106 / 110
最終章 その後の話
105話・大事な人
しおりを挟む「そんなに泣いて、こんなところまで来て。どうしちゃったんですか」
「悪い。完全に無意識で」
リビングのソファーに座らされ、温かい紅茶を出され、諒真は完全に戻りそびれてしまった。未だマンションの空間は歪められたまま、転移魔法の発動は抑え込まれている。
隣に腰掛けている創吾は機嫌が良い。穏やかな笑みを浮かべ、泣き腫らした目をした諒真を見つめている。
「これ飲んだらすぐ帰るから」
「ゆっくりしていけばいいのに」
「そういうワケにはいかないだろ。もうすぐ魔法は使えなくなるんだから」
「まあ、確かに」
異世界からの送還は諒真と創吾、そして教皇の魔力を用いたため使い果たしてはいないが、あと一回転移するくらいしか残っていない。教皇の命が尽きれば大聖堂が崩壊し、もう魔力は供給されなくなる。自然回復もせず、今ある魔力を使い切ったら終わりということだ。
「せっかくだから話をしましょうよ。帰る間際まで召喚魔法の習得や何やらでそれどころじゃなかったし」
「そうだな……」
話し足りないと思っていたのは諒真も同じ。SNSのトークルームで話せるとはいえ、あちらはアイコンと音声または文字のみ。今を逃せば直接顔を合わせて話せる機会はいつになることか。
「……僕は、君が異世界に残るつもりだったらどうしようかと心配でした」
寂しげな笑顔で創吾がぽつりと呟く。
「いや、無いだろ。第一、魔法が使えなくなったらオレなんか異世界で何の価値もないからな」
「そんなこと」
「謙遜でもなんでもねーよ。事実だ。戦うだけで、他は全部周りに助けてもらってたし、何の役にも立たない木偶の棒だよ」
「僕だって同じですよ」
「創吾は医者としての知識があるだろ。治癒魔法が使えなくても役に立てる」
例え異世界に残留したとしても、大聖堂が無くなれば魔法は使えなくなる。過去の栄光に縋ってチヤホヤされて生きていくという選択肢もあった。だが、そんな道は誰も選ばなかった。
創吾と違い、ごく普通の会社員である諒真は異世界で何も出来ない。
「魔法とか抜きにしても、リエロくんは諒真くんに残ってほしかったでしょうね」
「いや、駄目だろ」
「まだ若いけど、なかなか根性がある騎士でしたし、君ひとりを養うくらい喜んでやりそうでしたよ」
「それを言うなら、ラミエナだっておまえが居れば──」
「なんでそこでラミエナさんが出てくるんですか」
「おまえが最初にリエロのこと言ったんだろ!」
「だって、諒真くんが自分を卑下するから」
「オレのせいかよ!元はと言えばおまえが!」
徐々にヒートアップする言い合いの中で、互いに睨み合う。どちらも譲らぬ姿勢を見せるが、先に諒真が折れた。小さく息をつき、ひらひらと手のひらを翻し、気持ちを落ち着けるように少しぬるくなった紅茶をひと口飲む。
「やめやめ。せっかく帰ってきたのに喧嘩なんかアホらしい。オレたちは元の世界を選んだんだからさ」
そう。
勇者一行は元の世界を選んだ。
家族や友達、大切な人がいるから。
「あの、」
先ほどまでの言い争いが嘘のように、創吾が重い口を開いた。視線をそらし、膝の上で組んだ指を頻繁に組み替えている。
「……諒真くんは、こっちの世界に大事な人がいるんですよね。……それって恋人だったりします?」
「は?」
突然の問いに、諒真は目を見開いた。
「なんだよ急に。……あー、そういや、そーゆー話も全然してなかったもんなぁ」
頭を掻きながら、諒真は照れ臭そうに口元を綻ばせた。
「いるよ、大事な人」
この言葉に、創吾は自分の心臓が杭で貫かれたかのような痛みを感じた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
