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光の射し込む先は①

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 シェリアは、アンディを探していた。

 柔らかな陽が射し込む昼下がりの屋敷の中を、バスケットを片手にぱたぱたと駆けずりまわる。

 バスケットの中身は、先ほどオーブンから取り出したばかりの焼きたてのアップルパイだ。
 是非ともあたたかいうちに食べて欲しいのに、肝心のアンディは見つからない。

 アンディの部屋も訪ねてみたけれど、不在だった。
 執事のジェームズに訊けば、なんと一日姿を見ていないと言う。
 食堂にも現れていないらしい。

 因みに、シェリアは、厨房で延々とアップルパイとクッキーを焼いていた為に昼食を食べ忘れてしまっていた。
 これはもしや、姉弟きょうだい揃ってお昼に御飯を食べていないのでないだろうか。

 それは、とても大問題である。

 歳の割に聡いといっても、アンディはまだ十歳なのだ。
 本来ならば、六歳上であるシェリアが手本とならなくてはならないのに。

 廊下を小走りで移動しながら、ああ、ミートパイも焼けば良かった、とシェリアは心の中で後悔した。

 アップルパイはお菓子であって、昼食の代わりにはなり得ない。
 厨房に戻って焼くということも考えたが、それでは約束のおやつがすっかり冷めてしまうだろう。 


 それに、夜が近付いているのだ。
 そう、“かれら”の時間が。

 集会場所になりやすい場所からは、離れた方が懸命だ。
 昼にゆるされることであっても、夜となると話は違ってくる。


 シェリアは、屋敷の中を見て回ったけれど、アンディは見つからなかった。
 どこか、見落としているのだろうか。
 このまま闇雲に探したとしても、探し出せないかもしれない。
 
 はたと立ち止まり、思案したシェリアは、バスケットにかけてあったチェック柄の布巾を手に取り、その上に切り分けたアップルパイを一切れをのせると、窓辺にそっと置いた。
 ついでに、クッキーも二枚添えて、目を閉じて両手を顔の前で合わせた。

「このお菓子と交換で、アンディの居場所を教えてください……!」


 今はまだ、夜ではない。
 いつもの儀式の時間でもない。 
 
 それでも、王都から帰ってきたシェリアは、確かに“かれら”の存在を感じられるようになっていた。
 だから、もしかしたら……なんて何の確証もないことを試してみたくなったのかもしれない。

 しばらくの間、シェリアは瞼を閉じたまま、姿勢もそのままで動かずにいた。

 “かれら”は、人間に姿を見られることを極端に嫌う。
 警戒されない為にも、シェリアはぎゅっと瞼を閉じて開かないようにした。

 もしかしたら、今目を開いたなら、“かれら”の姿を見られるかもしれない。
 シェリアの長年の夢が叶うかもしれない。 
 それは、とても魅力的かもしれなかった。

 だが、確かに、シェリアは、“かれら”の姿を見たかったけれど、それは不意打ちではなく、自らの意思を持って現れてくれなければ意味はない。

 このシープリイヒルは、妖精と人間が共存する土地で、シーリティ伯爵家の当主は領主であり、“かれら”の代弁者でもある。
 シェリアは、先祖代々“かれら”と共存する家の娘であって、会える時は正々堂々と会いたいのだ。

 ……かなり、いや、だいぶしつこく追い掛け回しているかもしれないが。


 そのまま、どれくらい経っただろうか。

 瞼の向こうから、光の射す気配がして、シェリアは出来るだけゆっくりと目を開いた。
 すると、廊下の向こうの裏口へと、光が射し込んでいるのが見える。まるで導くかのように。

 驚いたシェリアがぱっと窓辺の方を向けば、そこには、チェック柄の布巾だけが残されていた。

「ありがとう……!」

 シェリアは、窓辺に手を合わせると、光の導く方へと歩き始めた。
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