遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第十三章 『特殊な部隊』の野球練習

第31話 これが我らのピッチングマシン(物理)

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 誠達はホテルの贅を尽くした玄関ロビーを抜け外に出た。空はどこまでも晴れ、まさに野球日和、海水浴日和と言う空の様子だった。

「菰田の奴、どこにワゴン車停めてやがるんだ?あれだけでかけりゃ、すぐ見えるだろうに……まったく、マネージャー解雇くびだな、こりゃ」

 人気のないホテルの前の車寄せに立ったかなめはそう言って周りを見渡した。かなめの言う通りホテルの前の広い車寄せにも、がらんとした駐車場にも一台もそれらしい車の姿は見えなかった。

「そう言えばピッチングマシンってワゴン車で運ぶんですか?そもそも、どこから借りてきたんです? 僕たちの道具って結構ありますよ? ……全部、載るんですか?」

 きょろきょろと周りを見回す誠達の周りに遅れてきた技術部の野球部員が集まってくる。ロビー前の車寄せの前には人だかりができあがった。

「なんでもこの近くに古いバッティングセンターがあるらしい。あまり繁盛してないらしくて、西園寺が無理を言って借りてきたらしい」

 カウラはそう言って走り回るかなめを見つめている誠に事情を説明した。

「ここですよ!西園寺さん!こっちです!」

 立派な枝ぶりの松の木の陰から走って現れた菰田が手を振っているのが誠からも見えた。その背後は庭の木々が邪魔をして誠達からの視界を遮っていて肝心のワゴン車の姿は見ることができなかった。

「おし!それじゃあ自慢のピッチングマシンを見るぞ!」

 大型バスが乗り入れることを前提とした広い車寄せに立っていたかなめが誠達に向けて叫んだ。

「ピッチングマシンって結構大きいですよ。ワゴン車にそれを載せるとして、僕達何で球場まで移動するんです?」

 この合宿に来た隊員のうち、野球部員は半数に満たない。誠達の移動にここに来るときに使った大型観光バスを使うのは効率が悪いと思って誠はかなめにそう尋ねた。

「まずオメエ等もピッチングマシンが見たいと思ってな。ちゃんとワゴン車を用意してその荷台に積んである。菰田には野球道具も載せられる一番でかいのを借りろと言っといたから安心しろ」

 誠の問いにかなめは自慢げにそう答えた。

「でも、今時アーム式……いわゆる人間が投げるようにアームでボールを投げるシステムでアクションとしてはリアルではあるんだけどそんな旧時代のピッチングマシンなんてよくあったわね。球をベルトで挟んで変化球を投げれるようにしたベルト式やそのベルトの数を増やして変化球の投げられる可能性を増やした最新式の三軸式のマシンを借りるお金は無かったの?島田君が作った裏金が有るじゃないの」

 不服そうにアメリアは先頭を得意げに歩くかなめにつぶやいた。

「そんなマシンこんな田舎にあるかよ。何か?都内のそう言うレンタルを専門にやってる店まで取りに行けって言うのか……ああ、菰田は何でも屋のマネージャーだったな。アイツだけ取りに行かせてアタシ達がここに泊まるんなら問題ないか」

 かなめは菰田をこのホテルから排除するようなことをあっさりと言ってのけた。ただ、菰田は野球部員の『ヒンヌー教徒』以外からは嫌われているのでほとんどの部員がかなめの言葉に同意するように頷いた。

「ひどいですよ、西園寺さん。いくらマネージャーだってそんな扱いお断りします」

 かなめの残酷な言葉に菰田は困ったような表情を浮かべた。菰田が歩いていく先にぼろぼろの白い大型のワゴン車が停められているのが誠達からも見えるようになった。

「見えたな。それにしてもひどい車だな。貸す方も貸す方だ。ドアのへこみくらい直しておけっていうんだ。で、マシンは後部の荷台にあるのか?」

 カウラはそう言って目の前に現れたぼろぼろのワゴン車を指さした。ボディーにへこみが目立ち、地方のレンタカー業者の禿げかけたロゴマークが貼られていた明らかに経費節減の為には命も削る菰田の選びそうな動くのが不思議なくらいのぼろぼろのレンタカーだった。

「別にマシンを運ぶだけなんだからどんな車だろうと関係ねえだろ?菰田!マネージャーなんだから走って車のところまで行って後ろのハッチを開けて全員にマシンを見せろ!」

 かなめの言葉を聞くと菰田は弾かれた様にぼろぼろのワゴン車に向けて走り出した。島田が言った通り、菰田の走りはあんな走りでどうやって軍の体力試験を通ったのか、不思議になるほどのヨタヨタぶりだった。
 
「でも西園寺さん。この人数じゃあのワゴン車一台じゃ乗りきれませんよ。僕達はどうするんです?このあたり山ばかりじゃないですか。野球場がある場所まで結構距離あるんじゃないですか?」

 誠はバンに走っていく菰田を見ながらそう言った。

「当然、ランニングだ。ここから球場まではちょうど五キロある。練習前のウォーミングアップにはちょうどいいだろ?」

 かなめは誠に向けてさもそれが当然のような顔でそう言った。

「そんなことだと思いました。ここまで来て走らされるんですね……どこに言ってもランニングだ。他にすることは無いのかよ」

 島田はそう言ってため息をついた。いつもランニングばかりしている『特殊な部隊』にとっては五キロのランニングなど課せられて当然の練習メニューだった。かなめも得意げな顔で自分のトレーニングメニューには最初からそれが入っていたというような顔をしている。

「じゃあ、全員ワゴン車の後ろに集合!」

 これから五キロも朝とは言え真夏の暑い中走らされると知ってうんざりする誠達野球部員たちを前にたぶん菰田と一緒にバンに乗って移動するであろうかなめは元気よくそう叫んだ。

「じゃあハッチを開けろ。これが今日使うピッチングマシンだ」

 かなめが得意げにそう言うとワゴン車の後ろに立っていた菰田がハッチを開き、そこに今日使うアーム式の旧式ピッチングマシンが現れた。

「うわー古。錆とか浮いてて……本当に動くの?」

 持ち前の好奇心から駆け出して最初に菰田のところにたどり着いたサラがそう言って嫌な顔をした。

「西園寺さん。本当に動くんですか?これ」

 サラと一緒に走ってバンの後部荷台にたどり着いてピッチングマシンを覗き込んでいる島田が困ったような表情でつぶやく。

「あそこのバッティングセンターはちゃんと営業してる。昨日も動いてたって話だから今日も動くだろ」

 まるでそれが当然というようにかなめはそう言った。

 誠もまた島田の後ろから旧式のピッチングマシンを覗き込んだ。誠は下町の生まれで近くのバッティングセンターに通っていたこともあるが、そこのマシンもアーム式だった。

「アーム式ってビンボールが時々出るんですよね……けが人が出ても知りませんよ」

 そのバッティングセンターには小さいころから通っていたので、そこに『デッドボールの危険性があるので注意してください』と張り紙がしてあったのを思い出し、かなめにそう尋ねた。

「神前よ。アーム式のビンボールが出るのは古い軟球を使って雨が降った時くらいだって聞くぞ。平気だろ」

 怖がる誠に向けてかなめはあっさりとそう答えた。そして振り返り、不安そうな表情を浮かべて野球用具を抱えている野球部員達に向けてかなめは叫んだ。

「それじゃあマシンの隙間に荷物を積み込んだらランニング開始!アメリア、オメエが先頭を走れ。球場の場所知ってるのはオメエとアタシだけなんだ。驚くなよ……こんな田舎にあるとは思えないそれはそれは立派な球場だ。アタシとアメリアに感謝するんだな!」

 かなめは誇らしげにそう言うとワゴン車の助手席に乗り込んだ。

「えーアタシが先頭を走るの?全く人使いが荒いんだから、かなめちゃんは……って聞くだけ無駄か。どうせ菰田君の運転のワゴン車に同乗するんでしょうね。監督だと思って威張っちゃって」

 明らかに不服そうにアメリアは反発するが、いつもランニングの時に先頭を走る誠が球場の場所を知らない以上、それは仕方がない話だった。

 アメリアのやる気のないのろのろとした走りにいつも全力疾走している誠は物足りなさを感じながら起伏の多い海岸線の道を走った。

 田舎道らしく車のとおりも少ない中、島田とサラがじゃれあう声と海の音だけが誠達の耳に響いた。

「見えたわよ。あの照明のある場所が球場」

 アメリアはそう言うと真後ろを走る誠を振り返って指さした。そこにはプロ野球のフランチャイズ球場にでもありそうな立派な照明施設がそびえ立っていた。

「高い照明ですね。プロの公式戦ができそうなくらいじゃないですか」

 先ほどかなめが言った通りのその施設の立派さに感心すると同時に誠にはふとした疑問が生まれた。

「なんでこんな田舎に立派な球場が有るんですか?どこかの企業の硬式野球部とかの合宿場でもあるんですか?千要県のこのあたりに強豪校の高校も大学も無いですよ。普段は誰が使ってるんです」

 確かにこんな海しか見るところの無い田舎にそびえたつ立派な照明施設は誰が見てもこの付近の住民には不必要なものに見えた。

「そんなの無いわよ。町営の球場。三年前の市町村合併の時、国から臨時予算が配られたじゃない。そん時のどさくさに作ったのよ。なんて言ったって借りる値段が安くって……町民以外は一時間千円、町民は三百円ですって……田舎のお役所の金の使い方ってどうなってるのかしら」

 同じ公務員として明らかな税金の無駄遣いである球場施設の存在にアメリアは文句をつけた。

「お金のある所にはあるんですね。うちには予算が無いのに」

 誠は金の使い方が明らかに間違っている立派な照明施設をうらやむ気持ちで見上げた。

「そんな。うちだって厚生費の裏金が有るじゃない」

「アメリアさん。そんなことは自慢になりません」

 平然と『特殊な部隊』の裏事情を口にするアメリアに誠はただため息をつくしかなかった。

 アメリアのノロノロとした走りでも次第に高い照明施設の大きさは近づくにつれて大きく見えるようになる。誠は近づくたびに球場の他の施設も充実しているに違いないと期待に胸を膨らませた。

「良いじゃないか。別に部隊の予算じゃないんだ。地方自治体の税金の無駄遣いは今に始まったことじゃない。おかげでこうして合宿ができるんだ……それよりアメリア。午後の自由時間の話なんだが……」

 走りに走って球場のネットが見えてきたところでカウラはアメリアに話しかけてきた。

「何?確かに午後は海で遊ぶ予定だけど。こんな真夏の午後に練習なんて死人が出るってかなめちゃんに行って午後は海で泳ぐって線で納得してもらったんだけど」

 道が開けていて、先に着いたらしい菰田運転のピッチングマシンを載せたバンの姿を確認しながらアメリアはそう答えた。

「私は海で泳ぐんじゃなくって他のことがしたいんだ」

 カウラは誠からすれば意外なことを口にしたがアメリアはその言葉に大きくため息をつくばかりだった。

「駄目よ、パチンコは。ランちゃんに止められてるんだから。『田舎には必ずデカいパチンコ屋があるもんだ。ベルガーを近づけさせるなよ。また病気が再発する』って。それにいつもカウラちゃんが言ってるじゃない。田舎の郊外パチンコ屋って、渋くて回収台ばっかりらしいわよ? ……ほんとに負けに行くの?」

 すでに到着していたかなめとピッチングマシンの載っているぼろぼろのワゴン車のところまでたどり着いたアメリアはあきれ果てた調子でカウラにそう言った。

「確かに学生街の台は当たり確率が甘い。狙い目だな。でも、田舎の台は田舎の台で一発大きい当たりが出ることがある。駐車場が大きいのはそれを狙ってくるカモを一網打尽にするためだ。その点私の技術なら当たり台を見分けることができる。今日は絶対勝てる。絶対だ」

 アメリアの説得にカウラはそう反論した。他の野球部員達は用具とピッチングマシンの設置の為に手を振るかなめの方に向かって歩き始めた。

「そう言う問題じゃないの。カウラちゃんの『ギャンブル依存症』は病気なの。パチンコは週に1回って決めてるんでしょ?今日はその日じゃ無いじゃない」

 格上のランからカウラの事を注意するように厳しく言われてきたらしいこの旅行の幹事でもあるアメリアはそう言ってカウラの願いをはねつけた。

「そうなんだが……頼む!五千円だけでも打たせてくれ!今日は勝てる予感がするんだ!頼む!」

 誠は無表情で理性的なはずのカウラがここまで執着するとは……誠は、これが“本物の依存症”なのかと改めて思った。

「駄目!『偉大なる中佐殿』の命令よ。カウラちゃんもラスト・バタリオンなら命令に従いなさい!」

 ぴしゃりとアメリアはカウラの提案をはねつける。

「頼む、三千円……二千円で良い。一円パチンコだっていい!」

 依存症であるカウラはどこまでもアメリアに食い下がった。

「駄目ったら駄目!もう……パチンコの話は以上で終了。誠ちゃん。ユニフォームに着替えるわよ。カウラちゃんもパチンコのことは忘れなさい」

 縋りつくようなカウラの視線を無視してアメリアは非情にそう言い放った。誠はそれがもっともだと思いながらこれも立派すぎる男子更衣室に向けて歩き始めた。

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