赤と青のヒーロー

八野はち

文字の大きさ
上 下
11 / 27

第十一話 水鉄砲戦争

しおりを挟む
 車で二十分ほど走ると、目的地の自然公園に着いた。大志のお兄さんはそこで荷物を降ろすと帰っていった。
 俺たちはそこから、キャンプ道具を持って川の方へ向かっていく。自然公園は自然という名前がつくだけあって、たくさんの木々や植物に覆われていて、虫や動物もたくさんいた。まるで森の中に入り込んだようだった。
 小道を進んで数分ほど行くと水が流れる音が聞こえてきた。川だ。

「わあー!すごくきれい!大自然って感じー!」

 緑の木々からこぼれる木漏れ日に、穏やかに、でも力強く流れる清流と、その流れにぶつかる岩石。右も左も緑一色で、辺り一面木々に囲まれていて、まるで山の中に入り込んだようだった。

「おおー!きれいな川だな。透き通ってるぜ。空気もうまい。なんといってもこの解放感!」

 河原に運んできた荷物を降ろすと、テントを張る。
 俺が一人で黙々と男用のテントと、星野用のテントを設営していると、二人はいつの間に着替えたのか、星野は部着を、大志は海パンで川に入って遊んでいた。
 楽しそうで何よりだ。
 水着も着替えも持ってきていない俺は、テントを張り終わると、折り畳み式の机と椅子を出して、星野が買ってきたお菓子を食べてくつろいでいた。

 マイナスイオンで溢れているせいだろうか。緑で囲まれ空気もおいしいこの場所にいるだけで、とても心が落ち着く。川の流れる音が、木々の風で靡く音が、鳥のさえずりが心を安らげてくれる。キャンプというのも案外悪くないかもしれない。
 俺が自然の恩恵に与っていると、いきなり顔面に水が噴射された。

「ぶへっ」
「レーザー光線!どうだ!参ったか!」
「きさまっ。星野」
「にっしっしー。そんな怖い顔しないでよ。青井くんも一人でくつろいでないで一緒に川遊びしようよ。超涼しいよ。そうだ。魚もいっぱいいるんだよ!今晩のおかず捕まえようよ。大山君が君の水着も持ってきてくれてるみたいだよ」
「そうなのか。せっかくだが俺はいいや。こうやって一人でのんびりしている方が好きなんぶへっ」
「おじいちゃんみたいなこと言ってるのはこの口かな?」
「おいお前いい加減にぶはっ」
「…」
「やーい、逃げろー!」
 
 にっくき星野を倒すべく、俺は急いで海パンに着替えると、上着を脱ぎ、川に特攻し、水鉄砲戦争に参戦した。

「待てこら星野!」
「きゃー!青井くん怒りすぎだよ!」
「今晩のおかずは魚じゃなくてお前だ!」
「お!翼も参戦か?いいぞ三つ巴だ!」
 
 俺たちは馬鹿みたいに水鉄砲を持って川を走り回った。川の水は冷たく透き通っていて、まるで天然の冷蔵庫のようだった。川の水面に反射する光が世界を照らし、飛び散る水しぶきがキラキラ輝いていた。夏の日差しが優しくこの場所を包み込んでくれているようだった。
 
 しばらく遊んだ後、俺と大志が魚を捕まえていると、星野はなにやら足を上げては下ろしを繰り返し、一人でバシャバシャ遊んでいた。

「何してんだお前?」
「超能力の練習!水に浮くかなって思って」
「まったくお前は。ここに来ても超能力か」
「水面を走れたら楽しそうだと思わない?」
「それより暇なら夕飯の準備してくれ。そろそろ日も沈んできた」
「そーだね。あ、そろそろ頃合いかも」
 
 星野は何か思い出したように川の浅瀬の、流れの緩やかな方へ行くと、水中から何やら持ち上げた。

「じゃじゃーん。天然の冷蔵庫で冷やしたトマトときゅうりだよ!夏野菜だしぷりっぷり!塩かけて食べよう」

 先ほど言っていたのこのことか。どうやらクーラーボックスに入れたトマトときゅうりを、冷たい川の水で冷やしていたようだ。
 
 俺たちは川から上がると、大志が持ってきてくれたクーラーボックスに入った麦茶やコーラを飲むと、夕食の準備を始めることにした。
 まずはなんといっても米だ。買ってきたコシヒカリを事前に研いで水に漬けておいたメスティンをガスバーナーであぶる。炊けた合図はぱちぱちという音なので、その音を聞き逃さないことがポイントだ。
 
 隣を見ると、大志はバーベキューコンロの炭皿の上に炭を設置しガスバーナーで炙り火の準備をしていた。星野は20th century boyの鼻歌を歌いながらクーラーボックスから次々と肉を出していく。
 
 米が炊けるまでの間やることのない俺は、ぱちぱちという音を聞き逃さないように気を付けながら野菜を切っていく。野菜も肉も大量に買ってあるが余る心配はいらない。なぜなら大志がいるからだ。あいつの口の中はブラックホールが詰まっているんじゃないかと提唱する学者もいるくらいだ。

「おっしゃ、いつでも焼けるぜ。どんどん持ってこい」
「待って大山君。火の扱いは私に任せて!私の中の正義の炎が熱くたぎってきたよ!よっしゃー!火だー!燃やし尽くすぞー!」
「あほたれ。燃やし尽くしたら食えねえだろうが。暑苦しいんだお前は。大志に任せとけ」
「何おう。私は火にはうるさいよ。それに今のは言葉の綾だから安心して」
「おいおい甘く見てもらっちゃ困るぜ。俺は焼き肉屋でバイトしてたこともあるんだぜ。おいしい肉は火入れ次第!俺に任せな!」
「ふっ。そんなに言うなら勝負と行こうか大山君。火の扱いにおいて私の右に出るものはいないよ。私は火のスペシャリストだからね」
「上等!その勝負受けて立つ!」
「「うおりゃあー‼」」
 
 何やらバカ二人が暑苦しい勝負を始めだしたせいか、ただでさえ熱い温度が上昇したように感じる。

「おい肉だけじゃなくて野菜も焼けよ」
「うるさいぞ翼。今は男の真剣勝負中だ。外野が口を挟むんじゃねえ!」
「そうだよ青井くん!野菜なんかで火の何たるかは分からないんだよ!時代は肉だよ!」
「そうかやはりお前は男だったか。あ、そうだあと魚も捕まえたじゃねーか。あれは――」
「青井くんうるさいよ。焼肉はね、音一つ聞き逃すだけで命取りなんだよ!魚も君に任せるよ!」

 完全に肉に心を奪われた二人には、どうやら何を言っても無駄なようだ。

「分かってねーな。日本人はいつの時代も米なんだよ。米こそがすべての食べ物の頂点に立つことになぜ気づけない。米ありきの肉だろうが。なあ、お前もそう思うだろ?」

 誰も聞いてくれないので、河原の隅っこの森と隣接したところで一人野菜を切りながら、そばまでやってきていたウサギに話しかける。

「お前も人参ばっかりじゃなくて米も食わないと大きくなれないぞ?」
ウサギは俺の与えた人参を頬張りながら不思議そうな顔をしている。
「よっしゃ。それじゃあ魚と野菜はこっちで焼くか」

 俺は七輪を持ってくると炭を設置し火をつける。

「結局七輪が一番美味いんだよなー」

 団扇で扇ぎ火を起こす。空気窓を開けると火力の調整をする。
 と、その時ぱちぱちという音が聞こえた。クッカーのふたを開けてみると、いい感じにふっくらとしたつやのある白米が炊きあがっていた。クッカ―の中から溢れ出すほかほかの蒸気ときらきらの白米が食欲を刺激する。火を止め蓋をすると仕上げに蒸す。これでしばらくすると完成だ。
 七輪の方も準備ができたようなので魚に串を通すと塩を振り丸焼きにする。

「どうやら実力は本物のようだね。その火入れ恐れいったよ」
「そっちこそ。独学でそれとはやるじゃねえか。流石の俺も焦ったぜ」
 
 どうやら実力は拮抗しているようだ。星野の実力は焼き肉屋でバイト経験のある大志が認めるほど大したものらしい。
 
 俺は玉ねぎ、ピーマン、鶏もも肉を串で刺すと七輪で炙る。
 と、目線を少し右にやると、先ほどのウサギが呼んできたのか、三匹のウサギがおすわりしながらきらきらした目でこちらを見ていた。

「しょうがねーな。人参と、キャベツも食べな。偏食は良くないぜ。俺はお前たちの、野生に身を置きながらもベジタリアンを貫くところをリスペクトしてるんだ。そのまま強く生きてくれ。でもたまには米も食っていいんだぞ」
 
 その後、続けて切った野菜を焼くと、仕上げに米を三角形にむすび、みりんと醤油をかけ、軽くこげつくまで焼き、焼きおにぎりを作った。そのタイミングであちらもすべての肉を焼き上げたようで、夕食にすることにした。

「さあ翼!どっちがうまい?まずは牛ヒレからいくか⁉」
「青井くん、大山君に肩入れしちゃダメだからね?公平に審査お願いね!」
 
 皿に盛って食事の準備をする前から二人とも鼻息荒く迫ってきた。

「わかったわかった。二人とも落ち着け」
 
 俺はまず大志の焼いた肉を食べる。

「ふむ」
 
次に星野の焼いた方を食べる。

「なるほど」
「この勝負、俺の勝ちだな。」
「「…」」
「青井くんバカなの?青井くんは隅っこで野菜焼いてただけでしょ?」
「それと魚だったか?お前野菜と魚が肉に勝てるとでも思っているのか?」
「お前らは何も分かっていない。いいからこの焼き串を食べてみろ」
「こんな小さな網で一体何が焼けるのさ?食べなくても分かるよ絶対わたむぐっ⁉」
 
 俺は口うるさい星野の口に、俺の焼いた玉ねぎ、ピーマン、鶏もも肉の焼き鳥を押し込んだ。

「なっ⁉こ、これは⁉」
「わかったか?」
「私の焼いた牛ヒレよりもおいしい!」
「そうだ。なぜだか分かるか?答えは単純だ。野菜が肉のアクセントになるからだ!野菜は王様なんだ。肉を食べるために野菜がおまけにあると思っていないか?違う。野菜を食べるために肉があるんだ。そして最後にこれを食え」

 俺は炊きあがったお米を箸でつまむと、星野の口に押し込んだ。

「むぐっ!これは!」
「そう。結局米なんだ。野菜が王様であれば米は将軍。この日本国において実権を握ってきたのは将軍だ。つまり俺たちは今日肉を食いに来たんじゃない。米を食いに来たんだ!」
「そして極めつけはこれ。七輪だ。小さいと思って敬遠することなかれ。今日一番の立役者はこいつだ。七輪は江戸時代から使われてきた歴史ある料理道具の一つ。こいつはバーベキューコンロよりも焼ける面積が小さくバーベキューコンロに負けがちだが、焼き肉屋でも多用され、バーベキューコンロよりも若干温度が高く旨味を閉じ込めやすい優れものなんだ。だからお前らがバーベキューコンロで焼いた牛ヒレ肉より、俺が七輪でじっくり焼いた串焼きの方がおいしいのさ!」
「「…」」
「なんか青井くん珍しく超しゃべるしテンション高くてうざいんだけど。それにバーベキューで肉が主役じゃないって意味わかんないもん。ていうか結局すごいの青井くんの腕じゃなくてご飯と野菜と七輪じゃん」
「それな。だがそう言うな。あいつはご飯のこととなると口うるさくなるんだ。特にお米のこととなるとな。だがここまでテンションが上がってよくしゃべる翼は初めて見たな。普段家に引きこもってるから、久しぶりの外でのキャンプにテンション上がってるんだろ」
「う、うるせーよ。結局、お米と野菜を蔑ろにして、俺に押し付けたお前らの負けだってことだよ!さっさと食べるぞ」
しおりを挟む

処理中です...