遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第十五章 『特殊な部隊』のすれ違う思い

第40話 語られなかった真実、守られた秩序

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「お父さんのことを言う時、西園寺さんはいい顔してますよ」

 思わず誠は本心を口にしていた。それはあまりに自然で自分でも驚くほどだった。

「褒めても何も出ねえぞ。だから言ってんだろ!外面は良くとも家族にとってはろくでもねえ親父なの!」 

 そう言ってかなめの顔を見た誠は彼女の表情が瞬時に切り替わる様を見た。ネットと接続されたサイボーグ特有の緊急通信時の虚空を見つめるような空虚な顔をしたかなめがそこに居た。誠から見てもその一瞬が過ぎるとサングラス越しにもかなめの視線が少し鋭くなったように見えた。戦闘中のかなめの独特な気配がにじみ出ていた。

「おい、誠。カウラとアメリアのところに行くぞ、仕事の話だ」 

 真剣なその言葉に、誠は起き上がった。サイボーグであるかなめの脳は常にネットと繋がっている。かなめの表情から状況としてあまり芳しくない出来事が起きたことを誠は察した。

「どうしたんです?」 

 かなめの表情で彼女の脳に直結した通信システムが起動していることがすぐにわかる。

「『公安』が動いた。そう言えば分かる」 

『公安』と『特殊な部隊』で呼称される部隊……正式名称『司法局公安機動隊』。それは司法局の中でもシュツルム・パンツァーと言った機動兵器を用いる重装備の司法局実働部隊である誠達の『特殊な部隊』と双璧を成す一般部隊とは別格の、安城部長率いる全員サイボーグの特務部隊のことだった。
 
 個人の戦闘力で『特殊な部隊』で匹敵するのは誠が知る限り目の前のかなめと『汗血馬の騎手のりて』の2つ名を持つクバルカランくらいの者であり、情報収集力も、実働部隊の情報将校たちが束でかかってもかなわないまるで異質なエリート組織だった。

 かなめのその言葉に砂浜の切れかけたところにあるバーベキュー施設を通り抜け、そのまま堤防の階段を駆け下りて『特殊な部隊』の集まっているパラソルの下へ向けて浜辺を走る。

 誠は人を避けながら走って遠泳を終えたばかりというようなカウラの前に立った。

「すいません!」 

 誠はカウラの前に到着すると息を切らしてそう切り出した。

「あら、神前君。どうしたの?そんな深刻な顔しちゃって……何かあったのね……」 

 パラソルの下で日光浴をしていた家村春子はそう言って驚いた様子で振り返ってその視線をアメリアに向けた。

「あわててるわね。水でも飲む?でもその様子……かなめちゃんね……また面倒なことが起きた予感がする」 

 こちらはただ砂の山を作って遊んでいたアメリアは少し緊張した面持ちでそう言うとコップに水を汲んで誠の差し出した。一息にそれを飲むと誠は汗を拭った。

「西園寺さんが呼んでます。公安機動隊が動いたそうです」 

 その言葉に緊張が走る。

「そう……まあ、私もそろそろかなあとは思ってたけどまさかこんな時にとはね……端末は荷物置き場にあったわね。カウラちゃん。行くわよ」 

 アメリアの声で遠泳で疲れた体を引きずってカウラが向かってくる。そう言うアメリアも真剣な顔をして母親達を見守っていた小夏に仕事を押し付けて歩いてきた。

「公安機動隊……安城少佐の部隊か……面倒なことにならなければいいが……」

 カウラは息を切らせながらそう言ってアメリアの顔を見つめた。

「大変なお仕事なのね、実働部隊も。こんな日でも仕事のことが頭を離れないなんて」 

 春子はそう言うと隊員達が散らかしていった荷物を片付ける作業を続けた。

 誠がかなめの所に戻ると、すでにジャンバーに入れていた折り畳みの携帯端末を起動させて画面を眺めているかなめがいた。

「かなめちゃん、説明を」 

 普段のぽわぽわした声でなく、緊張感のある声でアメリアが促す。

「特別捜査だ。令状は同盟機構法務局長から出てる。相手は『東方開発公社』、現在、所轄の民警と合同で捜査員を派遣しているそうだ。ちょうど今頃は家宅捜索をやってるところだ。安城さんもごくろうなこった、今更。たぶん安城さんの狙いは別にあるはずだ。特別捜査なんて司法局の捜査部の一般の捜査官でもできる。おそらくこれは囮……他に何か目的があるな。たぶん叔父貴なら見当はついてると思うが……さすが安城さんだ。次の動きがまるで読めねえ。今晩には安城さんの本当の目的が分かるだろう……それまだはアタシ等はどうすることもできねえわけだ」 

 画面には官庁の合同庁舎のワンフロアー一杯にダンボールを抱えた捜査員が行き来している様が映されている。

「あそこは東和の国策デブリ地帯再開発会社だったわね。たしかに近藤資金との関係はない方が逆に不自然よ。それと安城さんの狙いの組織の事なんて考えるだけ無駄無駄!あの人の義体はかなめちゃんのよりより電子戦に特化してる。かなめちゃんも追うだけ無駄よ。止めときなさい。あの人隊長に気があるからそのうち成果の報告を何か口実を付けて隊長にしてくるんじゃない?」 

 なぜかするめを口にくわえているアメリアが口を挟む。

「でも、いまさら何か見つかるんでしょうか?もう1か月ですよあの事件から。公社の幹部だって無能じゃないでしょ。証拠を消すくらい……それに安城少佐の真の目的を僕達が知らないことに意味が有るんですか?僕達ってそんなに信頼されていないんですか?」 

 誠は自分でも素人考えだと思いながら口を挟むが誰一人相手にしてはくれない。

「証拠をつかんでどうするんだ?それに安城さんの目当ての組織は叔父貴は知ってるはずだ。何の問題も無いだろ?」 

 誠の言葉にかなめは冷たく言い放つ。

「それは、正式な手続きを経て裁判を……それに情報の共有が組織には必要なんじゃないですか?」 

 そこでかなめの目の色が鋭いリアリストの目へと変わる。

「情報の共有?そんなもんは民間企業の話だ。アタシ等役人には関係ねえ。それよりもだ……その裁判所に告発する人物のリストの中に逮捕や起訴が事実上不可能な大物が名を連ねてたらどうする?」 

 厳しく見えるがその目は笑っていた。かなめは明らかに状況を楽しんでいるように見えた。

 非民主的で政府の力が強い甲武国だからこそ出来る大粛清の嵐に比べ、東和には主要な有力者すべてを逮捕して政治的混乱を引き起こすことを許す土壌は無かった。

「まあ家宅捜索ってことは安城さんが強行突入したわけじゃないんだもの。安城さんは東和民警の捜索の付き添いみたいな感じだからうちが介入する問題ではなさそうね。あくまで『東方開発公社』への捜査は安城さんお得意の敵の隙を作るための欺瞞ぎまん工作……本当の狙いは別にある……わざわざ制服を着てカメラ前で目立って見せてるのはその証拠ね」 

 アメリアは画面を見ながらそう言った。しかしかなめは画面から目を離そうとしない。 

「かなめちゃん。仕事熱心すぎるのも考え物よ」 

 軽くアメリアがかなめの肩を叩く。そしてゆっくりと立ち上がり伸びをしながら紺色の長い髪をなびかせていた。

「それにしても、今更……遅すぎますよ」

 誠は同盟上層部の動きの遅さにほぞを噛んだ。 

「神前、アメリアも言ってたろ?こりゃあうちの出番じゃねえよ。それにこれで終わりとは思えないしな。その時までお偉いさんには自分が逮捕されても混乱が生じないように後進の指導にでも集中してもらおうや」 

 そう言うとかなめはタバコに火をつけた。

 公安機動隊の動きがあくまで家宅捜索に同行しての証拠の共有による情報収集だけだったことがわかると、かなめ達はそのまま他の隊員達が待つパラソルの下まで歩いて行った。

「ひと月も前の事件を今頃家宅捜索とは東和共和国は平和だねえ」 

 先ほどまでの同じ司法局特務公安機動部隊の動きを察知して会議のようなものをしていたカウラ達は、もうすでに引き上げの準備の仕上げのために立ち去っていた。

 かなめは半身を起こしタバコをくわえながら、海水浴客の群がる海辺を眺めていた。その向こう側では島田達がようやく遊び疲れたのか波打ち際に座って談笑している。

「何度も言いますけどこう言うのんびりした時間もたまにはいいですね」 

 誠もその様子を見ながら砂浜に腰掛けて呆然と海を眺めていた。

「オメエにとってはランニングを強制してきたり、社会知識の無さのために説教してくるちっちゃい姉御が居ない。その環境がそう言わせるんだろ」

 かなめは冷やかすように誠に向けてそう言った。

「別にそんな……クバルカ中佐が厳しすぎると思ってるのは事実ですけど。でも数々の戦場を経験してきた中佐の事です。すべては僕のためを思っての事だと思っています」

 いつも誠に高圧的に接してくる機動部隊緒にして『特殊な部隊』の副隊長、クバルカ・ラン中佐のかわいらしい顔が誠の脳裏に浮かんだ。

「お人好しだな、神前は」 

 まるで感情がこもっていない。こういう時のかなめの典型的な抑揚の無い言葉。誠はいつものようにわざとむきになったように語気を荒げる。

「そうですか……そう見えますか」 

 誠のその言葉を聴くと、かなめは微笑みながら誠の方を見てサングラスを下ろした。

「人が良いのは良いことだ、アタシはオメエを信頼している」 

「は?」 

 その反応はいつもとはまるで違った。誠は正直状況がつかめずにいた。前回の出動の時の言葉は要するに釣り橋効果だ、そんなことは分かっていた。かなめの励ましが力になったのは事実だし、それが励まし以上の意味を持たないことも分かっていた。

「まあいいか、こうして平和な空を見上げてるとなんかどうでもよくなって来るねえ」 

 その言葉に、誠は前回の出動を思い出して苦笑した。

「おい!神前!」 

 さすがに同じメンバーでの遊びにも飽きたのか波打ち際から引き上げてきた島田が、置いてあったバッグからスポーツ飲料のボトルを取り出した。

「ああ、すいませんね気が利かなくて」 

 起き上がろうとした誠ににやけた笑みを浮かべながらそのまま座っていろと島田が手で合図する。

「こちらこそ、二人の大切な時間を邪魔するようで悪いねえ」 

 誠とかなめを島田は見比べる。かなめは相手にするのもわずらわしいと言うようにサングラスをかけなおして空を見上げている。 

「ずるいなあ。正人をこき使って二人でまったりしちゃって」 

 そう言ってサラが誠をにらみつける。 

「じゃあお前等、荷物番するか?」 

 そう言うとかなめは立ち上がった。

「ああ、サラ。そこのアホと一緒にちゃんと荷物を見張ってろよ。ただ何かなくなったら後でぼこぼこにするからな」

 かなめはちゃんと捨て台詞を忘れない。誠もかなめに付いて歩く。

『正人が余計なこと言うから!』 

『島田君のせいじゃないわよ。余分なこと言ったのはサラじゃないの!』 

 サラとパーラの声が背中で響く。

「良いんですか?西園寺さん」 

「良いんじゃねえの?島田の奴はそれはそれで楽しそうだし」 

 そう言うとかなめはサングラスを額に載せて歩き出した。

「そう言えば西園寺さん。こんなことしてていいんですかね」 

 照れるのをごまかすために引き出した誠の話題がそれだった。

「なんだよ。突然」 

 めんどくさそうにかなめが起き上がる。額に乗せていたサングラスをかけ、眉間にしわを寄せて誠を見つめる。

「さっきの東方開発公社の件か?あれは公安と所轄の連中の仕事だ。それで飯を食ってる奴がいるんだから、アタシ等が手を出すのはお門違いだよ」 

 そう言うと再びタバコに火をつけた。

「でもまあ東方か、ずいぶんと世話になったんだがな。『東都戦争』当時はマフィアのボスを消すときにその行動予定や警護の数、襲撃する建物の内部構造まで丁寧な情報を提供してくれる。あそこの使ってる情報屋は相当の切れ者だったみたいだ。まあ、今回東和警察のがさ入れが入ることを察知できなかったってことはその情報屋との縁は切れてるみたいだがな」 

 タバコの煙を吐き出すと、サングラス越しに沖を行く貨物船を見ながらかなめがつぶやいた。

「東方開発公社って甲武軍と繋がってるんでしょうか?」 

 かなめは甲武国陸軍非正規作戦部隊の出身であることは隊では知られた話だ。

 五年ほど前、東都港を窓口とする非合法物資のもたらす利権をめぐり、マフィアから大国の特殊部隊までもが絡んで、約二年にわたって繰り広げられた抗争劇。その渦中にかなめの姿があったことは公然の秘密だった。そんなことを思い出している誠を知ってか知らずか、かなめは遠くを行く貨物船を見ながら悠然とタバコをくゆらす。

「つながってるも何も甲武と東和の軍部タカ派の橋渡し役があの会社だ、一蓮托生の関係だな。近藤の旦那が死んだ今、あの会社を守ってくれるおお人好しなんてこの世にはいねえだろうからな」

 まるで当たり前のように口にするかなめの言葉の危険性に誠は冷や汗をかくが、そのまま話を続けた。
 
「そんな危ない会社ならなんですぐに捜索をしなかったんですか?この一ヶ月、僕等がもたもたしていたせいで一番利益を得た人間達が東方開発公社を使って資金洗浄をして免罪符を手に入れたのかもしれないんですよ」 

 誠は正直悔しくなっていた。一応、自分も司法局員である。司法執行部隊の実力行使部隊として、自分が出動し、一つの捜査の方向性をつけたと言える近藤事件が骨抜きにされた状態で解決されようとするのが悔しかった。

「お前、なんか勘違いしてるだろ」 

 サングラスを外したかなめが真剣な目で誠を見つめてくる。

「アタシ等の仕事は真実を見つけるってことじゃねえんだ。そんなことは裁判官にでも任して置け。アタシ等がしなければならないことは、戦争ジャンキーの剣を、鞘に戻してやることだ。そいつが抜かれれば何万、いや何億の血が流れるかもしれない。それを防ぐ。かっこいい仕事じゃねえの」 

 冗談のようにそう言うとかなめは一人で笑う。

「じゃあ……僕らはどうすればよかったんですか!うまいこと甘い汁だけ吸って逃げ延びた連中だって……」 

 誠はかなめが言うことはただの自分達が楽をする言い逃れだと思った。

「いるだろうが……いいこと教えてやるよ。遼王朝が女帝遼武の時代、あれほど急激に勢力を拡大できた背景にはある組織の存在があった。血のネットワークを広げるその組織は、あらゆる場所に潜伏し、ひたすら時を待ち、遼帝国の利権に絡んだときのみ、その利益のために動き出す闇の組織だった……ネットでも時々出て来る都市伝説の1つだが……アタシは有る理由でその存在が事実存在することを知っている……そのつながりの中に叔父貴の影もあるのは事実だ」 

 突然かなめが話す言葉の意味がわからず誠は呆然とした。かなめは無理もないというように誠の顔を見て笑顔を浮かべる。

「そんな組織があるんですか?」 

 誠はあまりにもこの世界には表の世界から隠されていることが多すぎることに愕然とした。そして同時にそのことに関してかなめがかなり深い知識を持っていることにも気が付いた。

「アタシを買いかぶるなよ。オメエに確信をもってその存在について説明できるほどの知識はアタシにはねえんだ。だが、嵯峨の叔父貴が持ってる尋常じゃないネットワークは、実在しているんだ。詳しい事はアタシも知らねえ、アタシよりアタシの妹の方が詳しい。叔父貴のネットワークはどれほどのものかは知らないが、少なくとも今回の東方開発公社の一件で免罪符を手にしたつもりの連中の寝首をかくぐらいのことは楽にしでかすのがあのおっさんだ……そしてそれを振りとして公安機動隊はもっとヤバい連中に襲撃を仕掛ける。安心しな、連中がぐっすり眠れるほど世の中腐っちゃいねえ」 

 そう言うとかなめは再び沖を行く船を見ていた。

「でも……」

「デモもストもあるか!とりあえず休むぞ」

 そう言ってかなめは砂浜に横になった。誠も面倒なことはごめんなので静かに押し黙って海を眺めていた。

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