赤と青のヒーロー

八野はち

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第十八話 ヒーローとは

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 完全に風邪も治り、しばらく経った。
 放課後、俺たちは最早日課となったパトロールをしていた。すっかり秋も深まって、空気もより乾いてきた。
 隣から香ばしい匂いがしてきた。

「んー!この焼き芋おいしー!翼くんも半分食べる?さっき商店街のおじさんにもらったの」
「サンキュ。商店街はその後どんな感じなんだ?」
「木下商店街とお互い競い合って、どっちも味が向上して繁盛してるみたいよ」
「へえ。良かったよ」
「ところでお前、そろそろ俺の洋服返せよ。いつになったら持ってくるんだ」
「だめ。あの洋服は私の抱き枕にしてるの」
「人の洋服を勝手に枕にするんじゃねえ。下着も早く持ってこい」
「翼くんのエロ本と交換ならいいよ」
「あれは俺のじゃねえ。大志のだ!」
「はいはい。まったくムッツリなんだから」
 
 俺たちが並んで焼き芋を食べながら口論していると、道に迷っている人を見かけた。
 タウンアンドカントリーのマークが入った灰色のアンダーシャツに、緑色の色褪せたYシャツ、黒い半ズボン、島草履、無精ひげに、黒いハット帽が目元を覆っている格好に、銀色の十字架のマークのピアスをしている。年の頃は三十代前半から四十代前半にも見える。不思議な雰囲気を纏った男だった。
 男は地図を見ながら、道に立ち尽くし、首を傾げていた。

「あの、道に迷ったんですか?」
 
 茜が話しかける。

「んん?ああそうなんだ。実は道に迷っちゃってね。困ってたんだよ」
 
 男はまるで自分が道に迷っていたことなんて忘れていたかのように、飄々とした様子で答えた。

「良かったら案内しますよ。どこに行きたいんですか?」
「それは悪いよ。今僕がどこにいるのかと、そこからの道のりを口頭で教えてくれれば行けそうだからさ。知らないおじさんについて行っちゃいけないって教わらなかったかい?」
「困っている人は別ですよ。あんまり悪い人にも見えないし。ね、翼くん」
「いや、どうみても怪しいだろ。変な雰囲気漂わせてるじゃねえか」
 
 俺は小声で返す。

「そっちの少年は見る目があるねー。お嬢ちゃんはもう少し警戒心を持った方がいい。それともっと自分を労わってあげないと」
 
 男は地獄耳のようで俺の言葉が聞こえていたようだ。
 横を見ると茜の様子が少し変だった。意表を突かれたかのような顔で男を見ている。そんなに警戒心を持っていないことを気にしていたのだろうか。

「それで、どこへ行きたいんです?」
 
 俺は男に尋ねる。

「…この学校の近くにある病院に行きたいんだ」
 
 男はそう言うと地図を指さした。

「あれ、その学校俺たちが通ってる学校ですよ。病院も知ってます」
「俺たちが今いる場所がここなんで、ここからこう行くと行けますよ」
 
 俺が地図を指でなぞり道順を教える。

「ああなるほどね。そう行くのか。助かったよ少年。お嬢ちゃんもありがとね」
 
 男は先ほどから様子のおかしい茜に話しかける。

「え、はい。こちらこそ」
 
 茜は戸惑った様子でそう返した。

「それじゃあ二人とも、頑張ってね」
 
 男はそう言い残すと飄々とした足取りで行ってしまった。
 それにしても変な男だった。俺たちがパトロールしていることも知っていたのだろうか。まさかな。
 その後、俺たちは先日の公園に差し掛かった。もう十六時過ぎだというのに、遊んでいる子供は一人もいなかった。

「よし、翼くん。今日はパトロールはこれくらいにして超能力の練習にしよう」
「今日はどんな練習をするんだ」
「私に付いてきたまえ翼くん」
「まずはこれ、ブランコだ!」
「ブランコで何をするんだ?」
「いいかい翼くん。超能力を使える条件はね、子供であることだよ。大人の不純な心がある限り使えないんだ。だから今日は童心に帰って遊びまくる!そうすることで超能力が使えるようになるはずだ!」
「もうなんでもいいけどな」
「というわけで翼くん!どちらが遠くまで跳べるか競争だ!」
 
 俺たちはブランコに並んで座ると漕ぎ始めた。
 キィコキィコキィコキィコ。
 小学生以来乗るブランコは、あの時とは違い乗り心地が悪く、小さく感じた。
 対照的に茜は、本当に楽しそうに、無邪気に全力でブランコを漕いでいる。

「ねえ翼くん!超能力ってあると思う?」
「急にどうした。あると思うから練習してるんだろ?」
「うん!そうだよ!じゃあ宇宙人は?妖怪は?幽霊は?」
「なんだよ。全部妄言の類だと思ってるが」
「私はね、超能力も、宇宙人も、妖怪も、幽霊も、魂も、全部あると思う!」
「だって世界はこんなに広いんだよ?この世界にはきっと無限の可能性が秘められているんだ!私たちが知らない世界があって、そこにはきっと、私が探してるものが全部あるの!そんな気がする!だから私はいつかそこに行きたいんだ!」
 
 きらきらした瞳で茜はそう語った。

「だからいつか二人でそこに行こうね!」
 
 そう言うと茜は飛んだ。ブランコから身を投げ出し、前へ跳躍する。
 その姿は、どこまでも真っ直ぐで、無邪気で、純粋そのものだった。
 太陽の光が茜と重なり、まるで光を放っているかのように見えた。
 そのまま空に羽ばたき飛んでいくように思えた。
 しかし、やはり重力には勝てなかったようで、数メートル先に着地する。

「くそう。飛べそうな気がしたんだけどなー」
「翼くんもとびなよ!」
「ああ」
 
 俺は勢いよく茜の元へ飛んだ。
 つもりだった。しかし、無意識に自制してしまったようで、子供の頃のようにはいかなかった。茜の半分くらいの位置に立つ。

「もう、へったくそだなー」
「うるせえ」
 
 続いて、シーソーに乗る。
 俺が上に上がると、茜が下へ下がる。茜が上に上がると、俺が下へ下がる。ギッタンバッコン、ギッタンバッコン。交互に繰り返す。昔はこれが楽しかったというのだから不思議だ。

「そういえば翼くん。あのかっこいい変身ポーズってどうやって作ったの?」
「藪から棒に俺の黒歴史を掘り起こすな」
「えー、あれかっこいいじゃん!また翼くんがやるところ見たいなー」
「絶対やんねえ」
「ちぇっ、けちだなー」
「これじゃあかっこいいヒーローになれないよ」
「どういうことだ?」
「いい翼くん?ヒーローになるための条件は三つ!」
「一つ、誰かを守りたいという強い思い。二つ、愛と平和を求める正義の心。三つ、かっこいい変身ポーズだよ!」
「前二つはともかく最後の一つは要らねえだろ」
「何言ってるの⁉一番大事な要素だよ!」
 
 どこがだよ。

「でもね、翼くん。今言った条件を満たさなくてもヒーローはいるんだよ」
「どういうことだ?」
「大切な誰かを、何かを守るために、人知れず歯を食いしばって、踏ん張って、何かを貫こうと戦っている人たちは、私にとってはヒーローだよ」
「私はそういう人間でありたい」
 
 一言一言を噛みしめるように茜は言った。

「たしかにそれは難しいことだ。頭が下がるな」
「君だって…」
「俺だって、なんだ?」
「ううん、なんでもない」
 
 とその時、入り口近くから大きな声が聞こえた。

「あ!茜だ!」
「珍しい!誰かと一緒だ!」
 
 小学校低学年頃の男の子と女の子数人がこちらを指さし、近づいてきた。

「茜お姉ちゃんでしょ!翔太!」
「うっせー!いつも一人で可哀想だから遊んでやってるのに、もう遊んでやんないぞ!」
「遊んであげてるのはこっちだし!あ!何翼くんその可哀想な人を見る目は!今すぐやめて!」
「茜お姉ちゃんの彼氏なのー?」
 
 女の子が尋ねる。

「へっ⁉ち、ち、ち、違うよ!私たちはパートナーだよ!」
「それって付き合ってるってことだろ!茜はバカだなー」
「うぇぇっ⁉そ、そうなの翼くん⁉」
「違うだろ。俺はこのお姉ちゃんにこき使われていじめられているんだ」
「ちょっと、翼くん!人聞きが悪いこと言わないでよ!」
「このお兄ちゃん目つき怖―い!」
「陰湿そー。ムッツリだ!」
「茜の召使いってことは俺より下だな!」
 
 クソガキどもが。どこでそんな言葉覚えてきやがった。最近のガキには可愛げがないな。

「あはははは!翼くん、小さい子にもムッツリってバレてるじゃん!」
「どの口が言ってんだ。小学生に遊んでもらってるやつに言われたくねえよ」
「茜!今日も一緒に遊んでやるよ。今日こそはこびと捕まえるぞ!」
「まったく、しょうがないなー。ごめんね翼くん。付き合ってあげてね」

 そう言った割には茜の目はキラキラと輝いていた。精神年齢的に小学生と気が合うのだろう。それにしても小人とは案外可愛らしいではないか。
小学生のうちの一人がランドセルから一冊の大きい本を取り出した。

「こびと観察入門」と書いてある。
「今日はどのこびと捕まえる?私リトルハナガシラ飼いたい」
 
 虫か。

「じゃあなんか囮の虫必要だな!俺捕まえてくる」
「いやいや待て待て。こびとは虫食うのか?」
「なんだよ兄ちゃん知らねえのー?こびとづかん」
「なんだそれは」
「子供たちの間で流行ってるファンシーなこびとたちだよ」
 
 若干一名小学生ではないやつも混じっていたが気にしないことにした。

「どれ、見せてくれ」
 
 俺は少女にそのこびとづかんとやらを見せてもらう。
 するとそこには、ファンシーとは程遠い渋い顔をした変な格好のこびとが写っていた。

「なんだこの可愛さのかけらもない不細工なこびとは」
「何言ってるの翼くん!超かわいいじゃん!私もペットの代わりに飼いたいよ!」
「だからペットって。妖精みたいな扱いじゃねえのかよ」
 
 先ほど言っていたリトルハナガシラというこびとを見てみると、全身緑色で頭に花を乗っけていた。しかも性格は非常に獰猛で肉食なうえに、仲間内でも喧嘩が絶えず、群れのリーダーなどもいるらしい。
全然可愛くなかった。どんなこびとだよ。このなりで性格まで可愛くないってどんだけだよ。なんでこの子こいつ飼いたいんだ。群れとかリーダーとか最早野生動物じゃねえか。肉食なのも可愛くない。

「おい、こいつはやめてもっとましなのにしないか。ほら、このバイブスマダラなんて見た目はちょっとあれだが、温和で草食みたいだし、ほんわかしてて可愛らしいじゃないか」
「えー、まあ確かにリトルハナガシラは飼うの大変だから、別にいいけどよ。でもそしたら空き缶必要だから兄ちゃん飲み物買って来てな」
「まあしょうがない。ちょうど喉も乾いてたしな。俺だけ飲むのもなんだから全員分買ってくるか。何飲みたい?」
「えー!兄ちゃん太っ腹!」
「やったー!ありがとうお兄ちゃん!」
「じゃあ俺コーラ!」
「わたしポカリ!」
「茜。お前は?」
「え、私は悪いから自分の分出すよ。何なら私も一緒に行くよ。一人で持つの大変でしょ」
「一緒に来てくれるのはありがたいが、金は要らない。成り行きだ」
「そう?じゃ、頂こうかな。私メロンソーダ!」
 
 二人で遊具の裏にある自販機で小学生六人、俺と茜の分の計八本を購入する。ちなみに俺は麦茶にした。
 みんなが飲み物を飲み終わると、コーラの空き缶とメロンソーダの空き缶をつぶし、草むらに設置する。どうやら   この空き缶で演奏をしにやってくるらしい。意外と陽気だな。
 そして何やら演奏し疲れたバイブスマダラが寝るための靴が必要らしい。

「兄ちゃん言い出しっぺだから兄ちゃんの靴置こうぜ。大きいし」
「なぜ俺の…。まあいいが」
 
 俺は右足のスニーカーを脱ぐとバイブスマダラの餌たる草を詰め、空き缶の横に設置する。そして俺たちはそこから少し離れた草むらに隠れた。ここからバイブスマダラがやってくるのを見張るらしい。
 しかし、というか案の定、十分経っても二十分経ってもやって来ない。

「で、茜、いつやってくるんだ?」
「翼くんの靴が臭うんじゃないかな。こびとは繊細なんだよ」
「俺はお前の飲んだメロンソーダが気に入らないんだと見た」
「なんだとー」
「なんだよ」
「もうお兄ちゃんたち喧嘩しないでよ」
「バイブスマダラは音楽が好きだから、口笛と手拍子でおびき出そう!って書いてあるよ」
「ヒュヒュ♪ヒュ♪ヒュヒュ♪ヒュ♪」
 
 茜が急に口笛を吹き始めた。

「タタ♪タン♪タタ♪タン♪」
 
 ガキンチョたちが茜に合わせて手を叩き始める。

「…」
 
 みんなして俺を見つめてくる。

「翼くん」
「お兄ちゃん」
「兄ちゃん」
「悪いな俺はやらない。そこまでしてあのこびとは欲しくない」
「みんなかっこいい変身ポーズ見たくない?」
「えー!見たーい!」
「よっしゃ!なんとしてもバイブスマダラ捕獲して飼ってやるぜ!」
「ヒュヒュ♪ヒュ♪ヒュヒュ♪ヒュ♪」
「タタ♪タン♪タタ♪タン♪」
 
 そういうと俺は口笛を吹きながら、リズムに乗って手を叩き始める。
 覚えてろ茜め。
 みんなで単調なリズムを手と口とで奏でる。
 五分程経った時、近くのごみ捨て場を漁っていたカラスが一匹、空き缶の方へやって来た。すると、空き缶や地面をくちばしでつつき、その場所を荒らし始めた。

「あー!カラスが荒らしてる!」
「あっち行け!」
 
 ガキどもがカラスを追い払おうと脅かしに行く。
 しかし、そのカラスは太々しく、相手が子供だから気にもせず荒らし続ける。このままだとガキどもの方が怪我させられそうだ。
 そう思った俺が出て行こうとした時。
 急にカラスが苦しそうな鳴き声を上げると、その場から逃げるように去っていった。

「どうだ!参ったか!」
 
 いや、今のはこいつらにビビったんじゃなかった。他のなにかを嫌がって逃げたように見えた。

「なーもうこびと来ないし、待つの飽きたー。他の遊びしようぜ」
「そうだね、こびとは繊細だからなかなか人間の前には現れてくれないのかもね」
「じゃあ次鬼ごっこしようぜ!鬼ごっこ!」
「お、やるかい?いいよー」
「茜は手抜けよな!いつも大人げないんだよ」
 
 みんな次の遊びに移ろうとしている中で、俺は靴を拾いに空き缶のところに行ってみた。すると、カラスは靴に手は出していなかったのに、靴の中の草が半分ほど減っていた。そしてなぜかその靴はほんのりと温かかった。
俺は先程見た本のバイブスマダラのページを思い出していた。そこにはこう記されていた。
 バイブスマダラはカラスが嫌いで、カラスが嫌がる音を出す、と。

「まさかな」

  俺は空き缶を拾いごみ箱に入れると、ガキンチョどもの方へと歩いて行った。
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