遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第十八章 『特殊な部隊』の謹慎

第41話 謹慎組の退屈な一日

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 寮に着くとそこに待っていた着流し姿の嵯峨は一同を食堂に集めた。そして嵯峨はいつもの嵯峨とはまるで違う冷たい声で告げた。

『お前たち全員、無期限謹慎だ。理由はわかるよね?』

 その声には一切の感情がなく、命令の重さだけが突き刺さった。

 嵯峨が言う理由はそこにいる誰でも予想がついた。捜査権限逸脱。嵯峨は租界の軍事施設への強行突入に関して司法局上層部からの叱責があったと誠達に告げた。誠は黙認していた嵯峨の突然の変わり身に驚きながら抗議したが、一度決めたことを嵯峨が翻すことは考えられないとカウラに窘められて黙り込んだ。

 そして誠は次の日の朝、出勤する隊員達を見送った誠達はすることも無く食堂でコーヒーを飲んでいた。ただどんよりとした雰囲気を誠達が包む。

 何もすることが許されない無力感。そして、組織という物の、ある意味人を使い捨てにするような姿勢に誠達は怒りを感じるよりもすでに虚脱感を感じる境地にまで達していた。

「あれから……忙しくなるんじゃなかったんですか?今、僕達なんでこんなことしているんですか?すること無いですよね?こんなことしてて本当に良いんですかって……僕たち謹慎中ですものね。何もしちゃいけないんですよね。僕達って……結局僕達のしてた事っていったい何だったんでしょうね?」 

 誠は思わずそうつぶやいていた。唯一の頼み綱だった隊長である嵯峨の裏切り。その事実に一同はただ虚脱感だけで過ぎて行く時間の中を過ごすことだけが出来ることのすべてだった。

「何してるも何も……何もするなって言うんだから何もしてねえに決まってるだろ。軍隊なんてそんなもの。何もするなと言われたら何もしない。それが決まりだ。世の中思惑通りに行かないもんだよ。叔父貴も結局は自分の身がかわいいのさ。上の覚えがめでたくないプライドゼロの男が売り?そんなことは結局は口だけだったってことだよ。奴に期待していたアタシ等が馬鹿だったと言うことだ。同盟軍事機構は同盟機構の中でも一番の権限を持っている組織だ。そこを相手にただのお飾りで出来たに過ぎない司法局がいくら頑張ったところでできることなんてたかが知れてるってこと。分かったか?良い社会勉強になったろ?」 

 そう言いながら軍での不条理な命令には慣れ切っているかなめは悟り切った表情でチョコレートに手を伸ばした。カウラも涼しい顔をして平然とクラッカーを食べていた。その正面では頬杖をつきながらアメリアが二人の様子をいつものアルカイックスマイルを浮かべて見守っている。隣のテーブルには呆然自失としていつの模様に紺色の小袖を着て真正面を見たまま動かない茜がいた。その様子を部下のラーナが心配そうに眺めている。そしてランはと言えば、手にした詰将棋の問題集とにらみ合いながらただ時間が過ぎているのを待っているように見えた。

 ただ何をする気にもなれない時間だけが過ぎた。食堂には他には誰もいない。時計の針だけがカチリと音を立て、誠のコーヒーはもう冷めていた。窓の外では他の隊員が訓練に向かう姿が見えるのに、自分たちはただ座っているだけ……その現実が余計に胸を締めつけた。

「そうよ、誠ちゃん。焦っても何も無いわよ。それに私の勘ではこのままではこの事件はこのままでは終わりそうにないのよね。いくらパトロンの遼北が絡んでいないとあっても同盟厚生局だけが今回の事件の首謀者だとは考えられないもの。同盟厚生局は所詮は研究開発機関でしかない。その背後で『不死の兵隊』を作る技術を完成させて不死の軍隊を作ろうとしている軍が今回の事件の黒幕として存在している。それは間違いないわね。法術師を開発したら当然その技術をこの研究を依頼してきた軍隊を始めとする宇宙で遼州系住民が居住している国家の軍隊に向けて売りに出すつもりでしょうしね。その売り手として他にいくつかの組織が協力している。私はそうにらんでるわ……そんな大掛かりな計画に私達だけでここまでよく捜査出来てきた。あと数時間早ければその尻尾を掴むことが出来た……自分を褒めてあげたいくらいだわ」 

 アメリアはそう言いながらさっき一人でコンビニに出かけて買ってきたのチーズケーキを口に運んだ。

 嵯峨の突然の命令にキレた島田は一通り大暴れして手が付けられなくなったので、簀巻きにされて部屋に放り込まれていた。

 朝、隊に同居しているサラが島田の部屋に居た。おそらくは島田はありったけの不満を彼女にぶつけていることは誠にも容易に想像がついた。二人の青春ごっこは新たなステージに達しようとしていた。

「安心しろよ。捜査権限の委譲は済んでないんだ。ライラ達が出来るのは茜がこれまで同盟厚生局の役人に対してやってたことと同じ任意の事情聴取ぐらいだろうな。むしろレンジャー隊員がその得意とするその現地住民などに対して行われると言う交渉術を駆使して、同盟厚生局の外郭団体などのこれまでアタシ達が手を出せなかったところまで人海戦術で労せずして情報が集めてくれる。良いことだろ?アメリアの言う通りこの人数でやれることはやった。今更済んだことを後悔してみても仕方がねー」 

 見た目の子供のような姿からは想像もつかない大人びた考えをランが示して見せた。そして一人日本茶を飲みながら穏やかな顔で誠達を見つめる茜の姿があった。

「みなさん、落ち着いてますね。僕にはそんなに簡単に割り切ることなんてできません!僕達完全に同盟軍事機構の噛ませ犬だったってことじゃないですか?これまで僕達が調べ上げたデータは全部捜査情報の共有ってことであちらさんに渡しちゃったんでしょ?それじゃあ僕達はただの子供のお使いじゃないですか!」

 一人、誠は苛立っていた。何もできないでいることの辛さを誠は人生で初めて知ることになった。

「確かにまるで噛ませ犬……誠君も良い事を言いますわね。それにわたくしは落ち着いてないですわよ。はらわたならとっくに煮えたぎってますもの。あれだけの啖呵たんかを切った上にわたくし達に謹慎を命じるように手を回したというのなら、あとはライラさんのお手並みとやらを拝見させていただきましょうよ。ちゃんと同盟厚生局がいつ、どこで、どんな研究員が、何をしているのか。そこまで手早く調べ上げて見せたらわたくし達をこの状況に追い込んだ意味をちゃんと理解して差し上げます。わたくし達が出来なかったことを軍人さんなら見事やってのけると言うのでしょ?だったらそれくらいの事をやって見せてちゃんとその実力を証明していただかないと気が済みませんわ!本当にお出来になるのか高みの見物をしている最中ですの……そうとでも思わないとやってられません!」

 茜はそう言って震える手で静かにお茶を飲んだ。誠が見ていてもこめかみが引くついているところから見て茜はかなり怒っていることだけは確かだった。

「ああ、話が代わるけどそう言えばさっきアン君が遊びに来てたわよね。アン君たら私服も女装なのね。あの子は本当に心も女の子になっちゃってるみたいで。『特殊な部隊』に来てから海であった時とは違って本当に『男の』になっちゃったわね。それを普通に受け止めてる私達も私達なんだけど。だから『特殊な部隊』って言われるのかしら」 

 思い出したようにアメリアはそう言うと立ち上がった。サラより少し遅れて遠慮がちに食堂に顔を出し、そのまま非番の西の部屋に隊では年の近い第二小隊の三番機担当のアン・ナン・パク軍曹が向かったのは誠も知っていた。アンがいかにも女子高生風の短いスカートやかわいらしい襟巻がやたら似合っているのに苦笑したのが唯一今日の出来事の中での変化らしい変化と言えた。

「なんだよ、餓鬼が何してようが勝手だろ?アイツ等は非番で寮にいるんだ。謹慎食らってるアタシ等とは身分が違う。それこそ何の後ろ暗いところも無い自由の身なんだ。気楽で羨ましいねえ」 

 そう言うかなめだが、明らかにタレ目を輝かせてアメリアについて行く気は満々のように見えた。隣のカウラも暇をもてあましているというような表情で誰かがあと一言言えば立ち上がるような雰囲気だった。

「まー他にすることもねーからな。とりあえず不純異性交遊をしていないか偵察してこよー。ああ、この場合は不純同性交友と言うのか?日野と言いアンと言いなんだか良く分からねーな第二小隊は」 

 ランまでもが立ち上がった。さらに含み笑いの茜、心配そうな表情のラーナもコーヒーを飲み干して立ち上がった。

「いいじゃないですか、西達が何をしてようが……でも気になりますね」 

 言葉とは正反対の態度で誠も立ち上がり西の部屋へ乱入することを決めた。正直、西達の事は誠も気になっていた。

 初めはアンの女装に驚いた整備班の中で、いち早くその状況を受け入れたのが他でもない西だった。西の適応能力の高さはそのいつもの気の使いようから考えて想像に難くない。いくら年が近いとはいえ、ここまですぐに育った環境の違いすぎる二人が仲良くなるとは誠には不思議に思えた。

「おい、神前。笑いながら言っても説得力ねえぞ。それに、西とアンが何してるか……『許婚』が両刀使いのオメエにも関係あるってところか?今後の『許婚』の調教の際に必要な知識を得ようと言うんだ。勉強熱心だねえ……童貞のくせに」 

 微笑むかなめを見て誠もつい立ち上がっていた。そして一同はいそいそと食堂を後にして寮の階段に向かった。

「どうする?そのまま一気に踏み込むか?男同士で昼間から絡み合ってたりして。あのアンの事だ。西の事をいきなり背後から襲ったりしていることも考えられる。しかもアンは今日もあのでっかい鞄を持ってた。あれはアイツの唯一の友達であるカラシニコフライフルが入ってる。それで脅して西に自分を犯すように脅迫している可能性がある。少年兵上がりならそれくらいの事はやりかねねえ」

 二階の奥にある西の個室に向いながらかなめはアメリアが喜びそうな展開を予想してニヤけて見せた。ただ、どれも冗談の域を出ない範囲の事で、かえでの実際にそれを実行に移してしまうそれとはレベルが違った。 

「西園寺。いきなり踏み込むのはさすがにやりすぎだろ。ちゃんとノックぐらいはしては居るのが年上のわきまえるべき礼儀と言うものだ」 

 ノリノリのかなめをカウラがたしなめた。だが慎重な言葉とは裏腹にカウラは一段飛ばしで颯爽と階段を駆け上がっていた。呆れているラン達を尻目に誠、かなめ、アメリア、カウラは素早く二階の一番奥にある西の部屋にたどり着いていた。

「おい!上官達の訪問だ!諦めて部屋を開けろ!貴様等が日中から不純同性交友をしていると言うネタは上がってるんだ!抵抗するんじゃない!すぐに顔を出せ!」 

 冗談めかした態度でかなめがドアを思い切り叩いた。誠達は呆れながらかなめを見つめていた。

「ああ、西園寺大尉……それと皆さんまで……何か用ですか?それと不純同性交友ってなんです?新しい言葉ですか?誰が作ったんです?聞いたこと無いですよそんな言葉」 

 すぐに扉が開いて西が顔を出した。すぐさま計ったように素早くアメリアが部屋に飛び込み、扉をカウラが固定しているのを見て誠も悪乗りして後に続いた。

 それは違法取引の現場に踏み込む時の、『特殊部隊』のような見事に連携の取れた動きだった。

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