104 / 110
第14章 愚かで正しい選択
103話・解かれた呪縛
しおりを挟む「……あーあ。帰ってしまわれたわね」
揺れる馬車の荷台から遠去かっていく聖都ハイドラを眺めながら、ラミエナがぽつりと呟いた。御者台で手綱を握るのはイルダートだ。本来は一番下っ端のリエロの役目だが、彼は溢れる涙で視界を塞がれ、とても馬車を操れる状態ではない。荷台の片隅に腰を下ろし、膝を抱えている。
「リエロったら、リョウマ様のこと本気だったの?」
「……はい」
「わかるわよ。私もソウゴ様が好きだったから。ま、全然相手にされなかったけどね」
「そうだったんですか」
「悔しいけど仕方ないわ。ホントに住む世界が違うんだもの!」
「……ええ、本当に」
本来ならば存在すら知ることもなかった相手だ。顔を合わせ、言葉を交わせただけで奇跡。
リエロは諒真との出会いを後悔してはいない。少しでも関われたことを誇りに思っている。ただ、二度と会えないという事実だけが受け入れ難い。縋り付きたくなる衝動を抑え込むだけで精一杯で、別れの言葉もうまく伝えられなかった。
「ほら、いつまで感傷に浸ってるつもりだ!領地に戻ったら休みなく働いてもらうぞ。やらねばならぬことが山積みだからな」
「はいっ!」
わざと声を張り上げたハルクに肩を叩かれ、丸めていた背筋を伸ばす。涙で濡れた頬を袖で拭い、リエロはようやく笑顔を見せた。
「おまえまで残らなくても良かったのに」
「……貴方様をひとりで逝かせるわけにはいきません。私が巻き込んだのですから」
大聖堂の地下深くにある伽藍とした寝室。
寝台に横たわる教皇ザクルドは、そばに置かれた椅子に腰掛けている大司教ルノーに目線を向けた。
聖都から住民を退避させるために宣言した際と、勇者一行の送還に立ち会った際に無理をしたせいか、再び身体を動かすことが出来なくなっている。肉体の限界が近い。間もなく教皇の命は尽き、聖都ハイドラは崩壊するだろう。
「ルノーは何故不死に?」
「原初の竜の血を飲んだからでしょう。私が死に至るほどの怪我を負った際、彼が自分の血を飲ませて傷を癒やしてくれました。その時から私は老いず、死なない身体になったのです」
「原初の竜は、ルノーを不死の身体にしてしまったことを悔いて消えたのだろうか」
「今思えばそうかも知れませんね。とても不器用な方でしたから」
ふふ、と力無く笑うルノーの顔を見て、教皇も口元を緩めた。
「原初の竜はどのような方法で異種族間の争いを仲裁していたのだ?」
「彼はあらゆる種族の言語を話すことが出来たのです。意思の疎通が出来ずに行き違いばかりだったところに割って入り、通訳をしたんですよ」
「ほう!それはすごい」
「相手が何を主張しているか。望みはなんなのか。それさえ分かれば意外と争いは無くなるものなんです。ただ、人間だけは難しかったですね」
「だろうな」
他にも、竜が多種族の言葉を覚えた方法や祈りの間に飾られている像を作った亜人の話、様々な種族が人間に追われて別の世界に移住した話を聞いた。
教皇も生まれ育った世界の話をした。それと、共に戦った仲間であるヴェルム、マルディナ、カティオの話も。
「……長い間ずっと一緒に居たのに、こんな風に昔話をしたことはなかったな。もっと早く腹を割って話をしておくべきだった」
「そうすればより良い道が選べた、と?」
「いや、わたしひとりではきっと何も出来なかった。全てを知っても現状を壊す度胸はなかっただろう」
約百年ごとに繰り返されてきた筋書き。
何も知らずに歯車となった歴代の教皇たち。
現教皇ザクルドは諒真たちに賭け、この国がこれまで積み重ねてきたものを全て壊す道を選んだ。
「ああ、もう目が霞んできた。ルノー、早く聖都から離れるがいい」
「いいえ。ここに残ります」
「不死とはいえ痛みは感じるのだろう?ここは大聖堂の地下だ。崩れれば瓦礫の下敷きとなるのだぞ」
「分かっています。死ねない私は瓦礫の下で永遠にもがき苦しむことになるでしょう」
「ならば、何故」
「もう疲れました。命を永らえても再び心が歪むだけ。過ちを繰り返すより大聖堂に埋まりたいのです。……最後の教皇である貴方様と共に」
ルノーは手を伸ばし、ザクルドの手を握った。指先は冷たく強張り、ぴくりとも動かない。もっと温かい時に触れれば良かった、と悔やむ気持ちがじわりと滲む。
ザクルドには、竜の血にそこまでの効力があるとは信じられなかった。傷を癒やしたり多少寿命を延ばしたりは可能だろうが、効果が永遠に続くとは思えない。必ず限りがあるはずだ、と。
恐らく、ルノーを現世に縛っているのはルノー自身。自らに呪縛を掛け、死ねない存在と化してしまったのだろう。
「ルノーが自分を罰するというのなら、わたしがその罪を赦そう」
「え?」
「──ハイデルベルド教国現教皇ザクルド・ウォーゴールは、大司教ルノー・カイネンベルグ……バエルの犯した罪を全て赦す」
それはただの言葉のはずだった。
死ぬ間際の戯言のはずだった。
しかし、今この地には人々からの信仰心が集まっている。魔王が二度と復活しないという宣言により、ハイデルベルド教国のみならず周辺諸国に住む人々から、喜びと未来に対する希望が。魔王を完全に討ち滅ぼした勇者一行と教皇に召喚の力を与えてくれた原初の竜に対する感謝の心が。それらが合わさってザクルドの願いを叶え、不老不死の呪縛を解いた。
「……これで共に逝けるな」
「ええ。共に参りましょう」
泣き笑いの表情を浮かべ、長く白い髪を揺らし、ルノーは横たわるザクルドの胸元に縋り付いた。ザクルドの瞳から光が消え、身体から体温が失われた頃、聖都ハイドラを大きな地揺れが襲った。石造りの建物が地盤から崩壊していく。
落ちてきた瓦礫で地下の部屋は完全に埋まり、大聖堂はふたりが眠る巨大な墓標と成った。
11
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます
クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。
『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。
何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。
BLでヤンデレものです。
第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします!
週一 更新予定
ときどきプラスで更新します!
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
