遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第二章 『特殊な部隊』を支える者達

第6話 野球と変態とバス地獄

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「まあ貯金は初任給が出た時から続けてます。それより、僕が投げるとして島田先輩はどこを守るんですか?リリーフですか?」

 話を自分の関心のあるところに戻そうと誠はそう言った。

「外野。センターだ。俺がストライクが入らなくなると、監督の西園寺さんが怒ってショートのカウラさんをマウンドに上げるんだ。そん時はセンターに俺が入る。俺の守備範囲には定評があるからな。うちの外野って使えるのが居ねえんだ。だからライトの定位置からレフトの定位置まで俺が捕りに行かなきゃならねえ。足には自信があるから間に合うけど」

 島田は得意げに誠に向けてそう言い放った。

「それと当然打順は一番。リーグでも前期を終わって三本の先頭打者ホームランは俺だけだぜ。初回は一点入るから、テメエはその一点を守り切ればいい。外野へ飛んだ球は俺に任せな!……と言いたいところだがライン際に飛んだ球はさすがに俺の足でも間に合わねえ。そん時は諦めろ」

 得意げに島田はそう言った。誠から見ても島田の引き締まった身体は走るのに向いているように見えた。そしていつもつなぎを着て腕まくりしているので今も見えている島田の両腕はこれも徹底的に鍛え上げられているので『先頭打者ホームラン三本』と言うのもあながち嘘ではないだろう。

「凄いですね。足が速いとなると……盗塁はどうなんですか?」

 先ほどのかなめが整備班に迷惑をかけたことに罪悪感を感じていたので、誠は島田を少し気持ちよくしてあげようとそう言ってみた。

「よくぞ聞いてくれたな!これも今のところリーグ首位。俺を塁に出すと相手のキャッチャーが泣きそうな表情を浮かべるんだ。いい気味だろ?フェンス際まで行かなくても俺の場合は三塁打。後はスクイズで一点。完璧だろ、うちの打線設計」

 さらに島田の自慢話が続く。誠はただそれを黙って聞くしかなかった。

「それに自慢じゃないが俺の肩はまさに『レーザービーム』だ。本塁に突入してくるランナーを何度刺したことか……まあ、うちはキャッチャーも穴なんで、タイミング的にはアウトでも捕球に失敗してセーフってのが結構あるのが残念なところだがな。リーグでもキャッチャーが安定しているチームは上位にいる。中でも『菱川重工豊川』の都市対抗野球OBチームは元社会人チームの正捕手だったおじさんがそこに座ってるんだ。あれは反則だよ」

 キャッチャーに泣かされる。それは野球を小さいころからやってきた誠にもよくわかる話だった。特に高校三年の夏の大会でのキャッチャーのパスボールの記憶は誠のトラウマになっていた。

「要は外野にフライを打たせればいいんですね?参考にします」

 キャッチャーが穴と言うことは三振を狙えばキャッチャーがパスボールして振り逃げをされる可能性がある。誠もかつてのトラウマになった試合で何度も振り逃げをされたので、島田の言葉からそういう結論を出した。

「うちのキャッチャーは日替わりだかんな。リードなんてあてになんねえぞ。まあ、野球経験の長いオメエなら自分でサインを出すか。心配するだけ損したな」

 誠は少しこの『特殊な部隊』のチームに不安を覚えながら自分を褒める島田の言葉に照れ笑いを浮かべた。

「そう言えばオメエさあ、管理部に顔出したことあんの?」

 島田はヤンキーらしい集中力の切れ方で話を全く別のほうに振った。

「いいえ……でもあそこは行く必要がないって島田先輩が言ってた……」

 そんな誠の言い訳する様を見て島田は大きなため息をついてタバコの煙を吐いた。

「そんな人のせいにすんなよ。確かにあそこは菰田の馬鹿野郎が部長代理を務めていて俺もアイツに会うのはうんざりだけど……あそこのパートのおばちゃん達。結構いい人ばっかりだから顔くらい出しておいた方が良いぞ」

 吸い終わったタバコをいつものように『マックスコーヒー』の空き缶にねじ込みながら島田はそう言った。

「隊に入って初日に『あそこには近づかない方が良い』って言ったのは島田先輩じゃないですか。だから僕はあそこには近づかないで来たんですよ……それを今更……」

 誠は自分の言葉に責任を持たない島田にあきれながら言い訳を続けた。

「そうなんだけどさあ。あそこのパートのおばちゃん達は良い人だから顔ぐらい見せておいた方が後々良いことがあるなあって、俺なりに気を使ってやってるの。野球の試合の時は子供を連れて応援に来てくれるんだぜ。特にパートリーダーで一番の古株の白石さんには俺達技術部もお世話になってるんだ」

 島田は珍しく気を利かせた調子でつぶやく。

「技術部がお世話になってる?どんな人なんですか?白石さんって」

 それほどまでに島田が気を使う『白石さん』と言う存在に誠は興味を引かれた。

 島田は吸い足りないというように二本目のタバコをくわえると静かに火をつけた。

「この工場にはもう四十年も務めてる大ベテランだ。元々、この工場の経理課で長年パートをしていたんだが、工場に顔が効く便利な人が欲しいって隊長がここの工場長に掛け合ったら白石さんを紹介してくれてね」

 人を強引に引っ張りこむことに関しては隊長の嵯峨には定評があった。その犠牲者の一人が他でもない誠自身である。

「この工場の経理課?そんな使える人ならこの工場だってそう簡単に手放さないんじゃないですか?」

 島田の調子から相当優秀なパート職員である白石さんを簡単に工場が手放すはずが無いと誠は思った。

「隊長とここの工場長は馬が合うんだ。それに知ってるだろ?ここの工場は菱川重工本社で閉鎖が検討されているくらい運営が厳しいんだ。長く勤めてそれだけ時給が上がってるパート職員より新規のパートを最低賃金で雇った方が経費節減になるんだ。だからあっちでも一年契約のパートの中で一番時給が高かった白石さんが切られたんだ。社会は厳しいなあ……覚えておけよ、神前」

 確かにランが言う所の『終わった工場』と呼ばれていて、部隊の敷地以外にも空き地の目立つこの工場の経営が厳しいことは誠も感じていた。

「でも白石さんは本当に頼りになる人なんだぜ。この車の部品はここの工場で作ってもらってるんだが、それができるのも白石さんの口添えが有ったからなんだ。いきなり居候が『部品ください』って言って作ってくれるほど世の中甘くないからな。この工場の隅々まで知り尽くしていて、社員のほとんどの顔を覚えている白石さんがいてこそうちの部隊の運営は上手く行ってるんだ。分かったか?」

 島田はそう言いながら旨そうにタバコをふかした。

「じゃあ、菰田曹長が居ない時に顔を出しときますね」

「そうした方が良い。他のパートさんも採用の際に白石さんが面接に立ち会った良い人ぞろいだから。早めに顔出しとけよ」

 そう言って笑う島田だが、誠も島田も大嫌いな菰田の名を口にしたことで少し嫌な気分になっていた。

「でもそんなタイミングって……」

 誠は早めにその良い人ぞろいの管理部に行ってみたかったが、誠を毛嫌いしている菰田と顔を合わせることが嫌だった。

「それ以前に問題になることがある。菰田の野郎。アイツは一応、野球部員なんだ。当然今回の合宿にも来るだろう」

 名前を言うのも不愉快だという調子で島田はそう言った。

「菰田さんも野球部員なんですか?ポジションは?」

 誠も自分のことを敵視している菰田と合宿に行きしかも練習に参加することを想像するのは嫌だった。

「そんなもんねえよ。自称『マネージャー』だと。アイツはまさに『野球をしないために産まれたような男』だからな」

 そう言って島田は下品な笑顔を浮かべた。そこには菰田を心底軽蔑している心の動きが手に取るように見えた。

「じゃあ、なんで野球部にいるんです?『野球をしないために産まれたような男』?それってどういう意味ですか?西園寺さんに銃で脅されたんですか?」

 誠は島田が言った聞き慣れない表現に戸惑いながらそう尋ねた。

「なんで西園寺さんがそんな使えない奴に無駄に高い弾を使うんだよ。アイツに球技は向いてねえ。打てねえ投げれねえ走れねえの三拍子そろってやがる。一度、セカンドを守らせたときに小学生でも捕れるような真正面へのヘロヘロのポップフライを顔面で受けやがった。投げるのもオメエはそれでも男か?って聞きたくなるほどの距離しか投げられねえ。走るのは軍の体力試験をどう通ったか不思議なレベルだ。アイツにプレーで期待するような部員は誰もいねえよ」

 あっさりそう言い切る島田の言葉を聞いて誠に1つの疑問が生まれた。

「じゃあなんで野球部にいるんです?天敵の島田先輩にからかわれ続けるのが落ちじゃないですか。あの人プライドが高そうだからそんなこと許せないと思うんですけど」

 不思議そうに尋ねてくる誠の顔をまじまじと見た後、島田は大きくため息をついた。

「分かってねえなあ、オメエは。カウラさんだよ。アイツは『ヒンヌー教徒』だろ?ぺったん胸のカウラさんにぞっこんだから『何でもやります!だから野球部に置いてください!』って西園寺さんに泣きついて野球部に置いてもらってるの!」

「『ヒンヌー教徒』……変態なんですね。菰田さんは」

『憧れる先がそこか……『美』の基準ってのは、ほんと人それぞれだな……』
 
 誠は菰田達の価値観に、またひとつ小さな絶望を覚えていた。

 誠はあっさりと先輩である菰田を斬って捨てた。確かにカウラの体形はやせ型の男子高校生といった感じで、胸のふくらみがまるで見えないのは事実だった。そこまでの忠誠心を向ける先が、『ぺったん胸』の女性大尉というのが、なんとも……遼州の未来が心配になる誠だった。

「そうだ、変態だ。まあ、買い出しとか試合の球場を確保するときに役所の前で朝から待ってたりとか、誰もやりたがらないことを喜んでやるからな。西園寺さんも顎で使ってる。あいつも『役に立ってる感』で満足らしい。カウラさんの役に立ってるって……確かにド変態だな」

 先輩を平気で変態扱いする誠を見て島田は腹を抱えて笑い始めた。

「まあ今回の合宿の唯一の不安要因がアイツだな。ああ、そうだった。合宿の時泊まる西園寺さんの顔の効く高級ホテルまではバスで行くのは知ってるよな!」

「あっ!そうだった……僕には不安要素がもう1つありました」

「オメエは吐くからな、バスに乗ると」

 島田に指摘されて、誠には嫌味な先輩の洗礼だけでなく乗り物酔いと言う敵と戦うことになるという事実を突きつけられた。

 ただ誠は困ったような表情を浮かべて、爆笑する島田に付き合うようにしてぎこちない笑みを浮かべた。

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