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最終章 幸せの選択
40話・誓いの言葉
あの後、ホテル特有の乾燥した空気に喉をやられそうになった俺たちはベッドから浴室に場所を移した。
熱い風呂から立ち上る湯気の中、気持ち良さそうに潤んだ瞳を細める伊咲センパイは最高にエロくて可愛かった。流石に声が響いてしまうため、浴槽に腰掛けた俺の上に向かい合わせの体勢で跨がってもらった。キスで互いの口を塞ぎながらの挿入、『恋人』って感じで癖になる。
一度目は性急になってしまったが、二度目はゆっくり時間をかけて丁寧に抱いた。大事に扱えば扱うほど伊咲センパイは可愛い反応を見せてくれる。それだけで俺の気持ちは満たされていった。
翌朝ホテルをチェックアウトした後は近場の名所を幾つか巡り、土産を買って帰路についた。
「あんまり体が辛くない」
帰りの新幹線の車内で、伊咲センパイが意外そうに呟いた。体に負担が掛からないよう回数を抑えた俺の理性の賜物である。褒めていただいて構わない。
「歩けなくなったら困ると思って」
「もう。『思いきり』って頼んだのは僕なんだから別に構わなかったのに」
言われた時はマジで理性が飛びかけた。よく我慢できたものだと自分でも思う。
「旅行楽しみにしてましたよね。いろんな場所を直接見て回りたかったんでしょ?」
「う、うん」
俺がそう言うと、伊咲センパイは頬を染めて俯いた。照れた顔が可愛い。満点。ここが新幹線の中じゃなかったらキスしてるところだ。
土産を詩音さんや千代田に渡し、旅行の話をする伊咲センパイは本当に嬉しそうだった。
最近色々なことが起きて慌しかったが、少しは気分転換できたみたいだ。
田賀を撃退して以降、新たに噂を流す奴はいなくなった。とはいえ、一年近く流布されてきたのだからすぐには無くならない。伊咲センパイは今まで通り人目を避けて大学生活を送っている。
「僕はもう慣れたし、獅堂くんと千代田くんがいるから平気だよ」
「伊咲センパイぃ」
「ほら、そんな情けない顔しないで」
俺が恋人だと公言しようかと提案したが、あっさり断られた。千代田曰く、忘れかけている頃に新しい話の種を蒔いてどうする、だと。確かに噂を風化させたいのなら放置が一番だとは思う。でも、ちょっと納得できない。やっぱり田賀をブン殴っておくべきだった。
時は流れて、クリスマス。
俺たちは現在小洒落たレストランの個室で食事を楽しんでいる。以前千代田に教えてもらった店だ。あの後すぐ予約を入れたおかげでクリスマス当日のディナータイム個室が取れたのである。
伊咲センパイは長めの前髪をピンで止めてワインレッドのシャツに細身のジャケットを羽織っている。すごく綺麗だ。迎えに行って玄関を開けた瞬間からドキドキが止まらない。俺とのデートのためにオシャレしてくれて、すごく嬉しい。
「なぁに? そんなにジロジロ見て」
「いや、見惚れてました」
「やだもう」
素直に白状すると、彼は真っ赤になった頬を両手で覆い隠した。俺の恋人が今日も最高に可愛い。
「これ美味しい」
「鴨のロティっすね。良い鴨肉とオーブンがあれば作れると思いますよ」
「オーブンかぁ。詩音のマンションにあったかも。一度も使ってないけど」
「じゃあ今度キッチン借りて作ってみますか」
店内に流れるクリスマスソングと美味しい料理に会話も弾む。
コース料理を食べ終え、皿は全て下げられた。食後のコーヒーを飲みながら向かいの席に座る伊咲センパイを見れば、俺の視線に気付いてニコッと微笑んでくれた。
クリスマスに大好きな恋人と過ごせるなんて、俺は幸せ者だ。願わくば、伊咲センパイも同じように感じていてほしい。俺と一緒にいて幸せだと思ってほしい。
個室の扉がノックされ、店員さんがデザートを運んできた。クリスマスディナーの締めくくりであるクリスマスケーキだ。そして、その皿と共に小さな箱がテーブルの中央に置かれた。店員さんが退室した後、伊咲センパイが箱を見て首を傾げる。
「これは……?」
手のひらに収まるくらいの小さな箱にはリボンが巻かれ、まるで綺麗にラッピングされたプレゼントのようだった。俺はその箱を手に席を立ち、伊咲センパイのそばへと歩み寄り、足元に片膝をつく。
「ちょ、えっ、獅堂くん?」
構わず箱に巻かれたリボンを解いた。
「伊咲センパイ、受け取ってください」
小箱の中身は指輪だ。
ふたを開けて中を見た瞬間、伊咲センパイは驚きで言葉を失っていた。しばらく固まった後、縋るような視線を俺に向けてくる。どうしたらいいかわからず戸惑っているのだろう。
俺は指輪を取り、伊咲センパイの左手を取った。真剣な眼差しで彼を真っ直ぐ見据える。
「なにがあっても伊咲センパイを悲しませるような真似はしないと誓う。だから、これからも俺と一緒にいてください」
誓いの言葉を告げながら、彼の左手の薬指に指輪を嵌めた。細い指に細い銀の輪が煌めく。自分の指にぴったり収まった指輪と俺とを交互に見てから、伊咲センパイは大粒の涙をこぼした。ひ、ひ、としゃくり上げ、それでも濡れた瞳を閉じずに指輪を見つめている。
泣きじゃくる伊咲センパイを宥めるため、俺はそばの椅子に腰掛け、自分の膝の上に彼を乗せて抱きかかえた。よしよしと頭と背中を撫で、ハンカチで目元を軽く押さえるようにして涙を拭く。ようやく嗚咽が収まった頃、伊咲センパイはおずおずと口を開いた。
「ごめん、びっくりし過ぎちゃって」
「いえ。落ち着きました?」
「もう大丈夫。だから下ろして」
は? 嫌だが?
個室なのを良いことに、俺はまだ伊咲センパイを抱えている。自宅アパート以外でベタベタできる機会はそうそう無いのだ。
俺から離れることを諦めたのか、彼は自分の左手薬指に嵌められた指輪を見下ろしながら小さく息をついた。
「プロポーズされたかと思って焦っちゃった」
「そのつもりですけどね」
「え、うそ」
驚いて振り向いた伊咲センパイに、ニコリと笑ってみせる。
「とはいえ、俺は学生なんでまだ結婚はできないんすけどね」
「そもそも男同士じゃ結婚できないからね?」
「わかってますよ。ただ先に覚悟だけは示しておきたかったんです」
「か、覚悟……?」
問い返す彼に大きく頷いてみせる。
「一生あなたを守り抜くっていう覚悟っすよ」
左手を手に取り、チュッと音を立てて指輪にキスをすると、伊咲センパイはまた顔を真っ赤にして狼狽え始めた。
「ぼ、僕なんかでいいの……?」
「伊咲センパイがいいんです」
きっぱり言い切る俺に伊咲センパイが抱きついてきた。ぎゅう、と背中に回された腕に力がこもる。彼の肩は小さく震えていて、また泣いているのだとわかった。
「うれしい。ありがと、獅堂くん」
どうやら了承してもらえたようである。
続けて、俺は更なる要望を伝えた。
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