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第1話・直行直帰の小説家志望
③新装版・手作りアップルパイ
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「(アググ・リシュケの新装版……!)」
ギンは、手にその”アググなんたら先生……の既刊のカバーデザイン違いなだけの本”を取った。とっくの昔の『既刊』だが、ギンにとっては『カバーデザインが違くて、後書き解説が別の作家』なら、それはもう『新刊』という括りに入った。
アググ・リシュケは、とぅの昔に故人である。なので、完全な新刊など、その故人の『隠し原稿』が関係者から新たに発見されない限りは絶対に出ない。アググ・リシュケの新作など見つかろうものなら、世界中の本屋がそれを置くだろう。その飢えを満たすために、このような感じでアググ・リシュケの既刊は割とよく出された。アググなんたらは、それほどに売れた作家だった。
ギンは、そのアググ・リシュケの『既刊な新装版』を持ってレジに行った。馴染みの本屋の店員がギンの姿を見るやいなや、ニヤリと笑う。
「来ると思ってたよ、本ヲタめ」
「あんなのぼりを出されちゃ、そりゃあ来ますよ」
ギンもニヤリと笑う。
「今日も魔物討伐ありがとうな、割引してやろうか?」
「お気持ちは嬉しいですけど、定価で買いますって」
そう軽口を叩き合いながら、店員がさくさくと本にカバーを折りつけて紙袋に入れる。店員とギンの年齢はそう離れていないのだが、どうも人見知りのギンは丁寧語を崩さない。少しでも年上だと、割と気を使ってしまう。
「……そういえばお前、今年も挑戦するんだろ? アググ・リシュケ大賞」
店員が、その『なんたら大賞』の告知ポスターをペラリと出す。それを見たギンはニカッと笑い、思いのほか小さなか細い声で「出すよ……」と呟く。「声ちっさ」と店員がツッコむ。
「2年前は、書き終わる寸前でキャラブレ起こしてる事に気が付いて気になってしまい、〆切までに直せずに辞退……去年は中程まで書いた原稿にインクつぼをぶっ倒して心折れて……」
そこまで店員が言った後で「今年は、魔物が多くてヤバイっす」と、ギンが薄く微笑む。
「なんすかね……今年、めっちゃ多くないすか? おかげでまとまった時間がとれないんすよ……」
ギンが購入した本を受け取る。「あ。買ったはいいものの、もしかしたら読む時間もないかも」と今更に気がつく。とっくの昔に読んだことがある既刊だったが、買ったからには再読したい所存であった。
『読む』──それが、本というものに対しての礼儀である。しかし、それを実行できず未読のまま積んでしまっている事のほうが多くて、ギンは申し訳なく思う。
「せめて、親父さんが使い物になればいいんだけどなぁ」
腰を今より悪くする前はギンと同等、それ以上に強かったらしい父親がその魔物討伐を承っていた。腰が悪くなってからここ数年は、ギンが先程のように呼び出されては魔物を瞬殺していく──そんな日常が繰り返されていた。
「いや。息子に武芸を教えたいはずなのに、ソレを黙認して陰キャ読書やらせてくれてる親父には感謝しているので……」
父親から直接そう言われたわけではないが「きっとそうだろう」とギンは思っていた。卓越した運動神経を活かした事に青春を費やしてほしいだろうに、この息子ときたら引きこもって読書三昧なのだから。
*************
父親の腰が良くなったらしく、予告していたアップルパイを焼いたのだろう。玄関の戸を開ける前から、既に焼けたりんごの甘い香りが外に漂っている。
戸を開けると「おかえりぃ」と、父親・キンが笑う。テーブル上に香ばしい焼き色のアップルパイ、ごろごろと大粒の野菜が煮込まれているポトフ。
そばでその調理作業を手伝っていた、近所に住む町人の一人・フォンおばさんが柔和な笑顔と共にギンに会釈する。
「すみません。また晩ごはんを作ってもらっちゃって」
「いいのよ。料理は私の趣味だから」
「……親父と結婚すれば、毎日ウチで料理できますけど」
ギンは父親に聞こえないよう、フォンにだけ聞こえる声の大きさでそう茶化したのだが、フォンが「うあぁ、ギン君?!」と焦る。
フォンは、明らかにキンに好意を抱いている。ギンや周りの“キン以外の”人らにも、その恋慕はモロバレしている。態度や雰囲気から、ソレは滲み出されている。
ギンは割と積極的に「親父とくっついてくれませんかね」「母親になってくれませんかね」と茶化しつつも本気でそう誘っているのだが、フォンは頑なに”どうもしてこなかった”。
そのくせ、積極的にキンの世話を焼いたり、様子を見に来てくれたりする。何故にそんな矛盾行動をしているのか、ギンが思いつくその理由として1つあるのだが、さすがにそれは自分の口から言うのは悲しいので未だに伝えていない。
「よぉし、じゃあ食べるかぁ」と、エプロンを外すキンの後ろに散らかし放題の凄惨な台所の様子がチラリと見えたが、料理を作ってくれるだけありがたいので嫌な顔は出来ない。
掃除片付けが苦手なキンの代わりに、ギンが掃除する。料理が出来ないギンの代わりに、キンが料理する。父子家庭だったが、家庭内バランスは案外と取れていた。
やっと一息つけるなぁ、なんか今日ずっと走りっぱなしだったような気がするなぁ、とギンは小さくため息をつく。『魔物を殲滅した事より、走って帰宅してきたことの方』が記憶に残っているのは一体どういう事なのだろうか。
「で、何かアレ。小説はどうなんだ?」
焼きたてのアップルパイをモサモサ食べる度にカサカサのパイかすを落とす、抜けている父親が訊く。
キンは、息子と違って読書に興味がない。本を読まない(読めない)。かと言って、息子の本好き趣味を否定も拒否もせず「まぁ頑張れ」という好意的放任をしていた。
「う~。ちょっち、魔物のせいで……」
そう言いながら出来たての料理に向かい合った刹那、ギンはすぐさま振り向いて玄関の方を見開いた目で見た。キンも玄関の方に気配を感じ、急に神妙な顔をする。玄関……というか、その更に先の、遠く外への視線。
急に怖い顔をした二人に驚いたフォンが「ど、どうしたの?」と、キョトンとした顔で問う。
「いや……気のせいかな」ギンが不思議がる。
が、腰痛で使い物にならないが武人としての感覚は未だ衰えていないキンの次の一言で、その違和感は確信に変えられた。
「気のせいじゃないだろ。俺も感じた」
普段ニコニコしている事が多いキンの真剣な顔は珍しく、その凛々しい顔に隣席のフォンは恋する乙女が如く見惚れていた。あごひげや、厚い胸板で隆起した衣服部分に付いたアップルパイのかすすら、愛おしそうに見ていた。
早くくっつけばいいのに、とギンは呆れた。
ギンは、手にその”アググなんたら先生……の既刊のカバーデザイン違いなだけの本”を取った。とっくの昔の『既刊』だが、ギンにとっては『カバーデザインが違くて、後書き解説が別の作家』なら、それはもう『新刊』という括りに入った。
アググ・リシュケは、とぅの昔に故人である。なので、完全な新刊など、その故人の『隠し原稿』が関係者から新たに発見されない限りは絶対に出ない。アググ・リシュケの新作など見つかろうものなら、世界中の本屋がそれを置くだろう。その飢えを満たすために、このような感じでアググ・リシュケの既刊は割とよく出された。アググなんたらは、それほどに売れた作家だった。
ギンは、そのアググ・リシュケの『既刊な新装版』を持ってレジに行った。馴染みの本屋の店員がギンの姿を見るやいなや、ニヤリと笑う。
「来ると思ってたよ、本ヲタめ」
「あんなのぼりを出されちゃ、そりゃあ来ますよ」
ギンもニヤリと笑う。
「今日も魔物討伐ありがとうな、割引してやろうか?」
「お気持ちは嬉しいですけど、定価で買いますって」
そう軽口を叩き合いながら、店員がさくさくと本にカバーを折りつけて紙袋に入れる。店員とギンの年齢はそう離れていないのだが、どうも人見知りのギンは丁寧語を崩さない。少しでも年上だと、割と気を使ってしまう。
「……そういえばお前、今年も挑戦するんだろ? アググ・リシュケ大賞」
店員が、その『なんたら大賞』の告知ポスターをペラリと出す。それを見たギンはニカッと笑い、思いのほか小さなか細い声で「出すよ……」と呟く。「声ちっさ」と店員がツッコむ。
「2年前は、書き終わる寸前でキャラブレ起こしてる事に気が付いて気になってしまい、〆切までに直せずに辞退……去年は中程まで書いた原稿にインクつぼをぶっ倒して心折れて……」
そこまで店員が言った後で「今年は、魔物が多くてヤバイっす」と、ギンが薄く微笑む。
「なんすかね……今年、めっちゃ多くないすか? おかげでまとまった時間がとれないんすよ……」
ギンが購入した本を受け取る。「あ。買ったはいいものの、もしかしたら読む時間もないかも」と今更に気がつく。とっくの昔に読んだことがある既刊だったが、買ったからには再読したい所存であった。
『読む』──それが、本というものに対しての礼儀である。しかし、それを実行できず未読のまま積んでしまっている事のほうが多くて、ギンは申し訳なく思う。
「せめて、親父さんが使い物になればいいんだけどなぁ」
腰を今より悪くする前はギンと同等、それ以上に強かったらしい父親がその魔物討伐を承っていた。腰が悪くなってからここ数年は、ギンが先程のように呼び出されては魔物を瞬殺していく──そんな日常が繰り返されていた。
「いや。息子に武芸を教えたいはずなのに、ソレを黙認して陰キャ読書やらせてくれてる親父には感謝しているので……」
父親から直接そう言われたわけではないが「きっとそうだろう」とギンは思っていた。卓越した運動神経を活かした事に青春を費やしてほしいだろうに、この息子ときたら引きこもって読書三昧なのだから。
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父親の腰が良くなったらしく、予告していたアップルパイを焼いたのだろう。玄関の戸を開ける前から、既に焼けたりんごの甘い香りが外に漂っている。
戸を開けると「おかえりぃ」と、父親・キンが笑う。テーブル上に香ばしい焼き色のアップルパイ、ごろごろと大粒の野菜が煮込まれているポトフ。
そばでその調理作業を手伝っていた、近所に住む町人の一人・フォンおばさんが柔和な笑顔と共にギンに会釈する。
「すみません。また晩ごはんを作ってもらっちゃって」
「いいのよ。料理は私の趣味だから」
「……親父と結婚すれば、毎日ウチで料理できますけど」
ギンは父親に聞こえないよう、フォンにだけ聞こえる声の大きさでそう茶化したのだが、フォンが「うあぁ、ギン君?!」と焦る。
フォンは、明らかにキンに好意を抱いている。ギンや周りの“キン以外の”人らにも、その恋慕はモロバレしている。態度や雰囲気から、ソレは滲み出されている。
ギンは割と積極的に「親父とくっついてくれませんかね」「母親になってくれませんかね」と茶化しつつも本気でそう誘っているのだが、フォンは頑なに”どうもしてこなかった”。
そのくせ、積極的にキンの世話を焼いたり、様子を見に来てくれたりする。何故にそんな矛盾行動をしているのか、ギンが思いつくその理由として1つあるのだが、さすがにそれは自分の口から言うのは悲しいので未だに伝えていない。
「よぉし、じゃあ食べるかぁ」と、エプロンを外すキンの後ろに散らかし放題の凄惨な台所の様子がチラリと見えたが、料理を作ってくれるだけありがたいので嫌な顔は出来ない。
掃除片付けが苦手なキンの代わりに、ギンが掃除する。料理が出来ないギンの代わりに、キンが料理する。父子家庭だったが、家庭内バランスは案外と取れていた。
やっと一息つけるなぁ、なんか今日ずっと走りっぱなしだったような気がするなぁ、とギンは小さくため息をつく。『魔物を殲滅した事より、走って帰宅してきたことの方』が記憶に残っているのは一体どういう事なのだろうか。
「で、何かアレ。小説はどうなんだ?」
焼きたてのアップルパイをモサモサ食べる度にカサカサのパイかすを落とす、抜けている父親が訊く。
キンは、息子と違って読書に興味がない。本を読まない(読めない)。かと言って、息子の本好き趣味を否定も拒否もせず「まぁ頑張れ」という好意的放任をしていた。
「う~。ちょっち、魔物のせいで……」
そう言いながら出来たての料理に向かい合った刹那、ギンはすぐさま振り向いて玄関の方を見開いた目で見た。キンも玄関の方に気配を感じ、急に神妙な顔をする。玄関……というか、その更に先の、遠く外への視線。
急に怖い顔をした二人に驚いたフォンが「ど、どうしたの?」と、キョトンとした顔で問う。
「いや……気のせいかな」ギンが不思議がる。
が、腰痛で使い物にならないが武人としての感覚は未だ衰えていないキンの次の一言で、その違和感は確信に変えられた。
「気のせいじゃないだろ。俺も感じた」
普段ニコニコしている事が多いキンの真剣な顔は珍しく、その凛々しい顔に隣席のフォンは恋する乙女が如く見惚れていた。あごひげや、厚い胸板で隆起した衣服部分に付いたアップルパイのかすすら、愛おしそうに見ていた。
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