遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第八章 『特殊な部隊』と腐敗した軍

第22話 値札と銃口の街

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「そんなに驚くこともねえよ。甲武だって東和の締め付けで薬物の取引なんぞの甘い汁を吸えなくなってからこの租界に派遣されているのはせいぜいこの地に舞い戻るあの戦いを生き延びた傭兵どもからベルルカン大陸のリアルの情報を聞き出すための連絡係が務まる程度の三流の名前ばかりの『非正規部隊』の隊員……アタシみたいな本物は居ねえよ。金にならないとなればどこの国だって使える汚れ仕事専門の精鋭部隊をこんなところに置いておくわけがねえ。地獄の沙汰もなんとやら……要するに適度な金を適度な汚い手口で稼ぐ人間が見て通りの手口で飯を食ってるってことだ。臓器売買で出る利益なんざ供給源の難民がわんさと流れ込んでくるここでは軍レベルを投入してまで欲しいもんではないが、マフィアの連中のシノギにはちょうどいいくらいのサイズの商売ってわけだ。マフィアの連中に貰うモノを貰えば駐留軍の連中は相変わらず見て見ぬふり。世の中金さえあれば何でもできるのさ。それが地球人がアタシ等遼州人に押し付けた摂理ってわけだ。それがこの東和でも生きている……それだけの話ってこと」 

 かなめの言葉を聞きながら誠はただ呆然と画面をスクロールさせた。次々に映し出される臓器が次の瞬間には落札され、そして次の臓器の画面が映し出される。このような非道が平然と許されている事実に誠は怒りよりも哀しみがわいてくるのを感じていた。

「でも法術師の研究とは関係ないんじゃないですか?それとも臓器売買のルートの解明に捜査範囲を拡大するんですか?確かにこれは警察官のお仕事ですけど……どうせ東都警察にはこれを元に動くつもりなんて無いんでしょ?それこそこの人数で何をしようって言うんですか?うちはそこまで東都警察の便利屋扱いされるいわれは無いと思うんですけど……」 

 誠は自分の個人的感情を押し殺して今回の犯罪とは別の犯罪を見つけ出したかなめにそう尋ねた。

 窓の外には相変わらず人っ子一人いない崩れかけた廃墟に近い町が広がっている。時折、好奇心に駆られた子供の視線が今にも倒壊しそうなアパートの窓や半分に折れた電柱の影から見えるのが分かる。

「さっきのデータなんてこの街じゃ常識程度の軽いもんだ。他の画面も見てみろ……って時間ももったいねえしここじゃあ場所が悪いな。カウラ、車を出せ」 

 ランが端末のモニターをにらみながら指示を出した。カウラはアクセルを踏み、車はそのまま路地を走り出した。

「このまま『租界』に入るぞ。検問所がある軍の駐留地まで行け!そっから先はもっと本物の地獄だ。今見ている東和の最底辺の恥部が天国に見える程度のな」 

 そのまま誠は画面をスクロールさせていった。ようやく一番下まで来ると次の画面に移るためのカーソルが開いた。次の画面はさらに誠の顔をしかめさせるものだった。それはこれまでの文字だけの世界とは違うリストが表示されていた。

 それはまるでペットか何かのように子供の写真と値段が表示される画面が表示された。誠はこのサイトを作った人間の神経を想像して恐怖と怒りを感じた。その画像を見るには人間の感情を持っていてはいけない。誠はそこに映し出される少女たちを見てそう直感した。そしてそのページこそがかなめが見せたかった今回の事件に関係するデータなのだと誠も分かってきた。

「おっと二ページ目か。まあ見ての通りだ。人身売買のサイト……地球じゃ普通にある話だぜ?そこで『法術特捜』の補助捜査員であるオメエが注目すべきなのは特に血統重視だってところだ。純血の遼州系の人間ほど高い値がついている。これでアタシが何を探してきたか分かったろ?最近の人気は遼州系の法術適性確認済み個体……明らかに誰かがそれを狙って買い漁ってる。恐らく今回のホシだろうな。これが例の被害者の三人の租界の住人って訳だ。男はこの街では労働力として重宝されるが、女はこうしてシンジケートを通じて外に売りに出されるか中で体を売るしかねえ。それがこの街だ。こんな狭いところに50万人もの人間が何の産業無く、ろくな援助も受けずに居住許可だけ与えて住まわせればそんな地獄が出来上がる。東和政府もそんな当たり前の事すらわからねえんだ」 

 かなめは一言一言ゆっくりとした調子で物わかりの悪い子供に説明するような口調で誠にそう言った。

 良心というものが存在しない世界の住人が作ったサイトだ。誠はこのサイトを見てそう直感した。思わず吐き気に口を押さえた誠を冷ややかに突き放すようなかなめの言葉が響く。車内の空気はよどんだ。誠の食道に胃液のようなものが湧き上がってくる全長が感じられた。

「カウラ。神前の吐く前兆みたいなのが見えるぞ。神前の吐瀉物処理はオメエの担当だろ?とりあえず窓を開けてやれよ。エチケット袋は有るか?」

 かなめは運転席のカウラにそう言った。カウラはランの目の前のダッシュボードを開けると誠用に用意しているエチケット袋を取り出した。

 誠は久しぶりに吐いた。それは車酔いなどが原因では無かった。怒りとこのサイトを平気な顔で運営できる人間達の非人間性が吐かせるこれまでにない酔いだった。 

 淡々とかなめはそう言うとデータを読み終えてコードを首から外した。

 車が進むと周りの割れ目だらけのビルが消え、何もない緩衝地帯のような場所を通り過ぎた。そしてその中央を走る道は暴徒の侵入を防ぐための巨大な障害物で半分ふさがれていた。その脇では移民排斥を訴える政治団体の黒い街宣車が大音量で租界の中に暮らしている遼南難民の罵倒を続けていた。カウラの車はすぐにバリケード前に立っていた甲武陸軍の制服を着た兵士に止められた。ヘルメットに自動小銃と言うお決まりのスタイルの兵士は大音量を垂れ流す移民排斥を叫ぶ政治結社のバスの群れに目をやりながら停止したカウラの車の窓を叩いた。

「通行証は?」 

 そう言う兵士はカウラが窓ガラスをあけると車内に充満した誠の吐瀉物の香りに嫌な顔をした。そんな兵士にカウラは司法局実働部隊の身分証を見せた。二人の兵士は顔を見合わせた後、後部座席をのぞき込んだ。兵士は車内に充満する香りが長身の誠の吐瀉物の匂いだと分かると顔を見合わせて少し顔をしかめた。

「同盟司法局がこんなところになんの用ですか?ここは司法局の管轄外……その身分証を見せるということは司法局が介入できるそれなりの理由があると判断して良いんですね?ここは同盟機構軍の管轄地です。無用な詮索は止めていただきたい」 

 兵士はあからさまに事務的にそう言って身分証から目を離した。ただ、その目は明らかに迷惑だから早く帰ってくれと語っているのが誠にも分かった。そのあまりに事務的な口調と顔色を見て誠は先ほど見たサイトの存在をその兵士に訴えかけたい衝動を必死になって我慢した。

「バーカ。その司法局関連の捜査に決まってるだろ?特に『法術』絡みということになったら同盟機構軍に何が出来る?司法局がする事って他に何かあるのか?教えてくれよ。それとも同盟機構軍には法術師対策の特別部隊でも設置されていて、その部隊がここに駐屯しているとでもいうのか?そんな話聞いたことがねーぞ」 

 挑発的な口調で兵士を怒鳴りつける子供にしか見えないランの顔を見てにらみつける兵士だが、すぐに彼女が身分証を取り出して階級を見せ付けると明らかに負けたというように一人はゲートを管理している兵士達に向かって駆け出した。結局、軍隊では階級がすべて。誠は軍の秩序はそうして保たれているんだという事実を知ると同時に、あのサイトを見ても何の反応も示さなかったランに向けてはいけない怒りの感情を向けていた。

「ああ、できればここの部隊長の顔を拝みたくてね。なんとかならねーかな。結構重要な案件なんだ。なんと言っても法術師の居ねー同盟機構軍の苦手とする法術師対策の捜査なんだ。それなりの責任者を出してもらわねーと困るんだ。ちなみにアタシは司法局の実働部隊の副隊長をしている。相手として不足はねーと思うんだが……」 

 残った一人の困惑した表情の兵士に向けてそんな言葉を吐くランの態度に兵士はそのまま無線に何事かをつぶやいた。

「中佐殿。とりあえず警備本部もゲートの奥ですから」 

 通信で上層部らの指示を受けたらしい兵士の言葉を聞くとカウラはそのままバリケードが派手な入り口を通り過ぎてゲートをくぐった。誠はただ淡々と事務処理をするようにそう言った兵士に軽蔑の視線を送った。

 ゲートの周りは脱走者を防止するために完全に見晴らしの効いた場所になっており、ゲート脇の塔には狙撃銃を構える兵士、ゲートの脇の土嚢の中には重機関銃を構えている兵士が見えた。

 カウラはそのまま塔の隣に立てられた警備本部の前に車を止めた。

「さてと、わらしべ長者を目指してがんばるか……って神前よ。わらしべ長者って知ってるか?」

 かなめは誠を見下す調子でそう言った。これまで怒りの感情で我を忘れていた誠はそんなどこか子供っぽい口調のかなめの言葉にようやく自分を取り戻した。

 しかし、自分を取り戻したといっても誠は理系脳の文系知識ゼロの青年なのでかなめの言葉に静かに首を横に振ることしかできなかった。

「わら一本から次々に物を交換していって最後にはでっかい御殿に住むような金持ちの長者様になるって昔話だ。子供のころとか習わなかったのか?親の教育が悪いんじゃねえの?そんな誰もが知ってる昔話を知らねえなんて。東和じゃ昔話を子供に教える習慣はねえのか?まあ、甲武はその話が出来た日本人の子孫の国で、東和はそれとは無関係な見た目が同じで同じ日本語を話す遼州人の国だから仕方ねえかも知れねえけどな」 

 かなめはそう言うと端末から先ほど手にしたディスクを取り出した。誠はその言葉の意味が分からずにランに後頭部を突かれて仕方なく車の助手席から降りた。先ほどのかなめの言葉で自分を取り戻していた誠はようやく冷静に周りを見回すことが出来た。

 この租界のゲートは明らかに軍事基地と呼べる物だった。張り巡らされた鉄条網、歩き回る巡回の兵士、そしてあちこちに並ぶ車両の進入をいつでも阻止できるような移動式のバリケード。ここは東和であって東和では無い。ここは限りなく戦場に近い場所なのだと誠は理解した。

「西園寺。遼州人をバカにするな。遼州人のアタシもその話は知ってる!単に神前に常識がねーだけだ。わらしべ長者ねー……どこまで交換できるか楽しみじゃねーか。見事長者様になってこの事件を解決まで導ければ大したもんだ。しかし……昔っからここは殺伐とした場所だな……アタシがここを出た時と何一つかわりゃーしねー。ここの兵士は中の難民を封じ込める為だけにここにいる……その難民も同じ人間だなんて考えたこともねーんだろーな。そんな難民の一人だったアタシが言うんだから間違いねー」 

 ランの言葉も当然だった。もし暴動が起きればゲート脇にある土嚢の奥の重機関銃の掃射が始まり、武装した難民がいたとしても装甲を張り巡らせた鉄塔の上からの狙撃で簡単に制圧されることは間違いなかった。

 さらに明らかに過剰装備と思える飛行戦車用の運搬トレーラーまで用意されていた。さすがに車両が無いのは予算の都合でもあるのだろう。

「物々しいというより大げさに過ぎる気配があるな。東都戦争の遺産か……また荒れると踏んでいるのか、今でも荒れているのか……でもここが出来てすぐに東和陸軍に引き抜かれたクバルカ中佐が居た頃と変わらないとは……東和政府は相当この土地に恨みでも持っているらしい」 

 呆れる誠の肩を叩きながらカウラが本部へ向かうかなめとランについていくように誠に知らせた。

「あのー、わらしべ長者の内容は理解しましたけど、どうやって誰とそのディスクを事件解決につながる証拠に交換するんですか?それにあのディスク、わらしべと言うよりかなりヤバい代物ですよ。わらしべというよりもさっき言ったように正式なルートで東都警察に提出すれば警視総監物の代物じゃないですか?そのくらい僕でも分かりますよ」 

 あまりの物々しさを忘れて現実逃避でもしようとしている誠の声に呆れたような顔のかなめが振り向く。ランはそのまま警備本部の入り口のドアにたどり着いた。

「早くしろよ!運動だけが取り柄のオメエが遅れてどうするんだ!それにこの事件の性質がそんな賞状一枚で済むような代物じゃねえってことはオメエが一番よく知ってるだろ?なんと言ってもこの地で作られた一番ヤバい代物を斬った男なんだから」 

 この完全装備の兵士達に囲まれた状況でも怯えるどころか上機嫌のかなめにそう急かされて誠は知らず知らずい早足になった。それを見たランはそのまま本部に入った。誠が遅れて建物に入ると怪訝な表情の甲武陸軍勤務服の兵士達が入り口に目を向けた。

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