遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の夏休み

橋本 直

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第十九章 『特殊な部隊』の掃除

第55話 俺たちの敗北宣言

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 意外にもカビの臭気は漏れてこなかった。島田を先頭に菰田、カウラ、かなめ、アメリア、誠が部屋に入っていく。部屋には奇妙な冷気以外は特に問題はなさそうに見えた。部屋の中央にはゴミの山がうず高く積まれているものの、予想したほどの臭気は感じられなかった。

「意外と良い部屋じゃねえか。ゴミをどかせばなんとか暮らせそうだな。西日が当たるのかね、畳が焼けてるみたいだけど……」 

 かなめは意外にもこのかび臭い部屋が気に入っているようだった。

「ゴミはすぐにどかします!畳は近日中に入れ替えます!ですから何とか……お目こぼし願えませんかね?」 

 かなめの投げた視線に、悲鳴にも近い調子の島田の声が響いた。

「でも何でここじゃ駄目だったんだ?あんな女性を案内するには最悪の部屋を用意するくらいならこちらの部屋の方がはるかにマシだったのに」 

 カウラは特に痛みもない壁を見回している。

「そうよねえ。あそこの匂いがそう簡単に取れるとは思ってなかったでしょうに。ああ、かなめちゃんはタバコを吸うから関係ないか」

 『図書館』の所蔵物にまだ未練のあるアメリアがそう言ってかなめに目をやった。 

「一言多いんだよ!馬鹿が。アタシもあんな部屋嫌だね」 

 かなめはそう言うといつものようにアメリアの腿を蹴り上げる。

「蹴ることないでしょ?冗談だって!冗談!お返しに、今度あんたのタバコ全部メンソールに入れ替えてやるからね!」

 そう言ってアメリアはかなめをにらみつけた。

「島田先輩。もしかして……」 

 誠は島田の様子がいつもの自信満々のヤンキーのそれとは違って何かにおびえているような表情であることに気づいてそう言った。

「幽霊が出るって言う落ちはつまらねえから止めとけよ」 

 かなめは天井からぶら下がる蛍光灯に手を伸ばしながらつぶやく。

「え!なんで分かったんです?超能力者ですか!俺何も言ってないのに!」 

 意外にも島田は心霊現象に弱かった。明らかにおびえた調子で島田は引きつった笑顔を浮かべて誠達の表情をうかがった。誠も心霊関係には弱い島田がこの部屋に住んでいた元隊員が夜中に突然失踪して、畳の上に奇妙な赤黒い染みだけが残った……なんて噂をいかにも信じ込んでいるというように語るのを聞いたことがあった。 

「やっぱりそうなのね」 

「もう少し面白いネタ用意してくれよ。つり天井になっているとか」 

「それのどこが面白いんだ?」 

 三人に日常生活を破壊されている誠から見れば、アメリア、かなめ、カウラの発言は予想通りのものだった。この三人が幽霊程度で驚くようなキャラじゃ無いことは誠でも十分予想がついた。

「島田先輩。この三人がそんなこと気にするわけないじゃないですか。かなめさんはともかくアメリアさんもカウラさんも科学が生み出した人造人間『ラスト・バタリオン』ですよ。そんな非科学的な話を信じると思う方がどうかしてると思いますけど」

 誠は最初から予想がついていたかのように島田にそう言った。

「すいません!消臭スプレー買ってきました!それにしてもこっちの部屋にしたんですね。呪われても知りませんよ」 

 そう言いながら西は買ってきた消臭スプレーを撒いて回る。 

「そうだよね……幽霊なんているわけ……ぎゃあっ!な、なんか今、冷たい風が……!」
 
 西に続いて恐々中に入った島田は急に肩をすくめて振り返った。誠は(何も起きてないけど)と呆れ顔で彼を見つめていた。

「幽霊……もし出るんなら見てみたいわね。写真撮ったら一気にネットで人気者になれるわよ!」

「アメリア、幽霊なんていないぞ。そんなものは精神的な疲れが見せる幻覚か写真等を加工して作った作為的なもののどちらかだ。私は幽霊などと言う非科学的なものは一切信じない」

 いかにも嬉しそうなアメリアをカウラが科学的根拠に基づいて完全否定して見せた。かなめはと言えば日に焼けた畳が気になるようで、中腰になった畳を右手でなでていた。

「たしかに西園寺さん達なら平気ですよね、幽霊くらい」

 誠の一言にかなめが怒りの目でにらみ付けてくる。

「なんでそこでアタシなんだ?幽霊は怖くねえが、アタシにも怖いものくらいあるぞ。アタシは生きてる人間が怖い。生きてる人間は何をするか分からねえ」

 自分が無神経から怖いものが無いと言われた様に聞こえたのか、かなめはそう言うと誠の腿を蹴り上げた。

「いや……その……あの……痛いんですけど……」

 口ごもる誠をしり目に安心したように菰田が部屋をのぞき込む隊員達に目配せした。

 それまでこの部屋に伝わる因縁話を気にして部屋に入るのを躊躇していた男子隊員達は、かなめ達の落ち着きに励まされるようにして部屋に駆け込んだ。

 マスクをした寮生の一人がカビに覆われた段ボールを運び出すのを見ると、次々と集まったギャラリーが手際よくうず高く積まれたごみの入った段ボールを運び出す。

 ゴミの運び出しが終わると手にしたはたきやほうきで真面目に掃除を始めた。

「まったく下らねえことばかりやってないでオメエ等も働け」

 そう言ってかなめは思い切り島田の尻を蹴り上げた。

「ハイ!分かりました!」

 島田はまだこの部屋に出ると言う幽霊が怖いのか、青い顔をしながら太った整備班員から雑巾を奪うと一生懸命窓のサッシを拭き始めた。

「まあいいや、ここにはアタシが住む。幽霊?上等だろうが。出てきたら射殺してもう1回地獄に送ってやる」

 かなめはそう言うと目の前の薄汚れた窓を指さした。

「とりあえずこれをなんとかしろ。島田、動け」

 指示を出すかなめだが、自分で自分の部屋を掃除するつもりは無いようだった。

「ハイ!西園寺さん分かりました!」

 命令口調のかなめの言葉にヤンキー王を自称している島田でも逆らうことは出来なかった。そのまま拭いている途中の汚れた雑巾をそのままに必死の形相で窓を磨き上げようと右手を動かす。しかし、サッシに溜まった埃にまみれた雑巾で汚れた窓を拭くのは逆効果で、汚れた窓はさらに見るに堪えない状況になっていった。

『貴様等!我々は隣の部屋のゴミを片付けるぞ!早くしろ!』

 廊下から菰田の叫び声が聞こえる。

「島田先輩は良いとして……カウラさん。本気で幽霊を信じないんですか?」

 誠は部屋の壁のシミの広がりを確認しているカウラにそう言った。

「私達『ラスト・バタリオン』は科学技術が生み出した存在だ。なんで、そんな非科学的なことを信じないといけないんだ?」

 逆に不思議だというようにカウラが誠に聞き返してくる。

「私は信じたいなー。テレビでやってる合成やイカサマの幽霊じゃなくって本当の幽霊。かなめちゃん。幽霊が出たら射殺しないで私に言ってね。写真に撮るから。それをネットに上げて一躍有名人になりたいの」

 アメリアの愉快そうな口調も幽霊を信じている人のそれでは無いと誠は思った。

「アメリアさんも信じてない口ですね。幽霊を信じてる人はそんなことを口にしたりしません」

 誠はそう言うと背後からなだれ込んできたこれまで『図書館』の撤去にあたっていた寮の住人達を避けた。

「班長!新品の雑巾、用意しましたよ」

 幽霊に対する恐怖から、震えながらひたすら汚れた雑巾でまどに汚れを塗りたくっている放心状態の島田に整備班員の一人が真新しい雑巾を手渡した。

「本当にここで良いんですか?何が起きても、俺、責任取れませんよ」

 島田は幽霊に対する恐怖から受け取った雑巾で大雑把に窓をぬぐうことしかできなかった。その様子はいつも彼からいじめに近い扱いを受けている誠には痛快に見えた。

 誠は幽霊部屋に十分人手が集まってきたのを察して廊下に出た。

 隣の2つの部屋では倉庫扱いされてきた部屋の汚れを予想してか、普段着から仕事中に来ている作業服に着替えた整備班員らしい住人が三人、埃に咽ながら積まれた段ボールを運び出しているのが見える。

「でも、これどこ置くよ……屋上か?」

「捨てるに決まってるだろ?この二年誰も手を付けなかったんだ。庭にでも投げとけ」

 段ボールを抱えた整備班員達はそう言うと次々と山のような段ボールを運び出し、十分もしないうちにシミだらけの畳が顔をのぞかせた。

「三人とも……本当にここで良いんですか?」

 そう言って誠について廊下に出てきたかなめ達に声をかけた。

「アタシは住むところにはこだわらない質でね。東都戦争でアタシが最初にあてがわれた部屋の方がもっとひでえ。それに比べたら百倍マシだ。軍人に必要なのは屋根と床と銃。それだけありゃ十分さ。五つ星ホテルなんて最前線にゃねえんだよ」

 かなめは気にする様子が無いというように再び自分の幽霊部屋に入って窓に向かって歩み寄った。

 島田が新しい雑巾で丹念に汚れをふき取ったので窓ガラスは本来の透明感を取り戻していた。

「こりゃあ西日が強いな……クーラーはちゃんと動くのか?」

 窓から夏の日差しが照り付ける空を見上げながらかなめは誠に尋ねてきた。

「知りませんよ、そんなの。僕がこの部隊に配属になってから2か月経って無いんですよ。まあ、幽霊が出る部屋でクーラー使う人なんかいないですし……動かないかも」

 突然話題を振られて誠はそう答えるしかなかった。誠はとりあえずクーラーのリモコンのスイッチを入れてみた。

 すぐにクーラーはうなりを上げた。

「あ、これ動くみたいですよ」

 誠は喜びの声とともにかなめの方に目をやった。

「本当か?」

 かなめがそう言った瞬間。クーラーは急に耳障りの悪い轟音を上げた後停止した。

「おい、神前。これは『動いた』とは言わねえんだ。クーラーが動くってのは部屋が涼しくなって初めて『動く』と言えるんだ。これは壊れた『元クーラー』だ。今じゃただのゴミでしかねえ!」

 かなめはそう言うと誠の頭をはたいた。

「そうですね……これじゃあ役に立たないですよね。でも、どうするんですか?」

 誠は後ろに立ってその様子を見守っていたかなめに、誠が声をかけた。
 
「島田に直させる。直らなかったら、あいつの部屋から外すだけだ」

 かなめは非情にそう言い切った。
 
「えっ」

 8月の末の熱帯夜の続くこの季節にクーラーを外せと言うかなめの言葉に島田の顔は曇った。
 
「当然よ。任務第一。自業自得よね」

「当然の事だ。これも寮長の務めと言うものじゃないのか?」
 
 女三人の決断は容赦がなかった。

 誠が想像するより女性陣の神経はタフだった。

 誠はそっと窓の隅を指でなぞりながら、心の中でつぶやいた。
 
『結論。幽霊より、僕の上官のほうがずっと怖い』


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