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第十九章 『特殊な部隊』の掃除
第61話 女子の荷物と下士官寮は予測不能
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「お疲れ!よく働いてくれた!まあテメエ等としては上出来だ!」
食堂に声が響く。そうめんをすすり終えた隊員たちに向かって、かなめが高らかに宣言した。
「今夜は月島屋で引っ越しの前祝いだよ!甲武一の貴族であるアタシの義務として奢ってあげるから、覚悟しとけよ!」
食堂でそうめんを食べ終えた掃除に関わった一同に向かって、機嫌の良いかなめはそう叫んだ。
「これまで仮住まいだった建物から、ようやく常駐寮への引っ越しよ!ここが私達の居場所!サービスするから期待してね!」
いつも面倒ごとを押し付けて来るアメリアの叫びに食堂の面々はげんなりした表情を浮かべていた。
「それはそれは、毎度ごひいきに。それにしてもいいの?クバルカ中佐の払いにはならないわよ」
月島屋の女将、家村春子は食器を片づけながらほほ笑んだ。
「そう言えば荷物とかは良いんですか?昨日の今日の話でしょ?必要最低限の荷物くらい用意しとかないと困りますよ」
誠は食べ終わったというように番茶を飲んでいるかなめに尋ねた。
「まあ、アタシは布団くらいかな、持ってくるのは。それより、こいつはどうするんだ?」
かなめが指差した先、そうめんをすすっているアメリアがいた。
「まあ、一度には無理っぽいし、さっきかなめちゃんが言ったようにトランクルームとか借りるつもりだから。テレビがらみの一式と漫画くらいかなあ、とりあえず持ってこなくちゃならないのは」
軽くそう言うアメリアだが、アメリアの所蔵する漫画の量の多さは誰もが知るところだった。
「おい、あの量の漫画を運ぶ気か?いくらここがコンクリ造りの建物でも床抜けるぞ」
冷やかすかなめだがアメリアは表情を変えずに言葉を続ける。
「私はね、寝る前に漫画を読まないと眠れないの。前に艦長研修にかこつけての二泊三日の合宿で持って行くの忘れたときなんて、枕を抱えて徹夜よ?もうトラウマだわそれに全部持ってくるつもりも無いし。安心して、本棚1つくらいあれば平気だから」
そう言うとアメリアはめんつゆを飲み干した。
「ご馳走様。ちょっとパーラ、コーラまだ?」
黙ってパーラがアメリアにコーラを渡す。アメリアは何も言わずに受け取ると、一息でコーラを飲み干し、空いたグラスをパーラに向ける。
「あのね、アメリア。私まだ食べてないんだけど」
恨みがましい目でパーラはアメリアを見つめた。
「大丈夫よ、そうめんならまだあるから」
箸を置く春子の優雅な姿を見とれていた誠だったが、わき腹をかなめに小突かれて我に返った。
「俺はもう良いや。パーラさんもっと食べてくださいよ」
オレンジジュースを飲みながら島田も箸を置いた。
「そうね、あのアメリアの部屋を片付けに行くんだものね。それなりの覚悟と体力が必要だわ」
サラはそう言うとニコニコしながら急いで麺をすすっているパーラを眺める。
「なによその言い方。まるでアタシの部屋が汚いみたいじゃないの!」
誰もが思ったことは家事をまるでしないかなめの部屋よりはアメリアの部屋の方がきれいだろうと言うことくらいだった。
「汚いのは部屋じゃなくてオメエの頭の中だもんな」
何も言わなければ自分が標的にされると察したのか、かなめはそう言ってアメリアを冷やかした。
「なによ!掃除1つまともにできない人に言われたくないわよ!」
「なんだよやるか!」
ここですぐ喧嘩になるところがアメリアとかなめらしいと誠は半分呆れながらそう思っていた。
濃い目のつゆを飲みながらかなめが言ったその言葉に、思わずアメリアが向き直った。
「あなたの部屋なんて、どうせ銃とか手榴弾が転がってるんでしょ?そっちの方がよっぽど問題なんじゃない?」
かなめへの攻撃を続けるアメリアの言葉にかなめはまったく反応しない。そのまま口直しの番茶の入った湯のみを口元に運ぶ。
「それは無い。ただ灰皿が無数に転がっていただけだ。前に送っていった時に西園寺の部屋に入った事が有る。それは殺風景な部屋だった」
同じように番茶をすすっていたカウラの言葉に驚いたようにかなめはお茶を噴き出す。
「らしいわね。まるで女の子の部屋じゃ無いみたい」
アメリアの言う通り『殺風景』と言う言葉はあまり女性の部屋を表現するには使う言葉ではないと誠は思った。
「そう言うアメリアの部屋の漫画もほとんど誠ちゃんの部屋のとかわらない……」
サラが言葉を呑んだのはアメリアの頬が口を出すなと言っているように震えているのを見つけたからだ。
「はい、皆さん食べ終わったみたいだから、片付け手伝って頂戴」
春子が気を利かせて立ち上がる。黙って聞き耳を立てていた菰田達もその言葉に素直に従って空いた鍋につゆを入れていたコップを放り込む。
「島田。何もしなかったんだからテーブルくらい拭けよ」
そう言うと菰田は鍋を持って厨房に消えた。
「どうせあいつも何もしてねえんじゃないのか?まあいいや、サラ。そこにある布巾とってくれるか?」
サラから布巾を受け取った島田はサラと一緒にテーブルを拭き始める。
「おい、神前」
かなめの言葉に誠は振り向いた。そこには珍しくまじめな顔をしたかなめがいた。
「……なあ、神前。ちょっとだけ、荷物まとめるの手伝ってくれない?」
かなめは声を潜めてそう言った。
「誰かに聞かれたら、一週間はネタにされる。だから、お前だけに頼む。姫様からの命令だ。……聞いて当然だろ?」
ほんの少しだけ頬が赤く染まっていた。誠は、かなめが銃を突きつけるよりもこの『お願い』のほうが恥ずかしいと思っているのだと、妙に納得していた。
「そう言うことなのね」
黙って様子を見ていた茜が口にした言葉に、かなめは顔を上げてみるものの、何も言わずにまたうつむいた。そしてすぐに思い出したようにテーブルを拭いている島田に声をかけた。
「なにが?」
「ごまかそうっていうの?まあ、ここでかなめちゃんと遊んでいる暇はないわ。私のコレクションを収納するのにふさわしいところを探さなくっちゃ」
アメリアはそう言って胸を張る。ただ一同はその言葉に苦笑いを浮かべるだけだった。
「アメリアの荷物って……どんだけあんだよ……深夜ラジオの記念品のステッカーとかそんなに場所を取るのか?」
かなめはそう告げ、すっと立ち上がった。
「茜。車で来てるだろ?ちょっと乗せてくれよ、こいつと一緒に」
そう言ってかなめは親指で誠を指差した。当惑したように留袖に汚れがついていないか確認した後、茜が顔を上げた。
「いいですけど、午後からお父様に呼び出されているので帰りは送っていけませんけど」
茜はかなめの頼みに戸惑いながらそう言った。
「良いって。神前、餓鬼じゃねえんだから一人で帰れるよな?」
特に深い意味の無いその言葉を口にするかなめ。テーブルを拭いている島田とサラから哀れむような視線が誠に注がれた。
「まあ良いですよ。女将さん!手伝わなくて大丈夫ですか?」
「ありがとう、神前君。こっちはどうにかなりそうだから、……引越し組みは出かけていいわよ」
鍋を洗う春子の後ろで小夏がアカンベーをしているのが見える。
「じゃあ先に行くぜ、茜。車をまわしといてくれ」
そう言うとかなめは食堂を出る。茜と誠はその後に続いた。茜は車のキーを指先で回しながら、ふっと笑みを浮かべた。
「ふふ……気づくのは、もう少し先になりそうね」
茜の顔には含み笑いが浮かんでいた。
「でもまあ、狭い部屋だねえ。まあ仕方ないか、なんたって五千円だもんな、月の家賃が」
そう言いながら歩いていると菓子パンを抱えた西高志伍長が歩いてきた。
「お前いたのか?」
「ちょっと島田准尉に頼まれてエアコンのガス買いに行ってたんで」
かなめと茜に見つめられて西は頬を染める。
「ああ、食堂に近づかねえ方がいいぞ。アメリア達が待ち構えているからな。何頼まれるかわかんねえぞ」
西は顔色を変えるとそのまま階段を駆け上がっていく。
「元気があるねえ美しい十代って奴か?」
上機嫌に歩き出すかなめ。そのままスリッパを脱ぐと下駄箱を漁り始める。
「その靴って、もしかしてバイクでいらしたの、かなめさん」
膝下まである皮製のバイク用ブーツを手にしたかなめは玄関に座ってブーツに足を入れた。
「おお、それがどうした?オメエなんか下駄で車の運転か?危ねえぞ」
誠も和服に下駄と言うその和装姿では、とても運転には向かないと誠は思った。
「私は一応、法律の専門家ですのよ。ちゃんと車では運動靴に履き替えます。それよりかなめさん、バイクはどうなさるおつもり?」
誠も、そこでようやくその問題に思い至った。かなめのバイクは東和製の高級スポーツタイプ。雨ざらしにするにはもったいないような値段の代物だった。
「どうせ明後日はここから出勤するんだ。別に置きっぱでも問題ねえだろ」
特に明日の事は気にしていないと言うようにかなめはそう言った。
「そうじゃなくて明日はどうなさるのってことですわ。私は明日は出勤ですわよ」
確かにこのことは誠も知りたいところだった。平然と『迎えに来い』などと言いかねないかなめのことである、心配そうに誠はかなめの顔色をうかがった。
「ああ、明日?あれだ、カウラとアタシはトラック借りてそれに荷物積んで来るから問題ねえよ。だから置いていく。それでいいよな?」
そんなかなめの言葉に誠は胸をなでおろす。かなめはブーツを履き終えるといつも通り誠達を待たずに寮を出て行く。そんなかなめを見ながら下駄を履いた茜がスニーカーの紐を結んでいる誠の耳元でささやく。
「そんなにあからさまに安心したような顔をしていらっしゃると付け入られますわよ。かなめさんに」
そのまま道に出るとかなめがバイクを押して隣の寮に付属している駐車場に向かっているところだった。
いつ来ても、寮の裏手にある駐車場は、いつ見てもカオスだった。島田の仕切りで雑草は綺麗に刈られているが、改造車やら、バイクの部品やら、まるで違法カスタムショー会場のようだ。雑草は島田の指揮の下、雑草を見つけるたびに動員をかけるので問題は無い。入り口近くの車が、明らかな改造車なのは所管警察の暴走族撲滅活動に助っ人を頼まれることもある部隊に籍を置いている以上、豊川市近辺ではありふれた光景である。
朱に交われば赤くなると言うところだろう。誠はそう思っていた。
しかし、一番奥の二区画の屋根がある二輪車駐車場に置かれたおびただしいバイクの部品の山が入った誰の目も引きつけることになる。島田准尉のバイク狂いは隊でも知らないものはいない。ガソリンエンジンの大型バイクとなると、エネルギーのガソリン依存率が高い遼州星系とは言え、そうはお目にかからない。
そのバイクのエンジンが2つも雨ざらしにされて置いてある。盗もうとする人間が現れないのは、その周りに島田が仕掛けた銀行並みのセキュリティーシステムのおかげ以外の何者でもない。エタノールエンジンの大型バイクを愛用しているかなめが、それを見て呆れたように肩をすくめた。
食堂に声が響く。そうめんをすすり終えた隊員たちに向かって、かなめが高らかに宣言した。
「今夜は月島屋で引っ越しの前祝いだよ!甲武一の貴族であるアタシの義務として奢ってあげるから、覚悟しとけよ!」
食堂でそうめんを食べ終えた掃除に関わった一同に向かって、機嫌の良いかなめはそう叫んだ。
「これまで仮住まいだった建物から、ようやく常駐寮への引っ越しよ!ここが私達の居場所!サービスするから期待してね!」
いつも面倒ごとを押し付けて来るアメリアの叫びに食堂の面々はげんなりした表情を浮かべていた。
「それはそれは、毎度ごひいきに。それにしてもいいの?クバルカ中佐の払いにはならないわよ」
月島屋の女将、家村春子は食器を片づけながらほほ笑んだ。
「そう言えば荷物とかは良いんですか?昨日の今日の話でしょ?必要最低限の荷物くらい用意しとかないと困りますよ」
誠は食べ終わったというように番茶を飲んでいるかなめに尋ねた。
「まあ、アタシは布団くらいかな、持ってくるのは。それより、こいつはどうするんだ?」
かなめが指差した先、そうめんをすすっているアメリアがいた。
「まあ、一度には無理っぽいし、さっきかなめちゃんが言ったようにトランクルームとか借りるつもりだから。テレビがらみの一式と漫画くらいかなあ、とりあえず持ってこなくちゃならないのは」
軽くそう言うアメリアだが、アメリアの所蔵する漫画の量の多さは誰もが知るところだった。
「おい、あの量の漫画を運ぶ気か?いくらここがコンクリ造りの建物でも床抜けるぞ」
冷やかすかなめだがアメリアは表情を変えずに言葉を続ける。
「私はね、寝る前に漫画を読まないと眠れないの。前に艦長研修にかこつけての二泊三日の合宿で持って行くの忘れたときなんて、枕を抱えて徹夜よ?もうトラウマだわそれに全部持ってくるつもりも無いし。安心して、本棚1つくらいあれば平気だから」
そう言うとアメリアはめんつゆを飲み干した。
「ご馳走様。ちょっとパーラ、コーラまだ?」
黙ってパーラがアメリアにコーラを渡す。アメリアは何も言わずに受け取ると、一息でコーラを飲み干し、空いたグラスをパーラに向ける。
「あのね、アメリア。私まだ食べてないんだけど」
恨みがましい目でパーラはアメリアを見つめた。
「大丈夫よ、そうめんならまだあるから」
箸を置く春子の優雅な姿を見とれていた誠だったが、わき腹をかなめに小突かれて我に返った。
「俺はもう良いや。パーラさんもっと食べてくださいよ」
オレンジジュースを飲みながら島田も箸を置いた。
「そうね、あのアメリアの部屋を片付けに行くんだものね。それなりの覚悟と体力が必要だわ」
サラはそう言うとニコニコしながら急いで麺をすすっているパーラを眺める。
「なによその言い方。まるでアタシの部屋が汚いみたいじゃないの!」
誰もが思ったことは家事をまるでしないかなめの部屋よりはアメリアの部屋の方がきれいだろうと言うことくらいだった。
「汚いのは部屋じゃなくてオメエの頭の中だもんな」
何も言わなければ自分が標的にされると察したのか、かなめはそう言ってアメリアを冷やかした。
「なによ!掃除1つまともにできない人に言われたくないわよ!」
「なんだよやるか!」
ここですぐ喧嘩になるところがアメリアとかなめらしいと誠は半分呆れながらそう思っていた。
濃い目のつゆを飲みながらかなめが言ったその言葉に、思わずアメリアが向き直った。
「あなたの部屋なんて、どうせ銃とか手榴弾が転がってるんでしょ?そっちの方がよっぽど問題なんじゃない?」
かなめへの攻撃を続けるアメリアの言葉にかなめはまったく反応しない。そのまま口直しの番茶の入った湯のみを口元に運ぶ。
「それは無い。ただ灰皿が無数に転がっていただけだ。前に送っていった時に西園寺の部屋に入った事が有る。それは殺風景な部屋だった」
同じように番茶をすすっていたカウラの言葉に驚いたようにかなめはお茶を噴き出す。
「らしいわね。まるで女の子の部屋じゃ無いみたい」
アメリアの言う通り『殺風景』と言う言葉はあまり女性の部屋を表現するには使う言葉ではないと誠は思った。
「そう言うアメリアの部屋の漫画もほとんど誠ちゃんの部屋のとかわらない……」
サラが言葉を呑んだのはアメリアの頬が口を出すなと言っているように震えているのを見つけたからだ。
「はい、皆さん食べ終わったみたいだから、片付け手伝って頂戴」
春子が気を利かせて立ち上がる。黙って聞き耳を立てていた菰田達もその言葉に素直に従って空いた鍋につゆを入れていたコップを放り込む。
「島田。何もしなかったんだからテーブルくらい拭けよ」
そう言うと菰田は鍋を持って厨房に消えた。
「どうせあいつも何もしてねえんじゃないのか?まあいいや、サラ。そこにある布巾とってくれるか?」
サラから布巾を受け取った島田はサラと一緒にテーブルを拭き始める。
「おい、神前」
かなめの言葉に誠は振り向いた。そこには珍しくまじめな顔をしたかなめがいた。
「……なあ、神前。ちょっとだけ、荷物まとめるの手伝ってくれない?」
かなめは声を潜めてそう言った。
「誰かに聞かれたら、一週間はネタにされる。だから、お前だけに頼む。姫様からの命令だ。……聞いて当然だろ?」
ほんの少しだけ頬が赤く染まっていた。誠は、かなめが銃を突きつけるよりもこの『お願い』のほうが恥ずかしいと思っているのだと、妙に納得していた。
「そう言うことなのね」
黙って様子を見ていた茜が口にした言葉に、かなめは顔を上げてみるものの、何も言わずにまたうつむいた。そしてすぐに思い出したようにテーブルを拭いている島田に声をかけた。
「なにが?」
「ごまかそうっていうの?まあ、ここでかなめちゃんと遊んでいる暇はないわ。私のコレクションを収納するのにふさわしいところを探さなくっちゃ」
アメリアはそう言って胸を張る。ただ一同はその言葉に苦笑いを浮かべるだけだった。
「アメリアの荷物って……どんだけあんだよ……深夜ラジオの記念品のステッカーとかそんなに場所を取るのか?」
かなめはそう告げ、すっと立ち上がった。
「茜。車で来てるだろ?ちょっと乗せてくれよ、こいつと一緒に」
そう言ってかなめは親指で誠を指差した。当惑したように留袖に汚れがついていないか確認した後、茜が顔を上げた。
「いいですけど、午後からお父様に呼び出されているので帰りは送っていけませんけど」
茜はかなめの頼みに戸惑いながらそう言った。
「良いって。神前、餓鬼じゃねえんだから一人で帰れるよな?」
特に深い意味の無いその言葉を口にするかなめ。テーブルを拭いている島田とサラから哀れむような視線が誠に注がれた。
「まあ良いですよ。女将さん!手伝わなくて大丈夫ですか?」
「ありがとう、神前君。こっちはどうにかなりそうだから、……引越し組みは出かけていいわよ」
鍋を洗う春子の後ろで小夏がアカンベーをしているのが見える。
「じゃあ先に行くぜ、茜。車をまわしといてくれ」
そう言うとかなめは食堂を出る。茜と誠はその後に続いた。茜は車のキーを指先で回しながら、ふっと笑みを浮かべた。
「ふふ……気づくのは、もう少し先になりそうね」
茜の顔には含み笑いが浮かんでいた。
「でもまあ、狭い部屋だねえ。まあ仕方ないか、なんたって五千円だもんな、月の家賃が」
そう言いながら歩いていると菓子パンを抱えた西高志伍長が歩いてきた。
「お前いたのか?」
「ちょっと島田准尉に頼まれてエアコンのガス買いに行ってたんで」
かなめと茜に見つめられて西は頬を染める。
「ああ、食堂に近づかねえ方がいいぞ。アメリア達が待ち構えているからな。何頼まれるかわかんねえぞ」
西は顔色を変えるとそのまま階段を駆け上がっていく。
「元気があるねえ美しい十代って奴か?」
上機嫌に歩き出すかなめ。そのままスリッパを脱ぐと下駄箱を漁り始める。
「その靴って、もしかしてバイクでいらしたの、かなめさん」
膝下まである皮製のバイク用ブーツを手にしたかなめは玄関に座ってブーツに足を入れた。
「おお、それがどうした?オメエなんか下駄で車の運転か?危ねえぞ」
誠も和服に下駄と言うその和装姿では、とても運転には向かないと誠は思った。
「私は一応、法律の専門家ですのよ。ちゃんと車では運動靴に履き替えます。それよりかなめさん、バイクはどうなさるおつもり?」
誠も、そこでようやくその問題に思い至った。かなめのバイクは東和製の高級スポーツタイプ。雨ざらしにするにはもったいないような値段の代物だった。
「どうせ明後日はここから出勤するんだ。別に置きっぱでも問題ねえだろ」
特に明日の事は気にしていないと言うようにかなめはそう言った。
「そうじゃなくて明日はどうなさるのってことですわ。私は明日は出勤ですわよ」
確かにこのことは誠も知りたいところだった。平然と『迎えに来い』などと言いかねないかなめのことである、心配そうに誠はかなめの顔色をうかがった。
「ああ、明日?あれだ、カウラとアタシはトラック借りてそれに荷物積んで来るから問題ねえよ。だから置いていく。それでいいよな?」
そんなかなめの言葉に誠は胸をなでおろす。かなめはブーツを履き終えるといつも通り誠達を待たずに寮を出て行く。そんなかなめを見ながら下駄を履いた茜がスニーカーの紐を結んでいる誠の耳元でささやく。
「そんなにあからさまに安心したような顔をしていらっしゃると付け入られますわよ。かなめさんに」
そのまま道に出るとかなめがバイクを押して隣の寮に付属している駐車場に向かっているところだった。
いつ来ても、寮の裏手にある駐車場は、いつ見てもカオスだった。島田の仕切りで雑草は綺麗に刈られているが、改造車やら、バイクの部品やら、まるで違法カスタムショー会場のようだ。雑草は島田の指揮の下、雑草を見つけるたびに動員をかけるので問題は無い。入り口近くの車が、明らかな改造車なのは所管警察の暴走族撲滅活動に助っ人を頼まれることもある部隊に籍を置いている以上、豊川市近辺ではありふれた光景である。
朱に交われば赤くなると言うところだろう。誠はそう思っていた。
しかし、一番奥の二区画の屋根がある二輪車駐車場に置かれたおびただしいバイクの部品の山が入った誰の目も引きつけることになる。島田准尉のバイク狂いは隊でも知らないものはいない。ガソリンエンジンの大型バイクとなると、エネルギーのガソリン依存率が高い遼州星系とは言え、そうはお目にかからない。
そのバイクのエンジンが2つも雨ざらしにされて置いてある。盗もうとする人間が現れないのは、その周りに島田が仕掛けた銀行並みのセキュリティーシステムのおかげ以外の何者でもない。エタノールエンジンの大型バイクを愛用しているかなめが、それを見て呆れたように肩をすくめた。
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