遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第三十一章 『特殊な部隊』の攻勢

第77話 舞い降りた公安、沈黙の庁舎

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 同盟機構第三庁舎屋上のヘリポートに兵員輸送ヘリのタービンが甲高い悲鳴を上げながら回転を止め、焼けたオイルの匂いと焦げた火薬の臭気が漂う中、安城秀美少佐はゆっくりとコートの裾を翻し、灰色の靴音を鳴らしながら地面に降り立った。

 周囲には、同盟厚生局武装局員がうつ伏せに倒れ、血の滲んだ包帯を巻かれる者、両手を縛られて悔しげに歯噛みする者が散らばっていた。煙が風に流れ、静まり返ったロビーに、残るのは遠くの銃声とヘリの冷却音だけだった。 

「クバルカ中佐の部隊が突入したか……すべては順調に進んでるわね。でも同盟厚生局は同盟機構のすべてを敵に回して本気でここを死守できると考えているのかしら?もうこうなったら袋の鼠だと言うのに……准尉!」 

 安城が叫ぶとすぐに頬に傷のある士官が彼女に付き従う実働部隊機動部隊第二小隊隊長日野かえで少佐に駆け寄った。

「状況は?」

「すでに先行降下部隊は上層階を掌握済みです。我々は幹部拘束に移行したいのですが、相手もこの事態はある程度予想していたようで簡易バリケードを盾にして麻薬対策班が思いのほか粘っております。これだけの時間で対応措置を考えて来るとは練度は東和陸軍より上でしょう。ですが……所詮は連中はマフィア相手の実戦しか経験していない相手です。陥落も時間の問題でしょう」

 准尉が指揮卓に肘をつき、疲労の色を隠せない顔で応じた。

 そう言うと安城はコートのポケットからペンを取り出す。傷の士官が目配せするとそこには簡易型のテーブルが置かれ、その上にはこの地区の構造物を描いたグラフィックが映し出されていた。

 准尉はそのまま前の大通りの方に視線を投げた。そこには出資元であることが予想される東和陸軍から借り受けた虎の子の07式の機能停止作業に映っている神前誠曹長の機体が活動中だった。

「虎の子の07式が機能停止したんだ。敵の士気は落ちるだろうな。だが油断はしない方が良い。私は東和陸軍がシュツルム・パンツァーを用意するところまで同盟厚生局と繋がっているとは予想していなかったな……いいえ、嵯峨さんならそれくらい読んでるわよね。あの人はたぶん今頃東和陸軍の軍令部にでも出かけてるんじゃないかしら?まったく、秘密主義もいい加減にしてもらいたいものだわ。私と嵯峨さん……あの人がフリーの弁護士で私が公安調査庁の武装局員だったころからの付き合いじゃないの。少しは私を信じてくれてもいいと思うんだけど……私も07式の姿を上空から見た時は肝を冷やしたわよ」 

 捕虜の列の中、古めかしい木製ストックの先の大戦時の甲武軍の制式小銃取り上げられた傭兵が、ロープで縛られた状態で唇を噛みながら安城を睨みつけていた。その制服は色褪せ、甲武国陸軍の紋章を雑に塗り潰している。

「見ての通り甲武浪人です。おそらく金で雇われた連中でしょう」

 准尉が吐き捨てるように呟くと、安城はため息混じりに肩を竦めた。軽く微笑むと安城はそのまま捕虜達の隣に設置された通信機器に向かう部下達のところへ向かった。敬礼する角刈りの男性オペレータ二人が不審そうな顔で自分を見上げていることを知ると安城は彼女に付き従う准尉に笑顔を向けた。

「同盟厚生局の職員はずいぶんと仕事を愛しているようね。自腹で甲武浪人を警備兵に雇ってまで自分達の研究の隠匿に努めるとは……最近はうちで扱う事件も甲武浪人がらみの事件が多いのよね。軍縮軍縮で平和主義外交に努めてくれるのは良いけど、失業した下級士族が食い詰めて他国に流れるのだけは止められない。甲武国の責任者として西園寺首相には何とかしてもらわないと。それにしても同盟厚生局の皆さんの自分を犠牲にしてまでもと言う仕事熱心さどこかの誰かさんにも見習って欲しいわね。いつも会議で寝てばかり、連絡すると勤務中だろうと平気でスルメをつまみに焼酎を飲んでる誰かさんに。ああ、あの人も軍籍は甲武陸軍だったわね。つまり、司法局も甲武浪人を雇っているということになるのかしら……」 

 安城はそう言っていつも会議室で熟睡している司法局実働部隊長の嵯峨惟基の事を思い出していた。

『おーい。聞こえましたよー。秀美さん。俺だって一応仕事はしてるんですよ。今だってこうして東和陸軍の軍令部に向ってる最中なんですから』 

 通信機器からは間抜けな嵯峨の声が聞こえてきた。画像が開くとそこには狭い整備班員の西から借りた軽自動車の運転をしている姿が目に入った。

「嵯峨さん。別にそこで受けを取らなくても良いのよ。でも07式の事も知ってたんじゃないの?なんで神前君に教えてあげなかったの?余計な心配をかけるだけじゃないの。そんな人の使い方をしてるといつか痛い目に遭うわよ」 

 呆れた安城の声に思わず隣の准尉が噴出した。

『それは俺の部下管理のやり方。秀美さんにどうこう言われる筋合いは無いよ。どうだい、そっちの方は順調みたいだね。秀美さん達のところにはうちの切り札の法術師のかえでも応援で駆けつけさせてるんだ。例え、この前の悪趣味なデモンストレーションの時に出てきたような完成した法術師が居たとしたところで対応可能ですよね?それより、秀美さんは同盟厚生局の武装部隊を秀美さんの部下だけであと30分くらいで制圧できそう?そのくらいで制圧してくれるとこれから東和陸軍の偉いさんとお話しする時、話し合いがスムーズに進むんだけどな……お願いできるかな?』 

 画像の中で身動き取れない状況で声を絞り出す嵯峨から目を背けた安城は隣のモニターで展開する部下達の戦いの様子に目をやった。

 安城の背後で自信のあるほほえみを浮かべているかえでは愛用の太刀『鬼切丸』の柄に手をかけ、眉間に皺を寄せて安城に身を寄せた。

「それより義父ちち上。プラントを押さえなければ……制圧など絵空事に終わります」

 彼女の声は硬く、薄く震えていた。

『そりゃランのお仕事でしょ?アイツも『汗血馬の騎手のりて』と恐れられた『真紅の粛清者』だもの。普通の兵隊さんじゃアイツの進軍を止めることなんてできないよ。肝心のプラントもどうせ臨床研究者の補助無しで自立できるほど完成しているとは考えにくいし……かえでよ、お前さんの任務は秀美さん達と一緒になってそのビルの制圧することだろ?……って!』 

 今度は段差でも踏んだのか、苦しい体勢の嵯峨が思わず車の天井に頭をぶつけて悶絶する光景が展開された。すでにその端末を使用していたスキンヘッドの軍曹は口を押さえて必死に笑いをこらえていた。

「それは分かっています。しかし……同盟の一機関が同盟機構の許可も得ずにこれだけの戦力を保有していたこと自体が問題になりますよ。それに近衛山岳レンジャーが捜査に介入した時点で同盟厚生局の幹部もこの結末は予想していたはずです。問題なのは東和陸軍の方なんですが……義父上はどうお話し合いをされるおつもりなんですか?恐らく同盟厚生局との関係強化を指示していた幕僚たちは一部の遼州人至上主義者の暴走ということで責任を逃れると言う可能性もあります。そうなられたら事件の根本解決にはなりません」 

 かえでの言葉を聞きながらも、必死に踏ん張っている嵯峨が頭を抱えた。

『まあね。同盟厚生局は遼北の影響力が強いからそのまま東和の一連の遼北人民共和国叩きに拍車がかかるかもね。それに同盟機構の組織体制の見直しも話しにでるだろうし……そもそもなんで同盟厚生局の皆さんがここまで武力でがんばる必要があるのかってのもな。それと東和陸軍の話は遼州人至上主義者に全責任を取ってもらうと言う線で良いじゃない?俺も一部の過激分子の暴走ってことで手を打とうと思ってたところなんだ。東和陸軍全体を本気で敵に回して近藤さんみたいにクーデターを起こされたらそれこそシャレにならないじゃないのよ。相手にも多少は逃げ道を与えてあげないと逃げ場を失った敵ほど怖いものは無いよ。物事には手の打ちどころってもんがあるんだ。勉強しな、かえで』 

 今度は急ブレーキをかけたらしく嵯峨の頭が画像を撮っているカメラに直撃して全体が黒く染まったのを見て安城は大きなため息をついた。

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