遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第三章 『特殊な部隊』の行き先

第8話 封印の扉、その先に

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「それじゃあ今度は地下ですわね」 

 茜はそう言って全員がパスワード入力を済ませると再び廊下をエレベータへと進んだ。電子戦のプロである技術部の将校連でもない限り解けないと言うセキュリティーを施すほどの機密。誠は不謹慎な好奇心に突き動かされて茜の後ろに続いた。

 相変わらずエレベータルームにも人の気配が無かった。静まり返った廊下に足音だけが響き、誰もいないエレベータルームの空気は、まるで密閉された箱のように重かった。完全に気温を管理された空気は心地よいが、これだけ人気が無いとそもそもなんでこんな立派なエレベータを作る必要があったのかと誠は思った。

「これだけの機密ってことは……本当に俺等が来て良かったんですか?法術特捜の権限で入れるとして……でも俺とサラは法術特捜の関係者じゃありませんよ」 

 前線部隊ではない技術部整備班長の島田が頭を掻く。そして運用艦『ふさ』の管制オペレータであるサラも同じようにうなずいた。

「ごらんいただければわかりますわ。遠くない未来、それは秘密でもなんでもなくなる。でも今は秘密にしておかなければこの社会が壊れる。丁度『法術』の存在が明らかになった時と似ていますわね」 

 それだけ言うと茜は黙り込んで誠の顔を見て意味ありげに笑った。

 法術の存在を明らかにした男。それが他でもない自分自身である自覚は誠にもあった。

 茜が自分を見た後訪れたその突然の沈黙に誠の好奇心は再び不安に変わった。エレベータのドアが開いて一同は乗り込む。最後に乗ったラーナがエレベータにポケットから出したキーを差し込む。すると何も無いと思っていたパネルが開き、中にエレベータのコントロールパネルでは指定不可能な階への移動が出来るスイッチが現れてラーナは迷わずそのスイッチを押した。

「隠し部屋かよ。さらに厄介だ」 

 島田の一言にランの鋭い視線が突き刺さる。驚いた島田はそのままサラを見てごまかした。動きだしたエレベータの中。浮いたような感覚、そしてすぐに押しつぶそうとする感覚。パイロットの誠には慣れた感覚だが、それがさらに不安を掻き立てる。

 そして当然のようにドアが開いた。薄暗い廊下が開いたドアの向こうに広がっていた。空気はさらに冷たく空調の存在を疑いたくなるような寒さを誠は感じていた。

「行きますわよ」

 慣れた調子で茜はそう言ってこれまでのよそ行きの顔をした建物からその本性を現したような壁も天井もコンクリートの打ちっ放しの通路を進んだ。やけに冷たい空気が訪れるものの不安をさらにかきたてる。あえて救いがあるとすれば若干の人の気配がするくらいのことだった。コンクリートの壁から微かに湿気が染み出しているようで、誠の手の甲に冷たい空気が張り付く。

 廊下に出た茜に続くと、誠たちは開けた部屋にたどり着いた。そこには人間の気配があり、誠は少し安心した。そこで白衣を着た研究者のような人達が行き来する活気に心が救われる思いだった。

「人体実験でもやっているのかねえ。東都警察も結構ヤバいことに手を出してるのかも……あ、そうださっきの死体。東都警察が作ったんじゃねえの?違法研究の為に」 

 かなめの無責任な言葉に茜が振り向いて棘のある微笑を浮かべた。かなめはそのまま後ろに引っ込みカウラの陰に隠れた。

 ようやく人の気配を感じて誠達は安心した。しかし、研究者たちの表情は暗かった。ある者は白衣の裾を引きずりながらビーカーを眺め、ある者は無言で眼鏡を直しながらデータパッドを睨む。そんな個性の感じられない研究員たちの瞳には、燃え尽きた灰のような色しか残っていない。それはまるで自分達のしていることに何一つ希望が無いとでも物語っているように誠には見えた。

 ここでは何かの人の為になる技術を開発していると言う前向きな研究はここでは行われていない。白衣の人々の顔を見れば誠にもその事実がありありと分かった。

「最近のここの研究は例の遺体の解析が主なものですわね。誰か法術に関する高い技術を持っている研究者の悪行の方法と、彼等が吐き出した汚物を研究する。ここの皆さんの心中を察してあげてくださいな」

 誠の心を読んだように茜はそう言って静かに歩みを続けた。法術の存在を公にしたときの記憶が脳裏をよぎる。あの時も、世界が一度崩れる音を聞いた気がした。

「汚物ねえ……確かに人体実験に失敗した試験体なんて汚物だよな。研究者にとっては見たくもない存在。消えてほしい存在。それを捨てるには『租界』と言う一つの国が滅んだことで生まれた汚物人間の住む場所の対岸の見捨てられた湾岸地域がちょうどいいって訳だ」

 かなめは最初に見せられた遺体を思い出しながらそう言った。その言葉には感情と言うものが感じられないように誠には感じられた。

 ただあるのは深い絶望だけ。ここで行われている研究がただ絶望を拾い上げるだけの作業なのだと悟って誠の心は次第に凍り付いていった。

「これは……嵯峨警部」 

 部屋の奥から低い声が響いた。到着したのは生物学の実験室のような部屋だった。遠心分離機に検体を配置している若い女性研究者の向こうの机に張り付いていた頭の禿げ上がった眼鏡の研究者が茜に声をかけて来た。

 これまで見てきた研究員たちがあまりに機械のように無表情な人々ばかりだったので、少し人間味を感じて安心したようやく一同はほっとした気分に包まれた。

「例のものを見に来ましたわ……それとその処理を行える人材もいましてよ」 

 和服の茜は丁寧な口調でどうやらこの施設を管理している責任者らしい男にそう言った。これまでの研究者が白衣と分厚い眼鏡、書類に埋もれた姿があまりにも典型的で、かなめは思わず笑いをこらえた。そんなかなめを一瞥した後、茜はそう言って巾着からマイクロディスクを取り出した。

「そうですか。失礼」 

 そう言うと眼鏡の研究者はそれを受け取りそのまま研究室の奥まで行くとその突き当りにある隙間にあった手元の端末のスロットにそれを差し込んだ。画面にはいくつものウィンドウが開き、何重にもかけられたプロテクトを解除していく。

「なんだよ、ずいぶん手間がかかるじゃないか」 

 かなめはそう言いながら待たされている間、この魂の抜けたような研究者たちの仕事場である部屋を見渡した。

「サンプル……人間の臓器だな。貴重な資料だ。西園寺、傷つけるなよ」 

 カウラの言葉に誠は改めて並んでいる標本に目を向けた。いくつかはその中身が人間の脳であることが誠にもすぐにわかった。他にもさまざまな臓器のサンプルがガラスの瓶の中で眠っているように見える。

「カウラよ。アタシを小学生かなんかと勘違いしてねえか?アタシにも常識くらいある。触れねえよ」

 カウラに言われたことが癪に触ったと言うようにかなめは静かな口調に怒りを混ぜてそう口にした。先ほどの禿げた白衣の研究者と茜を先頭に一同はそのまま奥へと歩を進めた。

「ちょっと、そこ」 

 明らかに緊張感の無い様子でアメリアがつついたのは島田の手にしがみついているサラを見つけたからだった。

「ランちゃんは……平気なの?」 

 島田から引き剥がされたサラがランを見下ろした。自分自身が人類の狂った科学が生み出した戦闘用人造人間『ラスト・バタリオン』であるにも関わらず、サラにはこういう状況に対応するような心の持ち合わせは無いようだった。

「オメーなー。アタシが餓鬼だとでも言いてーのか?アタシはこういうものはうんざりするほど見てる。恐らくこういうものを切り刻ませたらこの東和にはアタシの右に出るものは居ねえだろーな」 

 そうランが愚痴った時、ようやく研究者の端末の画面がすべてのプロテクトの解除を知らせる画面へと切り替わった。

「それでは参りましょう」 

 茜はそう言うといつものように緊張感の無い誠達に目を向けた。

 奥には金庫の扉のようにも見えるものが鎮座している。迷うことなく茜は進んだ。彼女はそのまま扉の横のセキュリティーにパスワードを打ち込んだ。重い扉が自動的に開く。重い金属の軋む音が地下に反響し、銀色の扉が少しずつ開いていく。その隙間から、冷え切った空気が這うように漏れ出した。

「ここまでは一般向けのセキュリティーか。この奥に天地をひっくり返すような秘密があるってことだな」 

 かなめはそう言うと開いていくドアの中を伸びをしてのぞき込む。そんなかなめを冷めた目で見ながら茜はそのまま中へと歩き出した。

 無音。しかし、それがただの無音ではないことはこの場にいる全員が心の中では分かっていた。

「遅れるんじゃねーぞ。全員のパスワードが次のセキュリティー解除に必要だからな」 

 ランの言葉に誠は思わず手を握り締めた。彼の後ろでは観光気分のサラとニヤニヤしている島田がついてきていた。そして30メートルほど歩いたところで道は行き詰るかに見えた。しかし、すぐに機械音が響き、行き止まりと思った壁が開く。

「ずいぶん分厚い扉だねえ。なんだ?化け物でも囲ってるのか?」 

 軽口を叩くかなめを無視して茜は歩き続けた。

「わくわくしない?神前君。なんかとんでもないモンスターとか出てきそうな感じ。どこかの遊園地のアトラクションにも似てるわね」 

 後ろから先ほどまで臓器の標本を見ても怯えていたサラに声をかけられるが誠はつばを飲み込むばかりで答えることが出来なかった。

 カウラは通路の壁を触ったりしながらこの場所の雰囲気を確認しようとしているようだった。かなめは後頭部で両腕を組みながらまるで普段と変わりなく歩いていた。アメリアは首が疲れるんじゃないかと誠が思うくらいきょろきょろさせながらアトラクション気分で歩いていた。

 そして再び行き止まりにたどり着いた。

「おい、島田。もっとこっちに来い!パスワードが揃わねーだろ!」 

 ランがそう言って最後尾を歩いていた島田を呼んだ。

 彼がサラにくっつくようにやってきたとき目の前の重そうな銀色の扉が開いた。

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