遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と悪魔の研究

橋本 直

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第三十三章 『特殊な部隊』と怪物

第79話 不死を生むもの、狂気を孕むもの

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「07式のオペレーションシステムに接続!コントロールをそちらに任せます!西園寺さん!速やかにコントロールを掌握してください!」 

 誠の言葉にモニターの中でかなめがうなずいた。抵抗する東和陸軍の07式の左わき腹の装甲板を引き剥がされてマニピュレータで有線でシステムに侵入されても07式のパイロットはコックピットのハッチを固く閉ざして投降する意思を示さなかった。

『しばらくそのまま抑えていてくれ。西園寺がシステムを掌握すれば私達の仕事は終わりだ』 

 安堵の表情。いつも緊張して見える画面の中のカウラの顔が笑顔に変わった。誠も自然と集中していたために額から流れていた汗に気づいて苦笑いを浮かべながら空調の温度を下げた。

『安城少佐隊は一階まで制圧したらしい。同盟厚生局幹部の全員の身柄も拘束も先ほど完了した。同盟厚生局の籠城中の局員はほぼすべてこちらの手に落ちた。後は……』 

 カウラはそう言いながら簡易装甲車のハンドルを握り直した。

『例のプラント……化け物の回収か……姐御……上手くやってくれよ……』 

 首筋のスロットにハブを差し込んで何本ものケーブルをぶら下げているかなめがつぶやいた。何本ものコードを首元に刺したかなめの姿に少しばかり誠は驚きの表情を浮かべた。

『神前。何見てんだよ?』 

 かなめの言葉に心を見透かされたように感じた誠は意味も無く頭を下げた。

『システムを制圧した。カウラ。包囲してる機動隊の隊長に連絡して07式のパイロットを抑えさせろ。どうせ同盟機構加盟反対派の遼州人至上主義者が乗ってるんだ。下手に刺激するなよ、自決されたら後で面倒だ。どういう指示を上から受けてここに居たのか聞き出さなければならないからな。まあ、幕僚クラスまではたどり着けないだろうがそれなりの幹部クラスが動いていなきゃこんな物騒なものがこんなところに置いてあるわけがねえ』 

 誠はようやく力が抜けてだらりとシートに身体を投げた。すでに日付をまたごうとしていた。07式の機能停止により東都警察の機動隊は投光車両を並べて一斉に誠の機体と、大破した東和陸軍標準色の07式を闇夜に映し出していた。

『ご苦労さん……良い仕事したじゃねえか』 

 そう言いながらタバコを取り出そうとしているかなめに目をやっていたときに誠の意識に強烈な一撃が走った。

 誠のこめかみに、突如として電撃のような痛みが走った。

 耳鳴りが爆音のように響き、視界の端が黒く染まっていく。呼吸が乱れ、冷や汗が背中をつたい落ちた。

「……っ!」

 声が出ない。
 
 強烈な恐怖が、他人の感情を無理やり押し込まれるように胸を締め付ける。毛穴が逆立ち、血液が逆流するような不快感が全身を走った。
 
 誰かの絶叫、泣き声、憎悪が、直接頭の中に叩きつけられる。
 
『……これは……血清プラントにされた人たちの意識……?』
 
 誠はかすかにそう理解したが、体はほとんど動かない。せめて、と残った左腕で操作スティックを叩き、機体を機動隊員たちから遠ざけた。

『おい!』 

 カウラが叫んでいる。誠にはそれが聞こえるが身体が言うことを利かなかった。意識が朦朧として、そして何か恐怖のようなものが全身を走り毛根に血液が流れ込むような感覚が芽生える。

『どうした!神前!』 

 再びカウラの声が意識から遠くなっていくような状況で聞こえた。とりあえずわずかに言うことをきく左腕でオートに設定して07式に取り付こうとする機動隊の隊員達から離れるのがやっとだった。

『神前!どうしたんだ?顔色が悪いぞ』 

 かなめの声も聞こえるが、まるで電波の悪いところの無線通信のような聞こえ方をしていた。異変に気づいたカウラがモニターの中で地下で作戦行動中のランの隊に連絡をつけようとしているのが見えた。

『そうか……クバルカ中佐達が出会ったのかな……『彼等』に……』 

 かすかに意識の果てに浮かぶ誠の思い。そしてそれゆえにこの異変があの法術師開発用の生態プラントにされた難民達の意識のなせる技であることを確信していた。

「決着は……まだついていないんだ……これからが本当の僕の出番だ……頼むぞ『ダグフェロン』……」 

 そう思うと誠は全身に自分の力を流し込もうとしてみた。



 生体プラント製造研究室に突入したラン達はガラス越しに激しくうごめき始めた巨大なナマコのような生体プラントを見つめていた。

「駄目です!まったく外からのコントロールを受け付けません!」 

 ランにライフルの銃口を突きつけられながら白衣の研究者は振り返ってそう叫んだ。

「何をされたのですか?先ほどそのスイッチを押されたのは見ていましてよ!その瞬間からこのプラントが活動を始めた!何をなさったのですか!答えなさい!あなたも科学者である前に同盟機構の職員でしょ!こんなものを東都の真ん中で暴走させれば同盟機構は解体ですのよ!」 

 いつもの穏やかな表情を消し飛ばした茜が鋭い口調で叫んだ。部下のラーナはそれを見ながら同盟厚生局の武装隊員を抑えている。

 茜のサーベルの剣先には臨床開発責任者とでも言った感じの白髪交じりの厚生局の女性研究者がほくそ笑んでいた。

 その視線の先で見る間に十メートルを優に超える大きさに成長した法術師の成れの果ての脳下垂体分泌ホルモン生産プラントが拘束する鎖を引きちぎって暴れだしていた。

「あなた方には分からないのかしら?これは人類の一つの新しい可能性の象徴なのよ。あのプラントから生産される各種の結成とホルモンと発生する思念波。そしてさまざまな薬物投与により遼州の人類は新たな進化の道をたどることになる。『不死の兵隊』がたくさん生まれて真の遼州圏の地球圏からの独立が達成される。遼州圏の軍隊は死なない兵隊で構成された軍隊として私達が追われた地球圏を支配する現政権すべてを消し去って胸を張って私達は母なる地球に帰還することが出来る。それは死の概念がこの世から消えることを意味するのよ。科学者の誰もが夢見た世界の実現よ!その為に街が一つ消えようが、政治機関が一つ消えようが関係ないじゃないの!対価としては少なすぎるくらいだわ!」 

 その女の目は茜から見てもとても正気のそれとは思えなかった。

「馬鹿……言うなよ……そんなことして何になる!」 

 突入の際に腹に銃弾を食らって休んでいた島田はそう言うと静かにサラに起こされて上体を持ち上げる。その腹の傷はどう見ても致命傷だが、黒い霧のようなものとそれに活性化されたとでも言うように盛り上がりうごめく内臓と筋肉の組織の動きで流れていた血は止まって傷口がふさがっていくのがわかった。

「あなたはもしかして……『不死人』?自然覚醒体の不死人は私は初めて見るわ……」 

 女性技官の驚愕の表情に青い顔の島田の口元に笑みが浮かんだ。それを見て笑みを浮かべたランが技官に銃を向けながら歩み寄った。

「こんな小物よりよー、アタシの方がよっぽど調べがいがあるぜ。なんと言っても遼南共和軍の秘密兵器だったこともあるからなー。良かったな、自然覚醒体の不死人に一日に二人も会えて。こんないい日につまんねー小細工すんの止してくんねーかな?頼むわ。良ー加減終わりにしよーや」 

 そう言ってランが笑いながら銃の照準を技官の額に向けた。技官は諦めたようにそのまま置かれていたパイプ椅子に腰掛けた。

「司法局の介入は予想された事態よ。どうせシュツルム・パンツァーでの戦いではあの法術の存在を世界に知らしめた神前曹長が相手では勝ち目も薄い。なら……」 

 ガラスの向こうの生態プラントを助成技官は見上げた。次の瞬間、巨大なナマコのような姿を晒す褐色の化け物が衝撃波を放った。ラン達のいる地下研究室の強化ガラスが吹き飛ぶとランの表情が青くなった。

 地下研究室のガラスの向こうで、巨大な肉塊が震え、波打った。
 
 ぬめりを帯びた表皮が照明を反射し、膨張と収縮を繰り返しながら、内部から骨のような突起が突き出す。
 
 耳をつんざくような衝撃波と共に、押し寄せてくるのは凄まじい負の感情。
 
 恐怖、怒り、絶望……何百人分もの悲鳴が直接脳を叩く。
 
 ランはその衝撃波に持って行かれそうになる銃を握りしめながら歯を食いしばり、干渉空間を無理やり展開して思念を遮断したが、胃の奥がえぐられるような吐き気に顔色が青ざめた。

「なんだ!こいつは!」 

 ランはそう叫ぶことしか出来なかった。彼女が生まれた異世界文明もそんな感覚をランには教えてはいなかった。恐怖、怒り、悲しみ。この生体プラントに生きたまま取り込まれた人々のさまざまな思いがランの心を振り回した。だが彼女はすぐに周囲に干渉空間を展開して思念を遮断して周りを見回した。

 プラント起動のスイッチを押した研究者はすでに倒れて痙攣していた。女性技官も椅子から投げ出されて気を失っていた。この部屋に連行された武装隊員と研究スタッフも多くは失神するか恐慌状態でただ震えるばかりだった。

 武装解除した同盟厚生局の職員を監視をしていたはずのラーナは頭を抱えてうずくまって頭を抱えていた。その唇が青く染まり口ががたがたと震えている。茜はラーナに手を伸ばす。そのままラーナに声をかけようとしているがその声が出ない事に気づいて焦っているように見えた。

「クバルカ中佐!」 

 ようやく腹部の傷がふさがりかけた島田が衝撃波で飛ばされた銃を引き戻し、弾倉を差し替えている。それは銀色の対法術師用の弾丸の入った銀色のマガジンだった。

「大丈夫か!」 

 隣には気を失ったサラの姿がある。島田はゆっくりと彼女の盾になるように立ち上がると薬室に新しい弾丸を叩き込んだ。

「やれるだけやりましょう!奴は所詮不死人を作り出すプラントだ。不死人本人じゃない!倒せます!絶対!」 

 島田のその言葉でランは本当の意味で我に返った。もはや目の前の生体プラントはつながった干渉空間からのエネルギーを吸い込んで先ほどの倍ほどの大きさとなり、天井を衝撃波で壊しながら脱出を図っているように見えた。

「わかった!」 

 ランはそう言うと自分の銃のマガジンを差し替え、対法術師用の弾丸を装填する。

「一斉に撃て!あれだけ的がでかいんだ、どこでも当たるだろ!効果なんか知るか!撃ちまくれ!」 

 そのランの言葉で島田が射撃を始めた。その銃声で我に返ったラーナが弱々しく立ち上がる。茜もすでに剣を鞘に納めて背負っていたライフルの銃撃体勢に入った。

『アタシ等じゃこれが限界だ。神前……うまくやれよ!』 

 ランは心の中で念じながら銃の引き金を引いた。土砂の崩れる音と銃声だけが地下室を支配した。

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