遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第一章 『特殊な部隊』の休日

第2話 プラモデルと戦場の哲学

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 しかし、このままでは司法局実働部隊副隊長の名が廃るとばかりにランはアメリアをにらみ返し、再び説教を始めた。

「アタシが言いてーのは!非番の日になんで寮の食堂でこんなしみったれたことをしてるってことだ!非番の日にも出動に備えて、心身ともに鍛錬を怠らねー。それが軍人としての覚悟ってもんじゃねーのか!ああ、うちは『武装警察』だから軍人じゃねーとか言いて―んだろ?そんなことはどーでもいーんだ!ただどちらも体力あって初めて任務遂行が可能な仕事だ!その為に非番の時からそれに備える!このくらいの覚悟が無くてどーするってことをアタシは言いてーんだ!」

 ランは完全説教モードに入ってそう言って右手を掲げた。その瞬間、島田が手にしていたピンセットからデカールが落ち島田はがっくりとうなだれた。一方、このプラモ大会の首謀者であるアメリアは完全にランの説教を見越したような顔をして無視を決め込んでいた。

「アタシ等の任務は確かにお呼びがかからなければ何の役にも立たねー。だが、そこに待っているのは非情な戦場だ。そこでは一瞬の油断が死につながる。そしてこれまで培われた数々の無駄と思える動作の繰り返しが生存確率を確実に上げる。この『汗血馬の騎手のりて』と呼ばれたアタシのありがたい言葉だ。その言葉を無視して何がプラモだ?何が休日だ!そんなもんオメー等には必要ねー!とりあえず技術と人格を磨け!人生とは人間鍛錬の場なんだ!それ以外の意味なんて人生にはねえ!」

 ランは拳が塗料で汚れるのも気にせず新聞紙の敷かれたテーブルを軽く叩きながら、語気をさらに強めた。いつものように仕事の話に人生論を持ち込もうとするランの様子を見て誠はカウラとアメリアに目をやった。元々プラモづくりにはあまり関心が無く流れで参加していたカウラは静かにうなずいていた。一方、このプラモ大会の主催者であるアメリアは完全に聞き飽きたというように目をそらしていつものアルカイックスマイルを浮かべていた。

「姐御、くどくどいうけどよう。姐御自身が認めた通り、アタシ等軍人じゃねえもんな。警察官だもんな。出動先が戦場なのはたまたまそこで戦争やってるだけであって、やってることが戦争だってんはたまたまだもんな。それに人間が生きてるのは鍛錬の為だ?そんな人生御免だね!楽しく生きてなんぼ。違うか?姐御?少なくともアタシはそう思ってる。だから遊びたい時は遊ぶし、歌いたい時は歌うし、酒を飲みたい時は酒を飲むし、タバコを吸いたい時は酒を飲む。それがアタシの人生。人からとやかく言われたくないね」

 ひねくれたようにかなめがランの上げ足を取る。かなめの言うように司法局実働部隊は司法執行部隊であり、一種の武装警察のような組織と定義されていた。軍人としては後方任務しか勤務が許されていない全身義体のサイボーグであるかなめは本来正規の軍事作戦には戦争法規の関係上参加できない。そのことで元々戦闘狂の気があるかなめがわがままを言うのはこの寮の住人には当たり前の事なのだが、寮にはほとんど立ち寄らないランにはそのことはまったく理解できなかった。

「そんな屁理屈はどーでもいーんだ!休みの日に部屋でちまちまプラモなんて作ってる根性をアタシは指摘してるんだ!そんなにプラモ作りが楽しいか?だったら別の仕事に転職しろ!特にクラウゼとか神前とかはネットで自分で作ったプラモやフィギュアの完成品をオークションに出して小銭を稼いでるそうじゃねーか。だったらそっちで飯を食えるようになれ!そんなプロモデラー予備軍はうちには必要ねー!アタシ等の仕事は命を扱う重要な仕事だ。生きるか死ぬかというような緊張感の無い趣味なんぞ、趣味とは認めねー!どうせやるなら将棋をやれ!あそこには戦いのすべてが詰まってる!それか囲碁だな。死ぬか生きるかの絶対的極限状態を盤上で再現する究極の趣味だ!プラモにそんな要素が何処にあるか?あるなら言ってみろ!聞いてやるから!」

 ランの怒りはかなめの屁理屈によりさらにめらめらと燃え上がった。ランにとっては趣味という物もまたいつ行かなければならなくなるか分からない戦場の延長でなければならない。それ以外の趣味の存在はランは一切認めない。仕事人間であるランにとって仕事とまるで関係のないプラモづくりなどは趣味と呼べる代物とは言えなかった。

「確かに僕がネットオークションに作ったのはいいけど置き場所の無くなった戦車のプラモを上げて小遣い稼いでるのは事実ですけど……アメリアさんもやってたんだ。というか、アメリアさんのはアメリアさんが個人で作ったんじゃなくて運航部の女子全員で作ったのを部長権限で取り上げてオークションに出してるんですよね。でもどっちも良い値段が付くんでやめられないんですよ。そんなだから駄目なんですね。そうですね、だから僕はいつまでたっても半人前だってクバルカ中佐に言われるんですよね……でもあの収入は結構捨てがたい。悩むところだな」

 お茶を配りながら誠が自虐的にそう言って俯いた。誠はどこまでも弱気で後ろ向きな性格の持ち主だった。誠はポットを持つ手を小刻みに揺らし、こぼさぬよう必死に気を遣いながらカップを並べた。

「そーだ!オメーが『もんじゃ焼き製造マシン』と呼ばれるほど乗り物に弱かったのも、いざと言うときに緊張してミスをしでかすのも、その休日の過ごし方に原因がある。毎日、部屋でプラモを作ったりエロゲのヒロインのデザインをしたり。それが軍人や警察官の趣味と言えるか?仕事につながるような成長と人格形成につながる趣味こそが人として打ち込むに値する趣味だ。それ以外の趣味なんぞアタシは認めねー!神前!今すぐランニングをするぞ!その腐った根性をアタシが叩き直してやる!」

 ランはすっかり『町内一周マラソン』をやらせる気でいる様子だった。 

「クバルカ中佐、それは後にしてくださいな。それに創作的な趣味は心を豊かにします。戦場で荒んだ心を少しでも癒す。私は良いことだと思いますわよ。それより、クラウゼさん、ベルガーさん、かなめお姉さま……まずはお話を聞いていただきたいんですの」 

 明らかにいつもと違う調子の茜を不思議に思いながら空いていた厨房に近いテーブルに誠はポットを運んだ。とりあえず、茜の一言で誠は町内一周マラソンからは解放された。

「仕事の話か?それは余計面倒な話だわ。それならちっちゃい姐御が真っ赤な顔してぎゃあぎゃあ説教するのを耳栓して見ている方がよっぽど見てておもしれえや。アタシは御免だね、非番の日に仕事の話なんて持ってくんじゃねえよ。せっかくの非番が台無しだ。茜はそんな仕事の話ばっかしてるからいつまでも彼氏の一人もできねえんだよ」

 とりあえず全身義体なので町内一周マラソンくらいは楽勝のかなめは茜が面倒ごとを頼みに来たと察して明らかに嫌そうな顔をしてそうつぶやいた。

「こちらにどうぞ!」 

 誠の言葉でプラモデル用塗料の臭いが染み付いた新聞紙の敷き詰められたテーブルから食堂の空いていたテーブルにかなめ達は席を移した。茜とラーナは誠達の正面に座った。塗料の匂いが漂う食堂は、工作机と化したテーブルが雑然としていた。

「西園寺、言うじゃねえか。オメーの耳栓にはプラモ用の瞬間接着剤をたっぷり塗って一生取れないようにして詰めてやる。覚悟しとけよ。それより、プラモを作るか絵を描くしか能がねえ割に神前、気が利くじゃねーか。おー、かりんとうか。アタシはこいつ大好きなんだよな。上司の好きなものを用意する……社会人合格だ。偉いぞ」 

 そう言うと一番に誠の手前の席に座ってかりんとうに手を伸ばそうとするランだが、小さな彼女が伸びをしたところでプラモデルの塗料があちこちについているエプロンをしたかなめがそれを取り上げた。

「何すんだよ!せっかく人が食おうとしてたのに!」

 部下に好物を取り上げられてランはまた怒りのモードに突入しそうになった。 

「やっぱ餓鬼だねえ。甘い物が好きだなんてな。アタシは要らないね。酒にかりんとうなんて合いやしねえ。ランの姐御も酒飲みじゃねえか。なんだってこんなのが好きなんだよ?変じゃねえか?それともランの姐御の好きな日本酒や焼酎にはかりんとうがつまみにできるんだ。便利だねえ。アタシが飲むラムは元々廃蜜糖はいみつとうから作るんだ。なんでわざわざ似たようなかりんとうを食わなきゃならねえんだよ」 

 まるで子供のようなかなめの嫌がらせに明らかにランは腹を立てていた。そして二人はにらみ合った。アメリアとカウラはそのエプロンを元の席に置いて、作業用の安物のジャージ姿でテーブルに腰掛けた。

「お二人とも、およしになってくださいな。クバルカ中佐。わたくし達は別にここに居る皆さんの私生活を監視に来たわけではありませんよ。それにクバルカ中佐の提案したようなマラソン大会をしているような時間は私達にはありませんの。ですのでちゃんとお仕事の話を進めさせていただきますわ。よろしくて?」 

 おっとりとしてはいるが、明らかに力の入った茜の言葉を聞いてかなめがかりんとうの入った器をランの手の届くところに置いた。ランは目つきの悪い顔でかなめをにらみつけた後、一個のかりんとうを手にすると口に運んだ。

「じゃあ、何しに来たんだか……ふざけるのはこれくらいにして。その様子だと、かなり厄介な話だと踏んだが……どうだ?茜、オメエが明日のアタシ等の出勤日まで待てずに寮まで出張ってきた。それは隊では話せないことだから……きわめて高い秘匿性が求められる任務……アタシも元非正規部隊の隊員だ。そのくらいのことは察しが付く。どうなんだ?言ってみろ」

 とりあえず姫路城の庭を完成させたかなめが吐き捨てるようにそうつぶやいていた。急須でお茶を入れながら誠もかなめの言葉通り茜達が何をしにやってきたのか少しばかり興味を持っていた。茜は足早に食堂に入り、目だけで周囲を一瞥してから、静かだが有無を言わせぬ調子で声を発した。

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