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第11章 向き合う覚悟
76話・Fist bump
しおりを挟む茫然と立ち尽くす諒真に教皇が声を掛ける。
「間もなくルノーが戻ってくる。見つかれば拙いのではないか?」
「えっ……あ、ああ」
ここは結界に護られた大聖堂の最深部。
無断で侵入したことが明らかになれば、勇者一行のひとりだとしても良い顔はされないだろう。由宇斗たちに嘘を言わせてまで足止めをしてもらったのだ。下手を打つわけにはいかない。
転移で退室しようとして、諒真はハッと顔を上げた。まだ謎が残っていたからだ。
「ルノー様って一体何者なんですか。教皇サマもあの人の支配下にあるんですよね?」
「……ルノーが何なのかは分からない。十数年毎に代替わりをして顔と名を変えてはいるが、昔から大司教はルノーひとりで務めている」
「それって」
先ほどの教皇が『前の魔王を倒した後に悪しき感情が芽生えてしまい、ルノーが切り離してくれた』と言っていた。先代勇者一行が魔王を倒したのは百年前。名前は違えど、その頃からルノーは大司教だったということだ。
もしかしたら、昔からずっとハイデルベルド教国の大聖堂を支配し続けているのは──
「リョウマ、手を」
「は、はい」
手を差し出し、教皇の動かない手に重ねる。
小さな光がきらりと輝き、すぐに消えた。
「……さあ、早く戻るといい」
「わかりました」
手を離し、そのまま数歩後ずさる。
「色々ありがとうございました」
「構わぬ」
教皇は僅かに目を細めて微笑む。諒真も笑い返し、そして転移魔法で自分の客室へと戻った。
「諒真さん、うまくいった?」
「ああ、ふたりのおかげだ。そっちはどうだった?」
「ルノー様は私たちがこっちで住む屋敷を手配するって張り切ってたわ。立地や屋敷の内装の希望とか色々聞かれたの」
他に誰もいない時間を見計らい、諒真は再び由宇斗と将子を転移魔法で集め、情報交換をした。
「貴族の話は出てきたか?」
「ううん、全然」
「やっぱりな」
侍女や使用人に化けて近付いてきた貴族令嬢や子息は、深い仲になることで異世界に残留させようとするための手段に過ぎない。
勇者一行が自らの意思で異世界に残ると決めれば貴族の出る幕はない。大聖堂が名声と力を独占出来る。
当初、大聖堂と貴族は同じ目的のために協力しているように思えた。今になって思えば、そうせざるを得なかっただけで、実際は互いの出方を見張っているのかもしれない。
「ふたりとも、本気で異世界に残るつもりはないんだよな?」
諒真が問うと、由宇斗たちは肩をすくめた。
「あったりまえじゃん!絶対帰るよ」
「そうよ。ここには家族も友だちもいないもの。私は由宇斗をまだ誰にも紹介できてないわ」
「俺も将子を家族に紹介したいもん!」
異世界に残れば地位も名声もある。
なに不自由ない生活が約束されている。
でも、一番大切なものがない。
ふたりはそれをしっかりと理解していた。『魔王の呪い』の副作用で我欲が抑えきれなくなっていた頃ならば、きっと楽な道を選んでいただろう。
「やりかけのゲームとか続きが気になる漫画とかあるし。冬休み公開予定の映画も楽しみだし~」
「はは、なるほどな。納得できる理由だ」
元の世界にしかないものを指折り数える由宇斗の姿に思わず笑いが込み上げる。
「……諒真さんも、帰るよね?」
不意に、将子から尋ねられる。
大きな瞳に何か見透かされたような気がした。諒真はすぐに笑顔を取り繕い、両の拳を軽く掲げた。由宇斗たちも同じように拳を掲げる。
「当たり前だ。絶対に帰ろう」
「おうっ!」
「もちろんよ」
拳をぶつけ合い、三人は決意を固めた。
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