遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第二十七章 『特殊な部隊』と退職願

第61話 悪夢からの目覚め

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 ……痛み?何だったんだ?

 誠はうなされるように目を覚ました。全身が冷や汗にまみれ、呼吸は浅く早い。気がつけばベッドから転げ落ち、プラモデル作りに使っている机の脚に額をぶつけていたらしい。鈍い痛みがこめかみをじんじんと刺す。

 耳の奥で、何かが落ちたような大きな音がまだ響いているような気がした。夢の中の出来事か、現実の衝撃か区別がつかない。

 そのとき、足元に人の気配を感じた。寝ぼけた視線をそちらに向ける。制服の首周りははだけ、誠は寝ながらかなり自分がもだえ苦しんでいたのだろうと想像していた。

「凄い音がしたぞ、大丈夫か?裸で寝るのが習慣の西園寺じゃあるまいし、そんな格好でいたら風邪を引くぞ」

 低めの声が冗談めかして響いた。緑の髪をポニーテールにまとめた女性……カウラが、ドアから顔をのぞかせていた。状況を確認するとすぐに近寄り、ベッド脇にしゃがみこんでくる。

「ああ、カウラさん……おはようございます」

 誠はまだ夢と現実の境目が曖昧なまま、ゆっくりと上体を起こす。薄暗い部屋に差し込む明け方近い弱弱しい冬の太陽の光が、彼の汗に濡れた額を照らし、悪夢から目覚めたばかりの不安をさらに浮き彫りにしていた。

「とっとと顔を洗え。それといくら昨日は疲れていたとはいえ鍵は閉めておくものだぞ」 

 そう言ってカウラはドアの外に消えていった。それを呆然と見守りながら誠は先ほどの夢を思い出していた。

 昨日の同盟本部ビルの前で画面の向こう側で膨張した肉片と化した少女。恐らくは嵯峨やラン、そして島田が持っている法術再生能力の暴走がその原因であることは理解していた。本来は意識でコントロールしている体組織の安定が損なわれたことがあの巨大な肉塊となった原因だった。そしてその法術再生能力は誠には無かった。

 自分には無縁な能力とは言え、あの光景を見せられた気の弱い誠にはその衝撃を忘れることはできなかった。ヤンキーで強気なだけが取り柄で記憶力と無縁な島田なら、たとえ自分に与えられた能力だとは言っても昨日は熟睡できたかもしれない。しかし、誠にはそのような強い精神の持ち合わせは無かった。

「でもなあ!」 

 自分にはありえない事故だとしても、もしかして……。そう思うと夢の中の体が崩壊していく感覚を思い出した。誠はそのまま布団の上にドスンと体を投げた。

 カウラが去ったドアを見ながらしばらく誠は呆然と部屋を見渡した。額を流れる脂汗。寒い部屋とは思えないその量を見て苦笑いを浮かべるとそのまま二度寝に入った。

「なによ、まだ寝てるの?」 

 意識が消えかけたところで今度はアメリアの声が耳元でした。誠は驚いて飛び起きた。そんな誠をジャージ姿で見守っているアメリアはシャワーを浴びたばかりのようで石鹸の香りがやわらかく誠を包み込んでいた。

「起きてますよ!もう目は覚めてます!」 

 ムキになったようにそう言って誠は再び体を起こす。アメリアはタオルで巻いた紺色の長い髪に手をやりながら誠の机の上の描きかけのイラストに目をやった。

「ああ、今回のゲームのキャラデザインは誠ちゃんはお手伝いはしなくていいんだったわね。今回は私の知り合いの別の絵師を使ってホラー調で勝負したいから。エロス&ホラー……定番じゃない?誠ちゃんの描くヒロインってみんなかわいらしくってホラーには向かないのよねえ♪」 

 突然そんなことを言いながらアメリアは今度は本棚に向かった。そこには堂々と18禁同人誌が並んでいるが、同じものをコンプリートしているアメリアはさっと見ただけでそのままドアに戻っていった。

「なんだか寝ぼけた顔ね、シャワー浴びた方が良いんじゃないの?今ならまだ朝早いから空いてるわよ」 

 そう言ってアメリアが何事も無かったかのように部屋から消える。目が冴えてきた誠は立ち上がると押入れの中の収納ボックスから下着を取り出した。

「おい!元気か……って。寒いからって爺さんみたいに腰を曲げやがって!」 

 ようやく着替えを始めた誠に向かって今度は朝からかなめの高いテンションの声が響く。いつものタンクトップに茶色いホルスターにダメージジーンズといういつもの姿にいつもの笑み。かなめの中ではもうすでに三郎の死は一つの過ぎた出来事として整理されているのかもしれないと誠は思った。

 誠はそんなかなめに笑みを返すと下着とタオルを手にして誠が立ち上がった。

「おう、シャワーか?今なら空いてるぞ」 

「知ってます」 

 そう言うとそのまま誠はドアに向かう。

「なんだよ、妙に暗いじゃねえか」 

 廊下に出てもかなめは珍しく誠に張り付いている。不安な部下に対するというより元気の無い弟を見守るような表情でかなめは階段を下りる誠について来た。

「あのー」 

 シャワー室の前の廊下で誠が振り返るとかなめは真っ赤な顔をしていた。いつものかなめならこんな反応はしない。表向きは繕えても志村の死はまだかなめの脳裏にはっきりと残っているんだと誠は確信した。

「分かってるよ!早く飯食わねえと置いてくぞ!それが言いたかっただけだからな!」 

 そう言ってかなめは食堂に向かう。誠は彼女がちらちらと振り向いているのを確認した後シャワー室に入った。服を脱ぎ終えて誠はシャワーを浴びた。まだ夢の続きのように全身に力が入らないような気分が続いていた。

「おう、お前がいたのか」 

 島田の声がしたので振り向いたが、すでに島田は隣のシャワーに入っていた。

 彼の声で島田が嵯峨達と同じ法術再生能力の持ち主であることを思い出して誠ははっとする。それがわかっても誠にどう島田に声をかけるべきかと言う考えは浮かばなかった。

 シャワーの音だけが響く。沈黙が続いた。

「島田先輩……」

 誠は沈黙に耐えられずに隣のシャワールームの島田に声をかけていた。

「昨日は眠れた。この身体は便利なんだ。疲れを知らねえし眠りたいと思えばいつでも眠れる。神前。テメエは眠れなかったって面だな」

 島田の言葉に誠は返す言葉もなく黙り込んだ。

「あの現象はオメエには起きねえんだ。つまり他人事だ。安心しろ。オメエはむしろ、あの三人の勝った方の法術師のようになれるように努力しろ。オメエならあのぐらい瞬殺できるようになれる。俺から言えることはそれだけだ」

 島田はそう言うとシャワーを止めた。

 しばらくの沈黙。島田は黙々とタオルで身体を拭いていた。誠は耐えられずに頭のシャンプーを流し終わると、急いでタオルで体を拭いて出て行こうとした。

「今日からが正念場だな。同盟厚生局の連中は証拠の隠滅を始めてるだろう。奴らが今回の研究の証拠をすべて消してその技術データ以外の物的証拠を全て抹消する前に俺達がそこにたどり着けるかどうか。それが勝負だ」 
<

 シャワー室から出ようとする誠に島田はそう言って笑いかけた。誠は大きくうなずくとドアを開けた。そしてそこでドアに顔面を強打して倒れているかなめとアメリア、そしてサラの姿にため息をついた。

「何してるんですか?覗きならやめてくださいよ。そんな日野少佐じゃあるまいし」

 思わず誠はそう叫んでいた。

「何でもない!何でもないって!ちょっと二人の様子が変だったから探りに来ただけだって」

 アメリアがそう叫んで食堂に消えていった。かなめとサラは取り残されまいとそそくさとそのあとに続いた。

「なんだかなあ……心配してくれているのはうれしいんだけど。もっと別の方法があるような気がするんだけどな」

 誠は苦笑いを浮かべながらタオルに手を伸ばした。誠はようやく自分が自分を取り戻していつもの自分に戻っていることが分かって、心の中でアメリア達に感謝した。


 
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