遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第四章 『特殊な部隊』と宿命

第10話 いずれは自分もと誠は思った

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「やはりなんか感じます。でも嵯峨警部、なんなんですかこれは?法術師の成れの果てって……聞いたことが無いですよ」 

 誠は、正直あの中にかつて人だった物体があることに興味を持たなかった。いや、興味を持たないようにしていた。あれが法術適正者の成れの果てと言うならば、誠が同じ姿を晒すことになっても不思議ではない。

 あえて中を見ずに誠は茜を見つめた。

「そうね、自己防衛本能が形になったようなものと考えていただければ良いと思いますわ……本来出会うべきでなかった科学を持たない遼州人と科学を至上のものと考える地球人の出会いが生み出した悲劇の存在……それが『彼』ですわ」 

 それだけ言うと茜はそのまま中身を見終えたアメリアの隣の出っ張りに再び携帯端末を置く。中を見終えたアメリアとかなめがこの中の物体に変わってしまった人間の身元を眺めていた。人のよさそうな青年の顔が表示されている。誠はなんでこんな善良な人物を待ち構えていた運命がこのような牢獄へつながっていたのかとその不条理に恐れおののいていた。

「神前、お前の番だ。しっかり見ろ。これを貴様が斬ることになる……貴様も見れば奴を休ませてやりたいと本心から思うことになるだろう」 

 中をのぞき終えたカウラがそう言うので仕方が無く誠はのぞき穴に目を近づけた。

 レンズに汚れがついているようで赤いものと黒いものがうごめいているような視界の中にしばらく誠は黙り込んで目を凝らした。先ほどの青年がこれまで見てきた化け物たちとどのように違う異形の存在に変わり果てたのかという恐怖に誠の心は揺れていた。

 だが、次第にその形がはっきりしていくにしたがって再び震えのようなものが誠の体を支配していくのを感じていた。それは本能からくる怒り、憎しみ。このようなことをしでかした誰とも知れない存在への先天的な憎悪のようなものなのだと誠は理解した。しばらくしてそこに人影があるのを発見して誠は大きく息をする。さらに集中してのぞき穴を見つめる。手にした刀が熱く感じられてくる。

 誠の視界に上半身裸の男が椅子に座っているように見えた。その男からは黒い見たこともない種類の煙が立ち上っていた。その忌まわしい煙を見ると誠はかつての誠の癖であった吐瀉癖が自然に湧き上がってくるのを感じていた。

「見えるだろ?アレが今日オメーが斬る人物だ……こんな存在を生み出した奴の神経が理解できねー。そんなに遼州人を弄りまわして何が楽しい?隊長を実験動物にしたアメリカ軍の連中だってここまでひどい仕打ちは隊長にはしてねーぞ」 

 ランの言葉に誠は集中して中の男を見つめた。両手を挙げた男が、そのこぶしで自分の頭を叩いた。そのこぶしは頭蓋骨を砕いてそのまま頭にめり込む。血が吹き上げ、辺りを赤く染めた。

 恐怖のあまり反射的に誠は目を逸らした。誠にはその光景はあまりに残酷過ぎて正視に耐えるものでは無かった。

「何が見えた?言ってみろ。オメーには言う義務がある。お前には、この存在の苦しみを終わらせられる力があるんだ。だから言え、その事実から逃げるな」 

 再びランが聞いてくる。誠は答える代わりに再び中をのぞき込んだ。自分にはこれから斬る相手の苦しみを見届ける必要がある。そんな責任感が誠を突き動かしていた。

 男の自分の頭にめりこんだこぶしが黒い霧に覆われていた。その霧は頭の傷跡から血に代わって吹き上がり、すぐに頭を覆いつくした。うなり声を上げながら男が両手を差し上げるころには、へこんでいた頭の形が次第に元の姿に戻りつつあるように見えた。

 血を見るのが苦手な誠は耐えきれず視線を外し、背後に立つ茜を見上げた。寒いというのに引かない汗、高鳴る鼓動、そして息苦しさが誠を襲った。そしてこの残酷な運命に見舞われた青年を正視できないでいる自分の弱さを責めた。

「ご覧になりまして?目をそらされては困りますの。誠さん、それが法術を初めて公式に使ったあなたの責任です」 

 茜の言葉。誠は感想を言おうとするが、口が震えて声にならなかった。

「あれが……アタシ等『不死人』と呼ばれる存在の行きつく先だ……『不死人』の素養を持ちながら死んでいく未覚醒の法術師を無理やり『不死人』として覚醒させた結果……それがこうなるんだ。それが遼州人と地球人が出会ったことで生まれた結果なんだ。それが現実なんだよ」 

 ランの言葉にどこと無く悲しげな色があった。自分自身が不死人であると公言しているランの言葉だけにその言葉には説得力があった。

「以前クバルカ中佐から聞いたんですが『不死人』て……中佐達もたしか……」 

 そう言って誠はランを見つめる。ランの真剣な瞳に誠は覚悟を決めようとするがまだ誠の心はあの青年だった存在を斬るという現実を受け入れられないでいた。

「その名の通り不老不死。年をとることも死ぬことも出来ない半端な生き物さ。多くは法術適正が高いから暴走すればその部屋の兄ちゃんと同じようになっても不思議じゃねー。ただ、一部の存在は普通に不死として覚醒して何事もなく永遠の命を生きる。しかし、多くの不死の法術適性を持つ遼州人はその適性を眠らせたまま、老い、衰え、普通に何事もなく死んでいく」

 そう言うランの言葉にはどこか諦めのような調子が含まれていた。

「その本来の当たり前の摂理を誰かが変えようとして不死の法術適性のある人物を無理やり覚醒させる技術を開発しようとしている……その結果がこの様だ。不死の存在を……その運命を……そう簡単に弄っていいもんじゃねーんだ。そんな事をして良い権利なんてこの宇宙の誰にもねー」 

 ランは笑っていたがその心の中は虚しさに包まれているのは誰の目にも明らかだった。その笑いには誠でも明らかにランの自虐的な虚勢が見てとれた。

「いつまでも若いままなんでしょ?良いことじゃないの……でも、無理やりその力を覚醒させれば……ああなるわけね。確かにああはなりたくないわね」 

 そう言って見せたアメリアだが、にらむようなランの視線に黙り込んだ。

「不老不死……地球人があこがれ、心から望んでいた能力がこの遼州では別に珍しいものでは無い。潜在的に多くの法術適性者には不死の能力は眠っている。でも、その多くは発動することはない。それを無理やり発動させればこの中の人のようになる。この中の人にはもう理性も何もないんですわ。ただわずかに残った自己防衛本能を発動して自分の周りの自分を攻撃してくる可能性のあるものを壊したいと言う衝動があるだけ。鉛の壁に覆われて干渉空間も展開できず、かといって餓死も自殺も出来ない……もはやこれは不老不死でもなんでもないですわ。ただのたんぱく質の塊が永遠にその場にあるという現象にすぎませんもの」 

 茜の言葉はあまりにも残酷に中のかつて人だった存在に向けられていた。自分は茜のように正義というものを信じて突き進む勇気はない。誠はその事実を知ってただ自分の弱さを恥じていた。

「じゃあ、僕も……こうなる運命なんですか?」 

 恐る恐る誠は目の前の『不死人』を見て自分の運命を考えた。そう考えることがあまり褒められたものでは無いと思いながらも、誠の口から出た言葉はそんな言葉だった。

「それはねー。が、法術の暴走で先ほど見た数人の人間の塊の様になっちまうことは考えられる。もし、オメーがうちに来なくって、この研究をしている連中に捕らえられたら十中八九、どこかの国の研究施設の中で法術研究の名のもとに色々いじられてあーなってた。それだけは言えるな」

 ランは誠に向けてそう言って『特殊な部隊』に入らなかった誠の運命を暗示して見せた。

「おい!ラーナ!オメエは知ってたな!こんな研究をどこかがやってるって!なんでアタシ等にそれを隠してた!アタシ等は法術を最初に使った部隊だぞ!その最初から最後まで見る責任が有るんだ!それをなんで今まで黙ってた!言え!」 

 かなめがそう言うと一人端末をいじっていたラーナに怒りに任せて詰め寄った。小柄なラーナが跳ね上がるようにして目をかなめに向けた。ラーナはただ悲しげな表情を浮かべるだけでかなめの問いに答えることは無かった。

『西園寺さん、それは相手が間違ってますよ。ラーナさんも法術師なんですよ。この人にも同じ運命が待ち構えているかもしれない。だから言わなかったんじゃないですか?ラーナさんだって僕と同じようにいつかあの肉塊のようになってしまうかもしれない……僕だってそんなこと人には言えませんよ』

 誠はある種の諦めに近い境地でそんなことを考えながら怒りに震えるかなめを見つめていた。かなめの目には怒りが宿っていた。自分の為に怒りを持ってくれる仲間がいる。誠にはその事実だけで満足だった。

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