あれから会う事もなく3年が立ちました

尾道小町

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記憶の侍女

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ユージンはぺこっとお辞儀をして言った。  
「ユージンでしゅう。よろしゅく、おねがいしましゅう」

彼は微笑んだ。  
「可愛い子だな。俺にも、こんな子がいてもおかしくない歳だ」

私は言葉を飲み込んだ。  
“あなたの子です”と、言いたかった。  
でも、声が出なかった。  
妖精王との契約が、私の言葉を封じていた。

それでも、彼は少しずつ変わっていった。  
ユージンと遊び、勉強を教え、剣を渡し、笑い合う。  
食事も三人で摂るようになり、私たちの部屋で小さなテーブルを囲んだ。

「このパン、美味しいな。昔、誰かが焼いてくれた味に似ている」  
その言葉に、私は涙が出そうになった。  

誰かは、私だった。

ユージンは彼を「おとうしゃま」と呼びたがった。  

でも、呼ぶと声が詰まる。  
「おうたいしゃま、ぼくをおぼえてましゅか?」

彼は困ったように微笑んだ。  
「すまない、覚えていない。でも、これからたくさん話せば、きっと思い出すよ」

私は、彼が思い出す日を信じることにした。  
パンを焼き、紅茶を淹れ、彼の好きだった味を少しずつ差し出す。  
記憶ではなく、心に触れるために。

夜、ユージンが眠ったあと、私は彼の背中を見つめた。  
「王太子殿下」  

その声に、彼は振り返った。  
「何だい?」

「いえ、何でもありません」  
言葉は、まだ届かない。  

でも、心は少しずつ近づいている。

私は侍女。  
でも、彼の記憶の中では、きっともっと大切な存在だった。 

それを、もう一度取り戻すために。

記憶の侍女として、私は今日もパンを焼く。  

彼の心が、少しずつ温まるように。




朝、厨房に立つと、手が自然に動いた。  

小麦粉をこね、発酵させ、オーブンに入れる。  

この作業は、私の祈りだった。  

ユリアス様の記憶に、少しでも触れられるように。

焼き上がったパンの香りが部屋に満ちる。  

ユージンが目を輝かせて駆け寄ってくる。 
 
「おかあしゃま、パンのにおい、だいしゅき!」

「ありがとう、ユージン。今日は王太子殿下にも召し上がっていただきましょうね」

食卓に並べると、ユリアス様は少し驚いたように目を細めた。  

「この香り、懐かしいな」  
パンを口に運び、静かに噛みしめる。

「昔、誰かが焼いてくれたパンに似ている。  
 外はカリッとしていて、中はふわふわでほんのり甘い」

私は黙って頷いた。  

誰かは、私だった。  

でも、言葉にはできなかった。

ユージンが嬉しそうに話す。  
「おかあしゃま、まいにちパンやいてましゅよ。おとうしゃまのために!」

ユリアス様は微笑んだ。  
「そうか、ありがとう、ユージン」

その笑顔に、少しだけ昔の面影が重なった。  

彼が私を見つめていた頃の、あの優しい瞳。

食後、彼はぽつりと呟いた。  
「この味を、忘れていたなんて信じられない」

私は静かに答えた。  
「味は、記憶よりも深く残るものです」

彼は私を見つめた。  

その瞳に、何かが揺れていた。  

言葉にならない何かが、心の奥で動き始めていた。

その夜、私はパンのレシピ帳を開いた。  

そこには、彼が好きだった具材や焼き加減が記されていた。  

一つひとつ、彼との記憶をなぞるように。

翌朝、彼はまたパンを食べた。  
「この味やっぱり、君が焼いてくれたんだよね?」

私は微笑んだ。  
「侍女として、王太子殿下のお好みに合わせております」

「でも、君の手の温もりが、パンに宿っている気がする」








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