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第十四章 『特殊な部隊』の暴走
第32話 冬空の下、手がかりなし
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それから誠達が捜査と言う名の散歩をはじめてから一週間の時間が流れた。いつの間にか世間は師走の時期に入り、地球と同じ周期で遼州太陽の周りを回っている遼州北半球の東和も寒さが厳しい季節に入った。
風は一日一日冷たくなっていき、訪れる廃墟を見るたびに誠と一緒に行動していくカウラの心も少しづつ冷たくなるのを感じていた。
ただの徒労なんじゃないだろうか?そんな思いが誠もカウラもちょっとした会話の度に口に出ることがある。その度にあの東都警察の研究室で見た異形のものと成り果てた犠牲者がまだ作られ続けているんだという事実を思い出して、やる気を振り絞って次の廃墟をめぐる日々が続いていた。
ランが指定した建物の調査と言う名目で訪問した現場は100を超えたが、誠もカウラも法術研究などをしているような施設にめぐり合うことは無かった。
「我々の行動はおそらくあの研究をしていた連中も把握しているはずだ。それが何の妨害も無い。つまり我々の行動は連中にとっては都合のいい状況なのかもしれないな……そう思うと自分の無力さを感じることがある……貴様もそう思わないか?」
時折、カウラはそんなことを口にして誠に笑いかけることがあった。
茜の訪問に明らかに拒絶反応を示していたことから妨害に出ることが予想されていた同盟厚生局の実力部隊の影も形もなく、ただ退屈な廃墟探索の日々が続くばかりだった。
そもそも調査した建物の半分が廃墟と言ったほうが正確な建物だった。5年前の東都中央大地震の影響で危険度が高まり放置された廃墟の内部構造の様子と生活臭がありそうなごみの山を端末で画像に収めながら歩き回るのが仕事だった。
その日もいつものように液状化で傾いたため放棄された病院の跡地の調査を終えて、車に戻った誠にカウラがマックスコーヒーを投げた。熱いコーヒーを手袋をした手で握りその温度を手に感じた。
「ありがとうございます」
そう言うと誠はマックスコーヒーのプルタブを開けた。
「やはりここも外れだな。予想通りと言うべきか。もうこんな日常に慣れている……そんなことは捜査官としてはあってはならないことだというのにそればかり思い知らされるな」
寒さにも関わらず冷たいメロンソーダを飲んでいるカウラのエメラルドグリーンのポニーテールを眺めていた誠に自然と笑みが浮かんだ。
「何か良いことでもあったのか?それとも私の顔に何かついているのか?」
ぶっきらぼうに答えるカウラの視線につい恥ずかしくなって誠は視線を缶に向けた。
「それにしても島田先輩達は何をしているんでしょうね。あの人達は今日も役所回りでしょ?この寒い中、廃ビルばかりを回ってる僕達に比べて暖房の聞いたお役所の建物の中で調査なんて、不公平ですよ。まあ、茜さんは相変わらず同盟厚生局との直接交渉中で一切その交渉も進展していないみたいで……所詮、僕達にできることなんてこれくらいなんですね」
誠達とは別行動をしているランとかなめが志村三郎を追っていることは知っていた。三郎はあの日以来、父の経営するうどん屋にも自分の事務所にも立ち寄らず姿を消していた。一方、茜が仕切る別働部隊は茜がひたすら捜査への協力を拒む同盟厚生局への協力依頼の交渉を続ける傍ら、アメリアを中心としたチームが同盟厚生局が白だった場合に備えて主に違法法術研究機関の支援をしている可能性のある東和の陸軍、海軍や警察機関などの政府機関を当たっているが、どちらも芳しい結果は得られていないということしか誠は知らなかった。
「言うな。アメリアにつれられての官庁めぐりにもそれなりの苦労と言うものが有るに違いないんだ。むしろ下手な小役人や軍人達のご機嫌を取ったり、袖の下を要求されたりしない分だけ楽と考えることもできる。……まあアメリアの方も収穫は何も無いようだが……あれだけの研究をしていながらその研究施設のかけらも見えない。逆にそのことが不安になってくるな」
カウラはそう言ってマフラーを首に巻きなおした。
実際、官庁めぐりを続けるアメリア達の他に、本部にはネットの海の狩を得意とする技術部の士官達もあちこちのサーバーを片っ端からチェックして大きな動きが無いかをチェックしているのも知っていた。だが、誠があの法術実験の失敗作とされて廃棄された不死人を斬ったその日から、ネット上にも法術の違法研究を示すような情報は見つからないらしかった。
「誰が最初に当たりを引くかですね。研究は確実に行われていて、その施設はこの東和に確実に存在している。いきなり消え去ったりすることは無いですから。いつか行き当たりますよ。特に同盟厚生局。ここまで協力を拒むには相当深い理由があるんですよ。いくら東和が憎いからって遼北が国ごと敵に回るなんてことは無いと思いますよ。あそこも一応は同盟加盟国ですし、同盟崩壊なんて事態はいくらあの国も避けたいでしょうから」
何気なく言った誠の一言にカウラがうなずいた。海からの強い風が車の冷えたボディーに寄りかかっていた二人をあおった。
「やはり、少し寒いな。中で飲もう」
そう言うとカウラは運転席のドアを開けた。誠も助手席に座って半分以上残っている暖かいコーヒーを味わうことにした。
「でもどこが研究してたとしてもこんな研究の成果を誰が買うんでしょうね……今のところ不完全な不死の法術師しか作れないんでしょ?かなめさんならどこの軍でも『不死身の兵隊』が作り出せる技術が有れば欲しがると言うでしょうけど、軍と取引できるとなると役所でも限られてきますよ……ってここでも遼北人民解放軍という確実な顧客が居る同盟厚生局が怪しいってことになる。本国に技術を持ちかえればそれなりの評価をしてくれるでしょうからね。本当にあそこが?でもどこで研究を?研究所のしっぽぐらいは見せてくれてもいいのに」
その言葉に冷めた表情で同じ事を言うなと言っているように誠を見つめるカウラがいた。
「これまで見つかったのはすべて失敗作だと考えるべきだな。貴様が斬ったあれはとても『不死の兵隊』と呼べるモノでは無かった。そもそも自分の意志で敵を攻撃できなければ兵隊とは呼べない。ましてや、『不死の兵隊』と呼ぶならば隊長やクバルカ中佐のように完全に自己再生能力が制御できなければ意味がない。まあ、それでも簡単な法術を強制的に発動できる程度には達していたとしても、その段階まで開発が進んでいるのであれば、我々がそいつを見逃すわけが無い」
カウラは味わうようにメロンソーダをゆっくり飲みながらハンドルを握る左手に力を込めながらそう言った。
「それにたとえ『不死の兵隊』と呼べるレベルの代物ですらなくともこれまでもテロ組織では普通に使用されてきた自爆テロが可能なパイロキネシスト以上のことができるなら別に本国である遼北人民解放軍では無くてもどこの軍でも欲しがるさ。もし、その技術が完成に近づいていて売り手を探し始めれば、当然売り手を求めている連中の動きが技術部の士官や安城少佐の公安のネットワークに引っかかるはずだ。それに人工的に不死の法術師を作れないとしても既存の法術師のまだ眠っている能力を覚醒させる技術を所持していると言うことを内外に示せればそれなりの技術力の誇示はできるだろ?数百年前の核ミサイルと同じことだ。先に技術を持ったものがその世界の覇権を握る……どうやら法術とはそう言う性質のものらしい」
カウラの言葉にも誠は納得できなかった。法術の発動が脳に与える負荷については司法局実働部隊の法術関連システムの管理を担当している看護師の神前ひよこ軍曹から多くのことを聞かされていた。
『急激な法術の展開を繰り返せば理性が吹き飛んでしまいます。そうなればもう誰もとめることができないんです』
法術の専門家である医療班の神前ひよこ軍曹の受け売りの言葉を誠はつぶやいていた。だが彼の前には感情を殺した表情のカウラの姿があった。
「でもあの僕が斬った不死の法術師でさえ、ひよこさんが言うには無理やり法術適性を発動させること自体が不可能に近いらしいですよ。法術適性があっても無理に発動させると研究者自身に危険が及ぶ。そんなことも考えられないんですかね」
誠は静かにコーヒーを飲みながらそう言った。
「その時はロボトミー化して一切の思考を停止させて反抗できない状態にしたうえでこれまでどおり自爆要員として使う。それにいったんノウハウを把握できれば再生産が可能なのは私達『ラスト・バタリオン』の製造で分かっていることだ。東和は『ラスト・バタリオン』の製造プラントを引き取った国だ。遼北も相当数の『ラスト・バタリオン』のプラントを引き受けた実績がある。そのノウハウはおそらく今後の人造法術師の量産に生かすつもりだろう」
そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してその缶を握りつぶした。そこには自らの運命に対する呪いと、その技術が別の悲劇的な運命を作り出すことに対する怒りを見ることが出来た。
その時、突然カウラの携帯端末が激しく振動し緊急の着信を告げた。誠とカウラは見つめあうと、事態が動き出したということを確認するようにうなずきあった。
カウラはダッシュボードから取り出した携帯端末を取り出し急いで起動させた。その画面には発砲するかなめとそれを見ながら端末をのぞきこむランの姿があった。
飛び交う銃弾。倒れていく敵兵。ランとかなめの絶え間ない射撃に数に勝る敵兵が次々と倒されていく映像に誠は二人が歴戦の戦士であるという事実を再確認すると同時に、なにか事件を動かしかねないような大きな動きが有ったことを感じた。
「銃撃戦?中佐!大丈夫ですか!いったい何があったんですか!」
思わずカウラが叫ぶのを聞くとランは苦笑いを浮かべた。
『西園寺の馬鹿がやりやがった!アイツにはこっちからは撃つなって言っておいたのに!まったく、アイツには『我慢』という文字はねーのか?相手は甲武軍の駐留部隊だ!厄介な奴等とぶつかっちまった!』
そう言うとランは画面から離れてサブマシンガンで掃射を行う。そして全弾撃ちつくすとマガジンを代えて再び端末に向かった。
『隊長には連絡したから向こうの発砲も収まるだろうが……最初に撃ったのは西園寺の馬鹿だ。どうせアタシ等は武装解除されて拘束されるから身柄の引き受けに来てくれ。あの馬鹿娘。何も自分の国の甲武軍を相手に撃つことはねーだろうに。確かにアイツはお姫様だからそのままVIP扱いしてくれるかもしれねーが、付き合って営倉に入るアタシの気持ちにもなれって言うんだ!』
ランは銃撃を続けながら通信を切った。
「駐留部隊と撃ち合い……何やったんだ?あの無鉄砲が。しかも相手は甲武か……ここの甲武軍は西園寺が嫌いな貴族主義者の『官派』の人間が多いと聞く。西園寺もVIP扱いは期待しない方が良いな」
そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してホルダーに缶を差し込む。そのままエンジンをかけて車は急加速で租界の入り口へ向かう幹線道路へと走り出した。
「よりにもよって甲武軍か。これは隊長の大目玉は確実だな。まあ隊長は怒るところを見たことが無いからどう怒るのか見てみたい気持ちもしないでもないが」
カウラはそうつぶやくとさらに車を加速させる。カウラの『スカイラインGTR』は瓦礫を運ぶトレーラーの群れを避けながら進んだ。再び端末に着信を知らせる音楽が流れた。
「神前、今私は運転中だ。代わりに見てくれ」
そう言われるまま誠はカウラから端末を受け取った。そこには死んだ魚の目の嵯峨が映っていた。嵯峨はいかにも面倒なことに巻き込まれましたと言っているようにけだるそうに頭を掻いた。
『おう、神前か。甲武軍の基地に向かってるところか?』
間の抜けた嵯峨の声が端末のスピーカーから最大音量で響いた。
「ええ、今急行しています。出来る限り穏便に対応するつもりです」
カウラの言葉を聞くと嵯峨の唸り声がスピーカーから響いて来た。その様子には誠は特に怒りの感情は聞き取ることが出来なかった。
『うむ。そうしてちょうだいよ。まったくかなめ坊はカッとなるとすぐに撃ち過ぎなんだよ。アイツは銃は撃ってなんぼというが、ものには限度ってもんがある』
画面の中で嵯峨は頭を掻きながらそう言った。
『特に今回は事件と直接のつながりは無さそうな駐留軍とはやりあいたくは無いんだけどな、いつかは世話になるかもしれないし。だが起きたものは仕方が無いよね。ベルガー、連中の身柄の引き取り、頼んだぞ。あくまで穏便にな。甲武の『官派』はあまり刺激するな。それとかなめ坊はあまり特別扱いするなよ。連中はかなめ坊の親父さんには冷や飯を食わされてイライラしてるんだ。下手に動くとその感情を刺激することになる。なんと言ってもかなめ坊は連中が対立している現宰相で『民派』の首魁、西園寺義基の娘なんだ。そのことを考えて対応してくれ』
明らかに画面の中の嵯峨はいつもには無い苛立ちを交えた口調でそう言った。
「了解しました!」
カウラはそう言うとマニュアルシフトのギアを切り替えた。
「理由は?なんで撃ちあいなんかに?」
誠は浮かんだ疑問を嵯峨にぶつけてみた。かなめは銃を持ち歩かないと気が済まない性癖は有るが、実際に発砲することはあまり無い。そのかなめがあっさり発砲したのにはそれなりに訳があるのだろうと誠は考えた。
『ああ、そうか。説明してなかったな』
画面の中で嵯峨が頭を掻いていた。急ハンドルを切ってカウラの『スカイラインGTR』は幹線道路に飛び出した。カウラはダッシュボードからパトランプを取り出すと天井に点灯させそのまま租界へと向かった。
『例の志村とか言うチンピラを追って甲武軍の資材管理の部署までたどり着いたんだそうだ。今日はそこの調査に出るって話だったんだが。定時連絡ではそこで不審な経費の明細を提出している士官がいるって事で二人はその人物の身柄の確保に動いたんだ。だが、この状況からしてその士官が所属している部署どころか駐留軍の部隊長クラスが経理の不正処理を指示していたんだろうな。恫喝交じりで当たってくる軍人さん相手に土壇場になってかなめ坊がその士官のでかい態度が気に入らなくなってたまらず拳銃を抜いたんだそうな。正当防衛って線で甲武軍とは話をつけたいんだが……難しいよね。まあ面倒なことになったら俺に振ってよ。アイツは何時から甲武軍の経費を監査する担当になったんだ?そんなこと俺頼んでないよ』
そう言うと嵯峨は通信を切った。カウラのスポーツカーの向こうには租界の入り口のバリケードが見えた。急ブレーキで臨検の兵士の直前でカウラは車を停止させた。バリケードの影から殺気だった兵士達がわらわらと沸いてカウラの急停車した車を囲い込んだ。
「これは穏便には済みそうにないな……頼にもよって甲武国とは西園寺も相手を選んで銃を抜いて欲しいものだ」
さすがにいつもは強気のカウラも兵士達の緊張した面持ちに冷汗をかいているのが誠からも見えた。
風は一日一日冷たくなっていき、訪れる廃墟を見るたびに誠と一緒に行動していくカウラの心も少しづつ冷たくなるのを感じていた。
ただの徒労なんじゃないだろうか?そんな思いが誠もカウラもちょっとした会話の度に口に出ることがある。その度にあの東都警察の研究室で見た異形のものと成り果てた犠牲者がまだ作られ続けているんだという事実を思い出して、やる気を振り絞って次の廃墟をめぐる日々が続いていた。
ランが指定した建物の調査と言う名目で訪問した現場は100を超えたが、誠もカウラも法術研究などをしているような施設にめぐり合うことは無かった。
「我々の行動はおそらくあの研究をしていた連中も把握しているはずだ。それが何の妨害も無い。つまり我々の行動は連中にとっては都合のいい状況なのかもしれないな……そう思うと自分の無力さを感じることがある……貴様もそう思わないか?」
時折、カウラはそんなことを口にして誠に笑いかけることがあった。
茜の訪問に明らかに拒絶反応を示していたことから妨害に出ることが予想されていた同盟厚生局の実力部隊の影も形もなく、ただ退屈な廃墟探索の日々が続くばかりだった。
そもそも調査した建物の半分が廃墟と言ったほうが正確な建物だった。5年前の東都中央大地震の影響で危険度が高まり放置された廃墟の内部構造の様子と生活臭がありそうなごみの山を端末で画像に収めながら歩き回るのが仕事だった。
その日もいつものように液状化で傾いたため放棄された病院の跡地の調査を終えて、車に戻った誠にカウラがマックスコーヒーを投げた。熱いコーヒーを手袋をした手で握りその温度を手に感じた。
「ありがとうございます」
そう言うと誠はマックスコーヒーのプルタブを開けた。
「やはりここも外れだな。予想通りと言うべきか。もうこんな日常に慣れている……そんなことは捜査官としてはあってはならないことだというのにそればかり思い知らされるな」
寒さにも関わらず冷たいメロンソーダを飲んでいるカウラのエメラルドグリーンのポニーテールを眺めていた誠に自然と笑みが浮かんだ。
「何か良いことでもあったのか?それとも私の顔に何かついているのか?」
ぶっきらぼうに答えるカウラの視線につい恥ずかしくなって誠は視線を缶に向けた。
「それにしても島田先輩達は何をしているんでしょうね。あの人達は今日も役所回りでしょ?この寒い中、廃ビルばかりを回ってる僕達に比べて暖房の聞いたお役所の建物の中で調査なんて、不公平ですよ。まあ、茜さんは相変わらず同盟厚生局との直接交渉中で一切その交渉も進展していないみたいで……所詮、僕達にできることなんてこれくらいなんですね」
誠達とは別行動をしているランとかなめが志村三郎を追っていることは知っていた。三郎はあの日以来、父の経営するうどん屋にも自分の事務所にも立ち寄らず姿を消していた。一方、茜が仕切る別働部隊は茜がひたすら捜査への協力を拒む同盟厚生局への協力依頼の交渉を続ける傍ら、アメリアを中心としたチームが同盟厚生局が白だった場合に備えて主に違法法術研究機関の支援をしている可能性のある東和の陸軍、海軍や警察機関などの政府機関を当たっているが、どちらも芳しい結果は得られていないということしか誠は知らなかった。
「言うな。アメリアにつれられての官庁めぐりにもそれなりの苦労と言うものが有るに違いないんだ。むしろ下手な小役人や軍人達のご機嫌を取ったり、袖の下を要求されたりしない分だけ楽と考えることもできる。……まあアメリアの方も収穫は何も無いようだが……あれだけの研究をしていながらその研究施設のかけらも見えない。逆にそのことが不安になってくるな」
カウラはそう言ってマフラーを首に巻きなおした。
実際、官庁めぐりを続けるアメリア達の他に、本部にはネットの海の狩を得意とする技術部の士官達もあちこちのサーバーを片っ端からチェックして大きな動きが無いかをチェックしているのも知っていた。だが、誠があの法術実験の失敗作とされて廃棄された不死人を斬ったその日から、ネット上にも法術の違法研究を示すような情報は見つからないらしかった。
「誰が最初に当たりを引くかですね。研究は確実に行われていて、その施設はこの東和に確実に存在している。いきなり消え去ったりすることは無いですから。いつか行き当たりますよ。特に同盟厚生局。ここまで協力を拒むには相当深い理由があるんですよ。いくら東和が憎いからって遼北が国ごと敵に回るなんてことは無いと思いますよ。あそこも一応は同盟加盟国ですし、同盟崩壊なんて事態はいくらあの国も避けたいでしょうから」
何気なく言った誠の一言にカウラがうなずいた。海からの強い風が車の冷えたボディーに寄りかかっていた二人をあおった。
「やはり、少し寒いな。中で飲もう」
そう言うとカウラは運転席のドアを開けた。誠も助手席に座って半分以上残っている暖かいコーヒーを味わうことにした。
「でもどこが研究してたとしてもこんな研究の成果を誰が買うんでしょうね……今のところ不完全な不死の法術師しか作れないんでしょ?かなめさんならどこの軍でも『不死身の兵隊』が作り出せる技術が有れば欲しがると言うでしょうけど、軍と取引できるとなると役所でも限られてきますよ……ってここでも遼北人民解放軍という確実な顧客が居る同盟厚生局が怪しいってことになる。本国に技術を持ちかえればそれなりの評価をしてくれるでしょうからね。本当にあそこが?でもどこで研究を?研究所のしっぽぐらいは見せてくれてもいいのに」
その言葉に冷めた表情で同じ事を言うなと言っているように誠を見つめるカウラがいた。
「これまで見つかったのはすべて失敗作だと考えるべきだな。貴様が斬ったあれはとても『不死の兵隊』と呼べるモノでは無かった。そもそも自分の意志で敵を攻撃できなければ兵隊とは呼べない。ましてや、『不死の兵隊』と呼ぶならば隊長やクバルカ中佐のように完全に自己再生能力が制御できなければ意味がない。まあ、それでも簡単な法術を強制的に発動できる程度には達していたとしても、その段階まで開発が進んでいるのであれば、我々がそいつを見逃すわけが無い」
カウラは味わうようにメロンソーダをゆっくり飲みながらハンドルを握る左手に力を込めながらそう言った。
「それにたとえ『不死の兵隊』と呼べるレベルの代物ですらなくともこれまでもテロ組織では普通に使用されてきた自爆テロが可能なパイロキネシスト以上のことができるなら別に本国である遼北人民解放軍では無くてもどこの軍でも欲しがるさ。もし、その技術が完成に近づいていて売り手を探し始めれば、当然売り手を求めている連中の動きが技術部の士官や安城少佐の公安のネットワークに引っかかるはずだ。それに人工的に不死の法術師を作れないとしても既存の法術師のまだ眠っている能力を覚醒させる技術を所持していると言うことを内外に示せればそれなりの技術力の誇示はできるだろ?数百年前の核ミサイルと同じことだ。先に技術を持ったものがその世界の覇権を握る……どうやら法術とはそう言う性質のものらしい」
カウラの言葉にも誠は納得できなかった。法術の発動が脳に与える負荷については司法局実働部隊の法術関連システムの管理を担当している看護師の神前ひよこ軍曹から多くのことを聞かされていた。
『急激な法術の展開を繰り返せば理性が吹き飛んでしまいます。そうなればもう誰もとめることができないんです』
法術の専門家である医療班の神前ひよこ軍曹の受け売りの言葉を誠はつぶやいていた。だが彼の前には感情を殺した表情のカウラの姿があった。
「でもあの僕が斬った不死の法術師でさえ、ひよこさんが言うには無理やり法術適性を発動させること自体が不可能に近いらしいですよ。法術適性があっても無理に発動させると研究者自身に危険が及ぶ。そんなことも考えられないんですかね」
誠は静かにコーヒーを飲みながらそう言った。
「その時はロボトミー化して一切の思考を停止させて反抗できない状態にしたうえでこれまでどおり自爆要員として使う。それにいったんノウハウを把握できれば再生産が可能なのは私達『ラスト・バタリオン』の製造で分かっていることだ。東和は『ラスト・バタリオン』の製造プラントを引き取った国だ。遼北も相当数の『ラスト・バタリオン』のプラントを引き受けた実績がある。そのノウハウはおそらく今後の人造法術師の量産に生かすつもりだろう」
そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してその缶を握りつぶした。そこには自らの運命に対する呪いと、その技術が別の悲劇的な運命を作り出すことに対する怒りを見ることが出来た。
その時、突然カウラの携帯端末が激しく振動し緊急の着信を告げた。誠とカウラは見つめあうと、事態が動き出したということを確認するようにうなずきあった。
カウラはダッシュボードから取り出した携帯端末を取り出し急いで起動させた。その画面には発砲するかなめとそれを見ながら端末をのぞきこむランの姿があった。
飛び交う銃弾。倒れていく敵兵。ランとかなめの絶え間ない射撃に数に勝る敵兵が次々と倒されていく映像に誠は二人が歴戦の戦士であるという事実を再確認すると同時に、なにか事件を動かしかねないような大きな動きが有ったことを感じた。
「銃撃戦?中佐!大丈夫ですか!いったい何があったんですか!」
思わずカウラが叫ぶのを聞くとランは苦笑いを浮かべた。
『西園寺の馬鹿がやりやがった!アイツにはこっちからは撃つなって言っておいたのに!まったく、アイツには『我慢』という文字はねーのか?相手は甲武軍の駐留部隊だ!厄介な奴等とぶつかっちまった!』
そう言うとランは画面から離れてサブマシンガンで掃射を行う。そして全弾撃ちつくすとマガジンを代えて再び端末に向かった。
『隊長には連絡したから向こうの発砲も収まるだろうが……最初に撃ったのは西園寺の馬鹿だ。どうせアタシ等は武装解除されて拘束されるから身柄の引き受けに来てくれ。あの馬鹿娘。何も自分の国の甲武軍を相手に撃つことはねーだろうに。確かにアイツはお姫様だからそのままVIP扱いしてくれるかもしれねーが、付き合って営倉に入るアタシの気持ちにもなれって言うんだ!』
ランは銃撃を続けながら通信を切った。
「駐留部隊と撃ち合い……何やったんだ?あの無鉄砲が。しかも相手は甲武か……ここの甲武軍は西園寺が嫌いな貴族主義者の『官派』の人間が多いと聞く。西園寺もVIP扱いは期待しない方が良いな」
そう言うとカウラはメロンソーダを飲み干してホルダーに缶を差し込む。そのままエンジンをかけて車は急加速で租界の入り口へ向かう幹線道路へと走り出した。
「よりにもよって甲武軍か。これは隊長の大目玉は確実だな。まあ隊長は怒るところを見たことが無いからどう怒るのか見てみたい気持ちもしないでもないが」
カウラはそうつぶやくとさらに車を加速させる。カウラの『スカイラインGTR』は瓦礫を運ぶトレーラーの群れを避けながら進んだ。再び端末に着信を知らせる音楽が流れた。
「神前、今私は運転中だ。代わりに見てくれ」
そう言われるまま誠はカウラから端末を受け取った。そこには死んだ魚の目の嵯峨が映っていた。嵯峨はいかにも面倒なことに巻き込まれましたと言っているようにけだるそうに頭を掻いた。
『おう、神前か。甲武軍の基地に向かってるところか?』
間の抜けた嵯峨の声が端末のスピーカーから最大音量で響いた。
「ええ、今急行しています。出来る限り穏便に対応するつもりです」
カウラの言葉を聞くと嵯峨の唸り声がスピーカーから響いて来た。その様子には誠は特に怒りの感情は聞き取ることが出来なかった。
『うむ。そうしてちょうだいよ。まったくかなめ坊はカッとなるとすぐに撃ち過ぎなんだよ。アイツは銃は撃ってなんぼというが、ものには限度ってもんがある』
画面の中で嵯峨は頭を掻きながらそう言った。
『特に今回は事件と直接のつながりは無さそうな駐留軍とはやりあいたくは無いんだけどな、いつかは世話になるかもしれないし。だが起きたものは仕方が無いよね。ベルガー、連中の身柄の引き取り、頼んだぞ。あくまで穏便にな。甲武の『官派』はあまり刺激するな。それとかなめ坊はあまり特別扱いするなよ。連中はかなめ坊の親父さんには冷や飯を食わされてイライラしてるんだ。下手に動くとその感情を刺激することになる。なんと言ってもかなめ坊は連中が対立している現宰相で『民派』の首魁、西園寺義基の娘なんだ。そのことを考えて対応してくれ』
明らかに画面の中の嵯峨はいつもには無い苛立ちを交えた口調でそう言った。
「了解しました!」
カウラはそう言うとマニュアルシフトのギアを切り替えた。
「理由は?なんで撃ちあいなんかに?」
誠は浮かんだ疑問を嵯峨にぶつけてみた。かなめは銃を持ち歩かないと気が済まない性癖は有るが、実際に発砲することはあまり無い。そのかなめがあっさり発砲したのにはそれなりに訳があるのだろうと誠は考えた。
『ああ、そうか。説明してなかったな』
画面の中で嵯峨が頭を掻いていた。急ハンドルを切ってカウラの『スカイラインGTR』は幹線道路に飛び出した。カウラはダッシュボードからパトランプを取り出すと天井に点灯させそのまま租界へと向かった。
『例の志村とか言うチンピラを追って甲武軍の資材管理の部署までたどり着いたんだそうだ。今日はそこの調査に出るって話だったんだが。定時連絡ではそこで不審な経費の明細を提出している士官がいるって事で二人はその人物の身柄の確保に動いたんだ。だが、この状況からしてその士官が所属している部署どころか駐留軍の部隊長クラスが経理の不正処理を指示していたんだろうな。恫喝交じりで当たってくる軍人さん相手に土壇場になってかなめ坊がその士官のでかい態度が気に入らなくなってたまらず拳銃を抜いたんだそうな。正当防衛って線で甲武軍とは話をつけたいんだが……難しいよね。まあ面倒なことになったら俺に振ってよ。アイツは何時から甲武軍の経費を監査する担当になったんだ?そんなこと俺頼んでないよ』
そう言うと嵯峨は通信を切った。カウラのスポーツカーの向こうには租界の入り口のバリケードが見えた。急ブレーキで臨検の兵士の直前でカウラは車を停止させた。バリケードの影から殺気だった兵士達がわらわらと沸いてカウラの急停車した車を囲い込んだ。
「これは穏便には済みそうにないな……頼にもよって甲武国とは西園寺も相手を選んで銃を抜いて欲しいものだ」
さすがにいつもは強気のカウラも兵士達の緊張した面持ちに冷汗をかいているのが誠からも見えた。
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
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修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
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どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
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そのほかに外伝も綴りました。
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