の目的で島田達バックアップグループが展開しているわけだ。そのバルキスタンで停戦合意をしていたイスラム系反政府組織が停戦合意を破棄した。理由はありきたりだが選挙態勢に不正があり信用できないからだそうな。もうすでに政府軍の反攻作戦が展開中だろうな今頃は』 

 そう言うと嵯峨のアップからバルキスタンの地図に画面が切り替わる。ベルルカン大陸西部に広がる広大な湿原地帯と山脈を貫く乾燥した山地が続くのがバルキスタン共和国だった。そしてバルカイ川下流の都市カイザルに赤い点が打たれ、その周りの色が青色に、中央山脈からのムルガド首長国国境沿いに緑の地に染められていく。

『緑色が先週までの反政府軍の統治エリアだ。だが、今度の攻勢で……』 

 嵯峨の声の後、すぐに青色は緑色のエリアに侵食されて行った。

「あそこのイスラム民兵組織は機動兵器はもってねえはずだよな」 

 前に立っているかなめが誠に声をかける。

「そんなこと僕が知るわけないじゃないですか」 

 誠が答えるとかなめはにやりと笑いながら画面に視線を戻す。レアメタルの鉱山を奪い合うと言うバルキスタン内戦に於いてはキリスト教系民兵組織出身の現政権の首領エミール・カント将軍も敵対するイスラム教系反政府組織も潤沢な資金を注いで軍の増強に努めていた。だが、地球圏がカント将軍派を正当な政府と認証した十二年前の協定により、イスラム教系組織へのアサルト・モジュールなどの輸出は条約で禁止され、内戦は政府軍の優位のうちに進展していた。

 その状況に不満を持っていた遼州同盟加盟国の西モスレム首長国連邦と地球圏のアラブ連盟は遼帝国の首都央都での協約で、カント将軍に民主的な選挙の実施と言う案を飲ませてカント将軍の力を削ぐ方針を固めた。彼らは遼州同盟各国からの選挙監視団の派遣を要請、地球からも治安維持部隊の導入を進め選挙はまさに行われようとしていたところだった。

 だが、目の前の地図はその合意を反故にして反政府軍は侵攻を開始していることを示していた。

『ああ、ここで質問があるだろうから答えとくよ。これだけの規模の侵攻作戦となると反政府軍は機動兵器を所有していることが必要になってくるな。答えから言うとその機動兵器の供給源はカント将軍様だ。まったく敵に塩どころか大砲を送るとは心が広い将軍様だなあ。お前等も見習えよ』 

 そう言う嵯峨の声に技術部のあたりで笑いが起こる。だが、それもランがいつもの鋭い視線を向けると笑顔の技術部の面々も緊張した面持ちに変わった。

 そのまま画面は地図から嵯峨の間抜けな面にかわった。

『何のことはない。政府軍も反政府軍も今回の選挙は無かったことにしたいんだ。そのためには敵に鉄砲でも大砲でも送るし、明らかに民衆の支持を得られない大攻勢でも平気でやる。残念だが遼州人も地球人もそう言うところじゃ変わりはねえんだ』 

 嵯峨の口元に残忍な笑みが浮かぶ。

『そこでだ。遼州同盟司法局は央都協定二十三条第三号の規定に基き甲一種出動を行う。すべての任務にこれは優先する。各隊の作戦の立案に関してはクバルカに全権を一任する!以上』 

 嵯峨は再びまじめな顔で敬礼する。そして画面が消えた。ハンガーに整列した隊員は全員が嵯峨の消えた画面に敬礼をした。

「甲一種か……燃える展開になりそうじゃねえか」 

 誠を振り返るかなめの視線に危なげな喜びのの色が混じる。誠は冷ややかに笑いながら周りを見渡した。

 そんな誠は明らかに動揺していた。

 司法局実働部隊のあらゆる武装と能力を制限無しに使用可能な甲一種出動。以前の甲武の軍部貴族主義者のクーデターである『近藤事件』ですら運用艦『ふさ』の主砲の使用制限などがある甲二種出動であった。隊員達の視線は壇上のランに集まった。

「おー!今見て通りだ、やる気を見せろってこった」 

 そう言いながら隣に立つ管理部部長代理の菰田邦弘主計曹長にランは目配せをする。再び画面に映像がでる。大型輸送機が映し出される。

「P23。東和軍北井基地の所属の機体だ。これに第一小隊……ベルガー!」 

「はっ!」 

 ランに呼ばれたカウラが一歩歩み出る。

「お前んとこの三人がこいつで敵陣に斬りこんでもらう。輸送機のパイロットは……菰田!」 

「はい!」 

 モニターを操作していた菰田が立ち上がった。

「お前さんはこいつの飛行時間が一番長いんだ。パイロットをやれ」 

「了解しました」 

 そう言ってカウラに微笑みかける菰田をカウラは完全に無視した。そんな中、思わず笑いを漏らすアメリアをランの視線が捉えた。

「クラウゼ……。テメエが前線で仕切れ。そんぐらいの仕事はしろよ」 

「了解しました」 

 アメリアがすぐにまじめな顔で敬礼する。

「第一段階担当は以上!それでは各員、指示書のディスクを受け取って解散!」 

 そのままランは演台から下りる。カウラ、菰田、アメリアがそれぞれランの横に立っていたパーラからディスクを受け取っている。

「おい、チビ。あれだけ広がった戦線に3機のアサルト・モジュールでどうしろって言うんだよ」 

 かなめのその言葉で誠は我に返った。広大な領域に戦線を拡大させたイスラム武装勢力をたった三機の戦力でどうこうできるものではないことは誰にでも分かることだった。だが、そんな作戦の立案を依頼されたランには奇妙なほどに余裕が感じられた。

「わからねー奴だな。東和宇宙軍じゃなくてオメー等にお鉢が回ってきた理由。考えてみろよ」 

 そう言うランは勝利を確信しているように見えた。

「確かに戦線は急激に拡大しているな。でもよー配備されている治安維持部隊も激しく抵抗して戦線は入り乱れて大混乱状態なんだぜ。そこで核だの気化爆弾だの敵味方関係なく皆殺しにするような兵器を使ってみろや。同盟崩壊だけじゃすまねー話になるだろ?そこで先日の秘密兵器だ」 

 不適な笑いを浮かべる一見少女のようなランの言葉に誠もようやく事態を飲み込んだ。

「法術非破壊広域制圧兵器?」 

 なんとなく誠の口をついたのはその言葉だった。ランは笑いながら頷いた。

「そういうわけだ。命は取らずに意識を奪う兵器。こんな場面にはうってつけだろ?菰田!電算室を借りるぞ」 

 そう言うとランは誠達の返事も待たずに歩き出す。カウラはその後に続く。

「ですが、中佐。あの兵器の実用のめどは……」 

「あれで十分だ。アタシが保障するぜ。出力は上がることはあっても下がらねーはずだからな」 

 小さな上司ランが余裕たっぷりの表情で振り返る。

「あんな実験だけでそのままの実力が出せるかどうかなんて……」 

 そうこぼすかなめをランがいつもの睨んでいるとしか思えない視線で見つめる。かなめは気おされるようにそのまま黙り込んだ。ハンガーの階段を上り、誰もいない管理部と実働部隊の部屋を通り過ぎる。隊長室は留守だった。だが、先ほど見た嵯峨の映像が誠の脳裏に写り、いつもは感じない隊長である嵯峨への控えめな敬意が芽生えていることに気づいた。

「アメリア。ついて来てるか?」 

 その声に誠が振り向くとそこにはアメリアとパーラがいた。

「当たり前じゃないの。それより今回の作戦の成功は……」 

 セキュリティーを解除して振り返るランの視線に迷いは無かった。

「失敗すると分かって動く馬鹿は珍しいんじゃねーの?アタシとしては任務成功の確立は八割は堅てーと思うがね」 

 そう言ってランはコンピュータルームの扉をくぐる。

「おい、ベルガー。ちとそのディスク貸せよ」 

 ランはカウラから手渡されたディスクを起動した端末のスロットに差し込む。明らかに椅子が幼く見える体のランにあっていない様は滑稽に見えた。

「笑うんじゃねーぞ」 

 振り向いたランはかなめを一睨みしてからディスクを端末が読みこんだのを確認した。現れたのは現在のバルキスタンの勢力地図だった。

「現在のバルキスタンは反政府勢力の攻勢で戦線が入り組んで敵味方入り乱れてのとんでもないことになっているわけだ」 

 そう言ってランは中央盆地にカーソルを合わせ拡大する。画面にはその中に一筋のラインと緑の勢力圏を点線で覆う紺色の淡い斜線の引かれた部位が目を引いた。

「今回の作戦はこの主戦場である中央盆地の武装勢力の戦闘継続能力の粉砕が目的だ。この盆地が反政府側の手に堕ちれば政府軍を支援するという名目で米軍が動く可能性がある。実際、同盟機構の一部には出兵に積極的なアメリカ陸軍派遣の要請を検討している勢力もある。それが実現すれば同盟機構の政治的権威はおしまいだ」 

 そう言うとランは再び中央盆地の入り口に当たるカンデラ山脈の北部を拡大する。

「進入ルートはカンデラ山脈を越えてと言うことになるな。それを抜けたらすぐに神前の乙型とベルガーと西園寺は降下、そして12キロ北上して島田が出張してる東和陸軍の特殊部隊の連中と合流する」 

「東和陸軍の特殊部隊ですか……停戦監視任務じゃないと出動許可が出ねえと思うぞ、あそこは」

「西園寺。言うだろ?敵をだますにはまず味方からってな。東和陸軍が現在神前の制圧兵器の射撃範囲を指定するビーコンを設置中だ。さっき連絡したがさすがにアタシの出身部隊だ。予定時刻ぴったりで状況は進行している」

 ランはそこまで言うと誠の方を向いた。合流地点と言われたところから広大としか思えない範囲にかけてが赤く染められる。そこでランの教え子の精鋭部隊が任務行動中だったという事実に誠は驚いていた。

「今回は範囲指定ビーコンは部隊が設置済みだ。照準もつける必要はねーんだ。射撃の苦手なお前さんでも簡単だろ?」 

 あっさりとそう言うランに誠は自分の額に光る汗を感じていた。

「確かにこの範囲の敵を駆逐すれば反政府勢力の攻勢は頓挫するのは分かるんだけどな。このあたりには停戦監視や治安維持目的で同盟軍の部隊が展開してるんじゃねえのか?」 

 素朴な疑問をぶつけるかなめにランは狙いすましたような笑顔で答える。

「だから、非殺傷設定のアレの効果が生きるんだ。思念反応型兵器とか意思機能阻害兵器とか呼ばれているわけだが、アレに撃たれると人間なら二日は昏睡状態に陥ると言う効果があるが死にはしねーからな。今回はその特性を生かして戦闘能力を削いでしまおうって作戦なんだ」 

 ランが無い胸を張る。

「そんなにうまく行くんでしょうか?」 

 そう言うカウラにランは立ち上がって背伸びして彼女の肩に手をやった。

「うまく仕切って作戦成功に導くのが……ベルガー、オメーの仕事だ。それとクラウゼ!」 

「は!」 

 切り替えの早いアメリアは真面目モードでランに敬礼する。

「東和宇宙軍が飛行禁止区域を設定しているが、低空で侵入されると結構面倒なことになるからな。特に、M7クラスだと正直、対地攻撃での撃破は難しい。そこを見極めて管制よろしく頼むぞ」 

「了解しました!」 

 そんなアメリアの気合の入った声に笑みを浮かべたランはそのままコンピュータルームを出ていった。

「さてと、カウラ。進入ルートの選定は私達に任せて頂戴よ。とりあえず出撃命令が出るまで休んでいていいわよ」 

 アメリアはすぐさま椅子に腰掛けて端末のキーボードを叩き始めた。パーラも隣の席で同じように仕事を始める。

「じゃあ、よろしく頼む」 

 カウラはそう言うとアメリア達に視線を送るかなめと誠を促してコンピュータルームを後にした。

「ちっちゃい姐御にあれほど確信を抱かせるってのはたいした奴だぜオメエは」 

 かなめはそう言うとタバコを取り出して誠の肩を叩く。

「廊下は禁煙だぞ」 

 いつものようにカウラがとがめるが、その表情は誠には相棒を気にするカウラの思いやりが見て取れた。

「わあってんよ!しばらくヤニ吸ってるから何かあったら呼んでくれよ」 

 そう言うとかなめはハンガーへと歩き出す。誠とカウラはそのまま実働部隊の控え室に戻った。

「カウラさん。本隊はどう動く予定ですか?」 

 誠の戸惑った言葉にカウラは静かに顔をあげた。

「そちらは『ふさ』で出撃。海上に待機して様子見だ。我々が失敗した時はカント殿の頭に『ふさ』の主砲でも突きつけて自作自演のもたらした負の遺産を身をもって味わってもらう予定だ。まあそうなったらどこかの星条旗を掲げた正義の味方気取りの兵隊が笑顔で全面攻撃なんてシナリオまで見えてくるがな」 

 ふざけたようなその言葉だが、誠もカウラの性格が分かってきていただけにその意味が理解できた。待っているのは本格的な紛争。そして同盟機構は瓦解し、新たな秩序の建設を大義として掲げての遼州の大乱。誠はそんな状況を想像して冷や汗が流れるのを感じていた。
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