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第5章 西と東の思惑
57話・敵に回したくない相手
しおりを挟む東京支社長と共に本社にやってきた伊賀里は客人である九里峯を引き連れてエレベーターに乗り、上の階にある営業部へと向かう。阿志雄は伊賀里の後ろに付き、さりげなく二人の会話に聞き耳を立てた。
「今から営業部のみんなに紹介しますね。司田辺部長は顔は怖いけど優しい人だから安心して九里峯さん」
「気に入っていただけるよう努力致します」
「支社長のお墨付きだし大丈夫だと思いますよ」
「ふふっ、だと良いんですが」
親しげではあるが、あくまでビジネス上の付き合いなのだろう。会話の内容は仕事に関わることばかりだ。これには阿志雄も安堵の溜め息をついた。
打ち合わせで客先に出ている者以外の営業部の社員が会議室に集められ、そこで伊賀里が九里峯を紹介した。
「九里峯リサーチの代表、九里峯 廉と申します。現在、株式会社ケルスト東京支社営業部と業務提携をさせていただいております」
「彼と組むようになって営業実績はかなり向上したんですよ。まだ期間は短いですが、昨年の同時期より成約件数が増えてますから」
用意された資料には過去の実績がグラフで表示されている。少し前まで東京支社に居た阿志雄はその変化がどれほど凄いことか分かった。この恩恵を東京支社だけでなく本社にも、と考えるのも頷ける。他の面々は提携内容について意欲的に質問している。
新規の顧客獲得のために様々な企業を回るのが従来のやり方だが、そこに九里峯リサーチが加わることで顧客のニーズや予算などの情報が事前に得られる。商談までのやり取りがスムーズになり、無駄な時間や人件費が抑えられる。
しかし、九里峯は信用出来ない男だ。
本社の社員食堂で使われる食材を数段劣る品に替える小細工。その指示を片桐に出したのは彼である。動機は全く分からないが、株式会社ケルストの本社に不利益を与えようとしたことは事実。一方で、東京支社に対して業績アップに貢献している。
食品偽装の件を糾弾しようにも証拠がない。あるのは実行犯である片桐の証言と彼女と一緒に写っているスナップ写真だけ。警察沙汰にしておらず、一部の社員以外はそもそも事件があったことすら気付いていない。片桐の狂言だと言われてしまえばそれまでだ。
「阿志雄さん」
端の席に座ったまま考え込む阿志雄に声が掛かる。顔を上げれば、にこやかに微笑む九里峯がすぐ側まで来ていた。
「東京支社の昨年度営業トップ、なんですよね。組む前に転勤されてしまって残念に思っていたんですよ」
「そうですか。タイミング悪かったですね」
「ええ、本当に」
笑顔の裏で警戒し合っていることに気付いているのは、恐らくお互いだけだろう。
「九里峯さんはこちらの地方は初めてですか?」
「下見がてら何度か来たことはありますよ。のどかで良いところですよね。料理は美味しいし、人も穏やかで」
「オレもそう思います」
世間話に乗じて探りを入れるが、平然と返される。こうしたやり取りにも慣れているようで表情ひとつ崩さない。
整った容姿と物腰、そして話術で人を魅了し、懐に入る。田舎女を騙すことなど、彼にとっては造作もないことだったのだろう。
仲良くするつもりは毛頭ないが、出来れば敵対したくないと阿志雄は思った。
本社営業部の面々に紹介を終え、業務提携の意志を確認し合ってから解散となった。早々に退室しようとする阿志雄を呼び止めたのは伊賀里だ。
「ねえ阿志雄くん、お昼一緒に食べない?久しぶりに本社の社員食堂に行きたいし」
「はいッ、お供します!」
伊賀里から誘われ、笑顔で即了承したが、すぐに後悔することになる。
「九里峯さんもご一緒にいかがです?」
「はい、是非」
「いいよね?阿志雄くん」
「も、もちろん大歓迎です……」
伊賀里の手前、断るわけにもいかず、愛想笑いで頷いてみせる。一番一緒に居たくない相手とランチを共にすることになり、阿志雄の胃がキリキリと痛んだ。
【九里峯リサーチ代表 九里峯 廉】
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