遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第六章 『特殊な部隊』と銃器

第18話 租界へ向かう車内

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「お出かけですか?ちょっと島田班長に用があるんですけど」 

 機動部隊の詰め所を降りて本部の入り口に向っていたランに整備の若手のホープである西高志兵長が声をかけて来た。その様子には明らかに焦りの色が見て取れた。

「ああ、追加資材の発注だろ?島田は別任務で動くからこれから書類は管理部の菰田に直接回せ。それと何もかも整備班長に頼るってのは感心しねーぞ。自分でできることは自分でやれ。西、オメーの事はアタシも島田も買ってるんだ。オメーはうちの整備班で唯一脳みそのついてる人間だ。他のカスとは違うところを見せろ。今度の査定もオメーをまた一番にしてやるから……期待してるぞ!」 

 ランは鋭い口調で西を怒鳴りつけた。周りの整備班員達は気が利くゆえにいつもランや島田の標的になる西に同情すればいいのかそれとも間に入れば良いのか困惑したような顔をしてその様子を遠巻きに見守るだけだった。

「はあ、そうですか!ありがとうございます!ご期待に応えられるよう粉骨砕身頑張ります!」 

 ランの言葉に西はそのまま建物の奥の技術部の倉庫に走っていった。そんな西の気合いの入りようを見るとさすがの年上の整備班員達も自分も何かしなければならないと感じたらしく、ようやく重い腰を上げて西を追って倉庫の奥へと消えていった。

「『粉骨砕身』ねえ……感謝の言葉に四字熟語を混ぜるなんていかにも甲武軍人ですって言ってるようなもんだぞ。でもどうするんだ?技術部の専門馬鹿の士官達じゃあ現場を仕切れるとは思えねえんだけどな。整備班は島田がその腕力で支配している小さな王国みてえなもんだからな。その王が居なくなれば家臣達はどうすればいいのか分からなくなって当然だ。それを仕切るのが西……アイツは若すぎるだろ?ベテランの連中が黙って西の言うことを聞くとは思えねえんだけどな」 

 かなめは一応は年上の余裕を見せて一生懸命さが滲む西の背中を見送りながら笑っていた。

「一応それがアイツ等の仕事なんだからさ。連中にも何かあるたびに『班長が班長が』って餓鬼みたいに騒ぐんじゃなくて現場の人間らしく毅然とした態度をとってもらわねーとアタシも困るんだよ。まあ、西は良い。アイツは自分で考えて行動ができる。他の人間は……まー成長を待つしかねーか。そんな使えねー年だけとってる奴に西のことをどうこう言う資格はねー!ちゃんと自分で考えて自分に与えられた仕事をこなしてこその一人前の社会人だ!そんなことも分からねー奴はこの事件が解決した後に十時間くらい正座させて反省させてやる」 

 ランはそのまま整備員達から敬礼される中を進んでグラウンドに出た。鉄製のハンガーの扉が開くと、坂東名物の平野を流れてきた乾いた空気の塊が容赦なく吹き下ろす冷たい風が頬を刺した。油と鉄の匂いに混じって冬の乾いた匂いがする。

 思わず笑みをこぼしながらランはカウラが遠隔キーであけた『スカイラインGTR』の助手席のドアを開き、助手席を倒して後部座席に身を沈めた。

 ランが後部座席に身を沈め、かなめも隣に腰を下ろす。カウラが運転席に収まり、誠は助手席に座るしかなかった。エンジン音だけが車内に響く。誰も軽口を叩かず、次に口を開いたのはかなめだった。

「カウラ、神前。テメエ等は産まれて初めて地獄って奴を見ることになるな……東和の平和な環境。戦場は……確かに命のやり取りは有るが、そこには指揮命令系統という秩序が確かに存在する。しかし、あそこにはそんなものはねえ。いわゆる永続する指揮命令系統すら存在しない戦場。それがあの『租界』という場所だ」

 かなめは何かを思い出すような顔をして笑った。彼女が以前は『東都戦争』と呼ばれたバルキスタンから東都を経由して地球に流れる薬物の利権をめぐりマフィアや各国の非正規部隊の入り乱れた戦いの中に居たことは誠は知っていた。そしてその主戦場こそがこれから誠達が乗り込もうとしている東都『租界』だった。

 誠も以前からその地の危険性については噂程度には聞いていた。300メートル無事で歩ければもはや傭兵としてどこの軍でも雇ってくれるレベルの危険地帯。街には薬物中毒患者が徘徊し、駐留軍は気に入らない人間の姿を見ると発砲する。かなめがそこで任務に就いていた過去があると知った時から彼女の攻撃性はそこで培われたのだろうと誠は思っていた。

「クバルカ中佐、それじゃあ出ますね」

 カウラはそう言うといったん車をバックさせた後、駐車場から一気に発進し、開いたゲートを抜けて工場の連絡道路に車を乗り入れた。大型トレーラーの行きかう工場の連絡道路をタイヤが地面を蹴り、誠の体がシートに押し付けられる。

「地獄?租界ってそんなにひどいんですか?僕も噂は聞いてますけど……あまりに胡散臭くて信じられないんです。西園寺さんが言う指揮命令系統の存在しない戦場って……そんなの想像がつかないんですけど」

 誠はかなめの言葉の意味が分からずにそうつぶやいた。

「たぶん神前が聞いてる噂の七割は真実だ。『租界』ってのは一種の地獄だ。あれの中では人間の命なんで毛埃ほどの価値もねえ。そんな世界、オメエ等二人は見たことがねえだろ?戦場では命の価値は戦力として評価される。そこには確かに命の価値はあるんだ。しかし、租界にはそれすらねえ。あそこでは誰もが無価値な存在だ。いつ誰がくたばっても誰も関心を持たねえ。それがあの地獄の日常だ」

 かなめの言葉に誠はうなずくしかなかった。東都『租界』噂に聞く魔都への入り口が誠達の前に待っていた。

「ベルガー。出る前にちょっといいか?」 

 ランの言葉にハンドルから手を離してカウラが振り向く。誠もそれに合わせてランを見つめる。

「『租界』の中はアタシと西園寺が担当する。ベルガーと神前は東都湾岸周辺部の担当だ。神前のお守りは頼むぞ。オメー等にはあの地獄は荷が重い。アタシは東和に亡命した時にあの租界で暮らしてたし、西園寺はあそこで命を狩りまくって戦士になった女だ。そんな人間の道を踏み外した人間しかあの中での活動は任せられねー」

 ランは非情にかなめの顔を見ながらそう言った。 誠はその言葉を聞きながら窓の外に目をやった。そこには平和ないつもの『特殊な部隊』の駐車場があった。

「なんだってこんな餓鬼の……それにアタシがいつ人間の道を踏み外したって言うんだよ。それがあそこの日常。あそこで人間であるためにはほかに道なんかねえんだよ。だからアタシは人間の道なんか踏み外した自覚はねえよ」  

 普段は本当に小学校低学年の少女にしか見えないランだが、その元々にらんでいるような目つきが鈍く光を発したときには、中佐と言う肩書きが伊達ではないというような凄みがあるのは誠も知っていた。

「いや、オメーはアタシと同じ立派な『人間失格の殺人鬼』だ。『租界』じゃ『甲武の山犬』とか呼ばれて色々各所に名を売ってたそーじゃねーか。その名の知れた『山犬』がうろちょろするんだ。『東都戦争』で恨みなら山ほど買ったんだろ?そんなところに神前みてーな素人を送り込めるかよ。むざむざ死にに行けって言ってるよーなもんだ。『真紅の粛清者』、そして『甲武の山犬』。人殺しに慣れた者同士、仲良くやろうや」 

 ランの口元の笑みが浮かんだ。かなめはちらりと誠を見てそのままそっぽを向いた。東都警察も匙を投げたシンジケートや利権を持つ国々の非正規部隊の抗争劇『東都戦争』の舞台となった東都租界と言えばすぐに『甲武の山犬』として知られたエージェントのかなめが幅を利かせるのは当然のことだった。

「カウラ、気をつけとけよ。現在も未だに『近藤資金』の残りかすを探し回って潜伏している工作員もいるだろうからな。それに今回の超能力者製造計画をたくらむ悪の組織……」

 緊張する車内の雰囲気を和ませようというようにかなめはそんな軽口を叩いた。 

「ふざけるなよ、バーカ。人殺しを慣れてる人間じゃ無きゃこんな時に軽口なんて叩けるもんじゃねえ」 

 誠の特撮への愛を知っているかなめのリップサービスにランがかなめの頭をはたいた。

「まあトラブルになる可能性はアタシ等の方が大きいんだからな。お前らはとりあえず予定した調査ポイントでアタシの指示通りに動いてくれりゃあそれでいー。オメー等には無駄死にはしてほしくねーし、させねー。それが上司であるアタシの責任だ」 

 まるで期待をしていないようなランの言葉を不快に思ったのかカウラはそのまま正面を向き直り車のエンジンをかけた。

「ベルガーよ、そんなに不満か?自分が半人前扱いされてるのが。そう気を悪くするなよ。相手は法術師をようしている可能性が高けーし、正直神前はあてにならねーし……オメーの手はまだ血で汚れてねー。その手を血で汚すのはアタシには耐えられねー」

 ランは少し力ない笑みを浮かべながらハンドルを握るカウラに優しく語りかけた。 

「そうだな、コイツはあてにならねえな」 

 かなめにまでそう言われるとさすがに堪えて誠も椅子に座りなおしてシートベルトをした。

「いじけるなよ。即戦力としては期待はしてねーけど将来は期待してるんだぜ……ただ、その時はもしかしたらアタシより重い十字架を背負うことになるかも知れねーがな」 

 ランのとってつけたような世辞に誠は照れたように頭を掻く。カウラはそのまま乱暴に車を発進させた。

「姐御、カウラは結構根にもつから注意したほうが良いですよ。後でどうなっても知りませんよ、アタシは」 

 かなめはカウラを指さしてそう言った。運転に集中しているふりをしてカウラは何も言わなかった。

「そうなのか?」 

 囁きあうかなめとランをバックミラー越しに見ながらカウラはそのまま車を正門ゲートへと向かわせた。

 いつものようにゲートには技術部の歩哨はいなかった。カウラはクラクションを派手に鳴らす。それに反応してスキンヘッドの大男が飛び出して来た。

「緊張感が足りないんじゃないのか?」 

 いつもなら淡々と出て行くカウラにそう言われて出てきた大男は面食らう。

「すいません……出来れば班長には内密に」 

 手を合わせるスキンヘッドを見下すような笑みで見つめた後、カウラは開いたゲートから車を急発進させた。

「確かになあ。根に持ってるわ。この運転ですぐに分かるわ」 

 ランは呆れたように車を急発進させるカウラを眺めていた。
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