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【番外編】最終話以降のお話
10話・初めてのプレゼント
しおりを挟む「おかえりなさい。遅かったですね」
「すみません、急用があって」
定時で退勤した後、阿志雄は真っ直ぐマンションへは帰らず何処かへ出掛けて行った。「先に夕食を済ませてください」と言われていたにも関わらず、穂堂は食べずに待っていた。一人で食べても味気ないからだ。
いつもより遅い時間に食卓を囲む。何故か阿志雄がそわそわしているように見えて、穂堂は首を傾げた。
「口に合いませんか?」
「そんなことないです、めちゃくちゃ美味いです!」
「それなら良かった」
安心して微笑む穂堂を見て、なるほど、確かに以前より表情が豊かになったかもしれない、と阿志雄は妙に納得した。
食事と入浴を終え、あとは寝るだけとなった頃、阿志雄が改まって小箱を穂堂に差し出した。手のひらに収まるほどの小さな革張りのケースである。言われるままに受け取り、蓋を開けると、中には銀色に輝く指輪が入っていた。
「阿志雄くん、これは?」
「虫除けです」
「虫?」
何のことだかさっぱり分からず、穂堂はぽかんと口を開けた。阿志雄がケースから指輪を手に取る。平打ちで装飾のないシンプルなデザインの指輪だ。
「サイズは大丈夫だと思うんすけど」
そのまま穂堂の左手を取って嵌める。薬指にすっぽり収まった指輪に、阿志雄は満足そうに何度も頷いた。
「仕事中は邪魔になるかもしんないけど、出来るだけ身につけといてください」
「はぁ……」
突然のことに、穂堂は茫然と自分の左手薬指に嵌められた銀の指輪を見つめた。意図が全く分からず、また首を傾げる。
「なんだか結婚指輪みたいですね」
ぽつりと呟かれた言葉に、阿志雄が奇声を上げた。
「アッ違うんです!これ適当に買った安いやつで!ちゃんとしたのはまた今度買いますんで!」
珍しく慌てた様子で必死に弁解している。
この指輪は仕事上がりに近場のジュエリーショップで見繕ってもらったもので、ブランド物でも何でもない。いつかはペアリングを持ちたいと考えてはいるが今回とは別件。
それでも穂堂は嬉しかった。
「君がくれた初めてのプレゼントですから、大事にします」
一緒に住み始めてから様々な家具や家電などを買い揃えた。それらは生活必需品であり、個人的な贈り物は初めて。薬指に光る指輪をそっと撫で、穂堂は口元を綻ばせた。
「で、虫除けって何の話ですか」
「えーとですね……」
指輪を買うに至った経緯を説明すると、穂堂は感心したように薬指の指輪と阿志雄を交互に見た。
「なるほど。指輪をつけているだけでお誘いが減るというわけですか。パートナーがいる証になる、と。それは便利ですね」
「はい。だから、つけておいてくれますか」
「構いませんよ。でも、私からも条件があります」
「条件?」
まさか交換条件を出されるとは思ってもおらず、阿志雄は再び動揺した。
「君も指輪をつけてください。出来れば、営業先だけでなく社内にいる時も」
「へ?オレも?」
「ええ。どちらかといえば私より君のほうが声を掛けられていますから」
以前、阿志雄が別部署の女性社員たちから遊びにいこうと誘われている場面を目撃したことがある。やんわり断ってもしつこく食い下がられている様子を見て不憫に思ったものだ。
「君の指輪は私がプレゼントします」
「え、マジですか!」
結局、虫除け用の指輪を互いに贈り合うことになり、二人はプッと吹き出した。
それから数日後。
穂堂はまた取引先の担当者から声を掛けられそうになったが、さりげなく左手薬指の指輪を見せて相手がいることを匂わせた。
一方の阿志雄は、そう言った空気になる前に指輪を堂々と見せびらかし、惚気話をすることで他者の入り込む隙を無くした。
要らぬ誘いを断るにはパートナーの存在をアピールするのが手っ取り早い。まともな相手ならば察して自ら身を引いてくれる。
阿志雄が改めて鍬沢に礼を言うと、彼はフッと意地の悪い笑みを浮かべた。
「世の中には、他人のモノだから逆に欲しくなるって人種もいるんですよ。せいぜい気をつけてくださいね」
浮気や不倫を平気でするようなタイプには逆効果になる場合もあると脅すと、阿志雄はサーッと顔を青くした。その可能性は考えていなかったようだ。
(……アイツはどっちだろ)
ギャーギャー騒ぐ阿志雄を冷静に眺めながら、鍬沢は少し考え込んだ。
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