自然戦士

江葉内斗

文字の大きさ
21 / 30
第二章 謀略の復活祭

番外編其の一 ユースのブオン・ナターレ

しおりを挟む
 ユースが聖ミネルヴァ孤児院で暮らした最後のクリスマスの話。
 ローマ語では「ナターレ」と言うのだが、神託と同じくらい盛り上がるイベントである。
 前日の「ビジリア・ディ・ナターレ」の夜(ニポネシア語に直すとクリスマス前夜の夜になるが)、孤児院の子供達もそわそわしていた。
 「ねーねー、今年はサンタさんにプレゼントもらえるかなー?」「何もらえるんだろう、楽しみだなー!」そんな会話が聞こえてくる。
 しかし、その中で浮かれない顔をしている者もいた。
 ユース、ナーサ、ソフィアの年長組と、まだ正体を現してないサンドロ院長だ。
 子供たちは、いい子にしていればクリスマスイブの夜中にサンタクロースがやってきて、プレゼントを置いて行ってくれると信じている。
 しかし、サンタの正体は、この4人である。
 正確には、枕元までプレゼントを運ぶのはサンドロの仕事なのだが、プレゼントは4人でお金を出し合って買っている。
 それに加えてユース、ナーサ、ソフィア、サンドロとして渡すプレゼントもある。
 そう、一番の問題は資金なのだ。
 実は、ユースもナーサも、学校に行ってない。
 中学校を卒業した後は、孤児院の経営を支えるために働きに出ている。
 それでも例年赤字が続き、現在は地元の人の寄付で成り立っている状況である。
 しかし、子供たちの夢を壊さないため、今年もミラニアから二百五十キロ離れた町フィロートで、プレゼントを買ってきた。


 サッカー選手にあこがれる十歳の少年アルフィオにはサッカーボール。
 動物が好きな六歳の少女サビーナにはパンダのぬいぐるみ。
 本の虫である十一歳の少年ドミツィアーノには、ダンテ・アリギエーリの名作「神曲」の児童版。
 そうしてたくさんのプレゼントがアルベロ・ディ・ナターレ(クリスマスツリー)の根元に置かれた。
 さて、ユースたちにはどんなプレゼントが送られたのだろうか。
 ナーサはユースに対して、一か月以上もの間何を送ろうか迷っていた。
 まず最初に思い付いたのは、ユースの好きなビスコッティを手作りしてプレゼントしようというプランだった。
 しかし、ここでひとつ重要な問題がある。
 ナーサはおっそろしいほど料理が下手なのである。
 現に、昨年のクリスマスでは、ユースに手作りのティラミスを送ったのだ。
 次の日、ユースは半日トイレに引きこもっていた。
 ちなみにユースはおなかが弱く、消費期限が一日過ぎた牛乳を飲んでもおなかを壊す。
 そんなユースに黒マリモのようなティラミスを食べさせるなんて、正気の沙汰ではないと皆から非難された。
 そこでナーサは「前回はぶっつけ本番だったから失敗したの。ちゃんと練習すれば私だって………!」と言ってナターレ一か月前にビスコッティ作りを練習した。
 院長が無駄に買っていた消火器が初めて役に立つ結果となった。
 次にナーサは、ユースの好きな外国語小説を送ろうとした。
 書店に言ったとき、O・ヘンリーの「二十年後」などが載っている短編小説集が目に留まった。
 これだと思って買おうとしたが、なんと一冊一万エウロー近くかかるのだ。
 というわけで本も却下になった。
 ナーサは気づかなかったが、実はナーサが選んでいた本は、実は今はなかなか手に入らない初版だった。
 それで一万エウローなら安いほうだろう。
 それに気づかずナーサは悩み続けたが、ついにナターレ二日前にユースに贈るものを決めた。
 今はそのプレゼントもアルベロの下で、開封される時を待っている。


 ここでもう一人、ユースに思いを寄せている少女、ソフィアのことを話さなければならない。
 彼女もまた、ユースに贈るプレゼントについて悩んでいた。
 初めにソフィアは、ユースに新しいギターをプレゼントしようと考えた。
 ユースが持ってるギターはクラシックギターだが、ユースは時々「フォークギターも弾きたいなぁ…」なんて言っている。
 そこでフォークギターをプレゼントしようとしたが、楽器というのはとても金がかかるものである。
 フィロートの楽器屋にギターは確かに売っていたが、初心者用でも一万エウローを下らず、二十万あるいは三十万台のギターばかりが置いてあった。
 ソフィアはギターを買うことをあきらめ、ナーサが挑戦して玉砕したスイーツを作ることにした。
 ナーサと違ってソフィアは料理はできる。孤児院では子供たちの料理を作ることも多い。
 しかし、作業は思いのほか難航した。
 まず、砂糖の使用量が多い。
 ユースは日常的に甘い物を食べているが、その中には一日の推奨量の何倍もの砂糖が入っている。
 こんなに入れても足りない。まだ足りないと、下ごしらえが終わったころにはすでに疲労に身をむしばまれていた。
 それ以降、ソフィアはちょっとだけスイーツを見るとドキッとするようになった。
 それでも何とかクッキーを作り終え、今はアルベロの下で眠っている。


 そしていよいよ、ナターレがやって来た。
 子供達は飛び起きるなりアルベロの元に駆け寄った。
 「あー! これ欲しかったやつだ!」「ちぇっ、こんなの要らないや。」そんな声が聞こえてくる。
 ユースは自分のプレゼントを拾い上げた。
 「これは………ナーサのプレゼントか。何が入ってるのかな。」
 袋の口を開けて中身を取り出してみると、そこに入っていたのは、温かそうな白い手袋だった。
 ユースが特に手が冷たいのを嫌うのを見て思い付いたのだった。
 「これは嬉しい。ありがたく頂こうかな。」ユースは少し笑顔になった。
 「こっちは……………ソフィアのプレゼントみたいだ。お!手作りクッキーか!」
 箱の中身をみたユースは期待に胸を膨らませながら、そのクッキーを口の中に入れた。
 ………………しかし数秒後、ユースの顔色が曇った。「甘くない………砂糖入ってるの?あ、手紙が同封されてる。」
 手紙にはこう書いてあった。
 「砂糖控えめのクッキーを作りました。兄さんは最近甘いもの食べ過ぎだから!」
 「ソフィアったら…………甘くなきゃそれはビスケットだよ。」
 ソフィアのクッキーに不満をこぼすユース。
 その時、「ブオン・ナターレ(クリスマスおめでとう)、ユース!」明るい嬉しそうな声が聞こえた。
 ユースは振り返って、それから微笑んだ。ナーサからもらった手袋をつけていた。
 「ブオン・ナターレ、 ナーサ。いい手袋をありがとう。」
 「こちらこそ、いい物をもらったわ!ところで………」ナーサの手には、ユースがプレゼントしたオペラ「アイーダ」のペアチケットが握られていた。
 「良かったら、オペラ、一緒に行かない?」
 「良いよ。」
 「軽っ!」
 「まあ僕が買ったチケットだし。」
 「そうよね………でもうれしいわ。」ナーサの顔が赤くなった。


 実はその様子を陰から見て、悔しがっていた人物がいた。
 「ユース兄さんったら………オペラのペアチケットを贈るなんて、やっぱりナーサ姉さんが好きなのね……!?」
 ソフィアがユースからもらったのは、ブランド物のバッグだった。
 一応「アイーダ」のチケットよりも高価である。
 しかしソフィアにとっては、ユースと一緒にいられる時間こそが最高に価値があるのである。
 「あれ? ソフィア? そこで何してるの?」ユースに気づかれた。
 「え!?? いやその………」
 「君も『アイーダ』見に行きたいの?」
 「……え、ちちち違うわよオペラななななて」
 「ナーサと一緒に行けばいいじゃない。」
 「「それじゃ意味ないの!!」」二人の少女の声がそろった。
 「おーい子供たち、ケーキ食べよう。」食堂からサンドロの声が聞こえた。
 「あ、はーい今行きまーす!ごめんねこの話は置いとこう!」
 ユースはウキウキ気分で食堂に向かっていった。
 後にはナーサとソフィアが取り残された。
 「……………ユースったら、女の子とのデートよりもケーキのほうがいいのね。」
 「まあ…………そんなユース兄さんも良いけど。」
 …………このナターレの六日後、ユースは自然戦士に選ばれる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

処理中です...