赤と青のヒーロー

八野はち

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第七話 青い炎

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「ひひひひひ。デブ猫は見つからないからお前にするか。さあおいでー。いいところに連れて行ってあげよう」
 
 ちっ。

「一応こっちは全部逃がしたが…。まずいな」
「青井くん、作戦変更だ。私が戻るまで足止めしておいてね!頼んだよ」
「おい待て星野!おい!」

 そういうと星野はどこかへ行ってしまったようだ。

「ちくしょう。一方的に言って切りやがって。どうしろってんだ」

 とりあえず言葉で説得できるような相手じゃない。となると…。こんなことしたくないが仕方ない。相手は外道だ。手段は選んでられない。
 俺はごみ置き小屋に戻り、目当てのものを探す。よしあった。俺はアイスピックを持ち出すと男の車の左側の後輪に横から突き立てた。タイヤは思ったより硬く何度か突き刺してみる。とその時子猫を捕まえた男が帰ってきた。俺は急いで元居たごみ置き小屋の後ろに隠れた。

「なんだこれは⁉気味が悪い!ほかのやつらも全員いなくなってるじゃねーか⁉ふざけやがって…。誰かのいたずらなのか?それとも…。まさかな」

 どうやらかなり答えたらしい。これを機にやめるようになればいいが。だが問題は子猫だ。こいつは間違いなく保健所に連れていくだろう。だがここで俺が邪魔をしに行けば、せっかくの作戦が台無しだ。こいつの心も傾きかけているように見えた。
どうする。タイヤをパンクさせたことなんてない。一応アイスピックで刺しておいたが、今思えば浅かったかもしれない。時間もあまりなかった。不確定要素が多すぎる。確実に止めるには直接出ていくのが一番だ。

 けれど今出ていけば俺がやったと疑われるかもしれない。一度車が出てしまえばもう追いつけない。ここでこの子猫一匹を見捨てれば、他の猫の被害はなくなるかもしれない。もしかしたらこの子猫も殺処分じゃなく、里親をさがしてもらえるかもしれないんじゃないか?ここはおとなしく星野を信じて待つのが正解なんじゃないのか?
 俺が出て行くべきか否かで葛藤している間に、男は子猫を後ろのケージに入れるとエンジンをかけた。

 頼む。動かないでくれ。俺の願いが通じたのか車は動かなかったようで、作戦は成功に思われた。

「チッ!なんだこれパンクしてるじゃねーか!これも猫の仕業か?なんだ今日は気味が悪いな。それにしてもむかつくなおい!」

 しかし、こともあろうか男は車から降りると後ろの荷台からケージを引きずり下ろした。そして

「このクソ猫どもが!ふざけやがって!」

 そういうとケージから子猫を出すと蹴りつけようとした。
次の瞬間、気づくと俺は走り出していた。

「おい!」
「クソ野郎!お前みたいな命を蔑ろにするやつは反吐が出る!」

 もう我慢の限界だった。たとえ作戦が台無しになろうとこれは見過ごせなかった。

「な、何だ⁉俺は迷惑ばかりかける野良猫を成敗してやろうと思っただけだ。そ、そそ、そういうお前こそ、今隠れていたように見えたぞ!お前が俺の車に悪戯してタイヤまでパンクさせたな!」
「この外道が!お前のしていることは、自分のエゴから命を蔑ろにし、八つ当たりしているただの自己満足だ!」
「だ、だまれ!ガキのくせに知ったような口ききやがって!」

 男は逆上すると殴りかかってきた。小学生以来喧嘩などしたことのない俺は、殴られるのを覚悟して歯を食いしばるしかなかった。
 しかし、数秒経っても拳が飛んでこないので目を開けてみると、白い猫の着ぐるみが男の拳をガードしていた。

「よく頑張ったね青井くん。信じてたよ」
「お、お前まさかほし――」
「んんっ!誰だいそれは。私は猫の妖精ミャーゴ君だよ。猫の平和を守るためにやってきたのだ!さあ、ここに猫をいじめる極悪人がいると聞いたが、どうやらそれはあなたのようだね」
「な、なんだお前は⁉ふざけてるのか。どけっ。俺はそこのガキに用があるんだ」
「よくないよおじさん。正論言われたからって暴力に訴えるのは。これ以上猫をいじめると猫の祟りに遭うぞ。今日のようにね」
「何が祟りだ、ふざけやがった。それにお前の声、聞き覚えがあるぞ。前に俺に注意してきたガキだな。お前ら二人して俺をおちょくりやがって!このクソガキどもが!」

 男は再度逆上すると今度は星野に殴りかかってきた。

「危ない星野!」

 しかし星野は男の拳を片手で払うともう一方の手で拳を作ると男の腹を殴りつけた。

「肉球中段突き」
「ぐえっ」

男は膝から崩れ落ちるとそのまま気絶してしまった。

「お、お前マジで喧嘩強いんだな」
「ヒーローを目指す者はこれくらいできないとね」
「それにしてもこの人ほんとにろくでもない人だったね。猫たちは助けられたから良かったものの」
「だがこいつはまたやるだろうな。今日話してみて分かった。こいつはそういうタイプの人間だ。悪かったな。せっかくあと少しでやめさせられたかもしれないのに。我慢できなかった」
「何言ってるの。私は君がこの人に立ち向かってくれるって、怒ってくれるって初めから知ってたよ。私だって我慢できなかったしね。初めから君が堪えきれなくなるかもしれないってことは想定してたんだ。だから、作戦を失敗で終わらせたくなかったから、子猫は君に任せて駅まで走ってこの着ぐるみを借りてきたんだよ。それにごめんは私の方なんだ。実はこの人が、車が動かなくなって怒り出すところから見てたんだ」
「え?ならどうして――」
「別に君を試したつもりはなかったの。ただ君を信じてたから。あそこで他の猫のこと考えて、あの子を見殺しにできちゃうようなら、君は私の嫌いな大人ってことだから。何かもっともらしい理由をつけて、大切なものから目を逸らして自分を誤魔化して、何か大きくてつまらないもののために、小さくて、でも本当に大切なものから背を背ける。そうやって少しずつつまらない大人になっていくんだよ。だからごちゃちゃ考えないで、頭じゃなくて心に従うんだよ。目の前の子猫一匹救えないで、他の猫を救えるわけないからね。だから君は自分を責める必要はないんだよ。だって君は正しいことをしたんだから。」
「…なんでお前は俺をそんなに信じてくれるんだ」
「言ったでしょ。私には人を見る目があるの。知ってる?青い炎はね、赤い炎よりも高温なんだよ。君は冷静でクールだけど誰よりも優しくて、誰かのために誰よりも怒ってくれる。いざというときには一番頼りになる人なんだって、私は信じてる」
「…買いかぶりすぎだ」
「そんなことないよ。あ、あとそれとねコンロの火が青いのもそれが理由なんだよ」

 本当に買いかぶりすぎだ。俺はそんなかっこいいやつじゃない。ただの成りそこないだ。
 だって俺は、大切な人を守れなかったのだから。それどころか…。
 いや、今日はこんなことを考えるのはよしておこう。久しぶりにあんなに大きな声で叫んで、怒った気がする。それにこんなに達成感を感じたのも初めての感覚だった。とりあえず、悪い大人から猫を助けられた。もしかしたら、今日こんなに酷い目に遭ったのだから、これを機にやめるようになるかもしれない。
 命を、救えた。守りたかったものを守れた。ずっと止まっていたあの日から、一歩だけ進めた気がした。

 そうだ。一つ星野に言いたいことがあった。

「それと、コンロの火が青いのはただの炎色反応だ。別に特別赤い炎より高温なわけじゃないぞ」
「むぅー。せっかくほめたのに!君は本当に素直じゃないやつだ!」
「うるせ。それにしてもお前の作戦の代案は頭悪すぎてびっくりしたぞ。予想以上だ」
「えー、これ結構いい考えだと思ったんだけどな。そういえば、着ぐるみで思い出したんだけど、私中学三年まで着ぐるみの中の存在なんて知らなかったんだ。初めて知った時はこの欺瞞に満ちた世界を滅ぼそうかと思ったくらいだよ」
「中三まで知らなかったことに驚きだ。ヒーロー志望のやつが悪役みたいなこと言ってんじゃねえよ」
「ほんとにね。あのとき生まれて初めて悪の組織の気持ちを理解してしまったよ。まあでも結局はヒーローだよね。ちゃんと戻ってきたよ。」
「お前、もしかしてだけどサンタクロースもまだ…?」
「ん?サンタさんはいるに決まってるじゃん。何言ってるの青井くん。それじゃあ私たち子供に毎年プレゼントを渡してくれるのは一体どこの誰なのさ」
「そ、そうだな。なあ星野。いつかまたこの欺瞞に満ちた世界を滅ぼしたくなったら相談に乗ってやるからな。それかお前がサンタになるっていう手もあるぞ」
「もうそんなことはないよ。だってヒーローになりたいって言いながら世界を滅ぼしたいなんて矛盾、二回も許されるわけないじゃん。それに青井くん流石だね。実はサンタさんって現役の頃はヒーローだったんじゃないかって私も思うんだよね。だって全身赤い洋服だよ?そして冬空の中、夜子供たちが寝静まった頃に街中を駆け回ってプレゼントを配って回るんだよ?もうそんなのヒーローに決まってるじゃん!だからわたしもヒーローを引退しておばあちゃんになったらサンタさんになって、子供たちにプレゼントという名の夢を配りまくるんだあ。早くトナカイ乗りたいなあ」
「なんかお前人生楽しそうだな。強く生きろよ。というかお前の場合、本当に全部夢叶えちゃいそうだな」
「何言ってんの当たり前じゃん。全部叶えるよ。私は絶対にヒーローになるんだから」
 
 まったくこいつは、何と言うか、ぶれないやつだった。
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