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19話・背中を押す言葉

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 私の言葉はきちんと伝えられたようで、仕事のある日はリオン様が別邸に来なくなりました。ただでさえも少ない彼との時間はほぼ無くなり、安心したのと同じくらい寂しさを感じております。

「フラウお嬢様ぁ、大丈夫ですかぁ?」
「……え、ええ。ごめんなさい」

 昼下がり。陽の当たる窓辺で刺繍を習っている最中、ボーっとして手が止まった私にルウが声を掛けてきました。

 向かいに腰掛ける老メイドも気遣わしげな目を向けてきます。彼女は手にしていた刺繍枠と針を置き、席を立って私に寄り添ってくれました。

「環境が変わると心身ともに疲れてしまいますよね。あれやこれやと考えて、今の自分ではどうにもならないことまで悩んだり、悔いたり」
「……ええ」

 シワだらけの細い指が、刺繍針を持つ私の右手に添えられました。少しカサついた温かな手の優しさが心地よくて、そのまま黙って耳を傾けます。

「どれだけ心の中で葛藤しても、現実には何も変わりません。でも、指を動かせば布に綺麗な模様が生まれます。この小さな針でさえ、動かし続ければいずれ素敵な刺繍が出来上がるのですよ」

 老メイドの声は風のない日の湖面のように穏やかで、それでいて重ねてきた年月の重さを感じさせるものでした。

 悩むだけでは現実に何の変化も起きないとよく知っております。だからこそ、私は事態を変えるために行動を起こしたのですから。

「あなたはとても不思議なかたね」
「どこにでもいる普通の婆ですよ」

 ようやく笑顔を見せると、ころころと笑いながら老メイドは自分の席へと戻りました。そして再び慣れた手付きで針を刺していきます。その見事な腕前に、ルウと二人して感嘆の息を漏らしました。

「私もいつか綺麗な刺繍が刺せるようになるかしら」

 羨むような私の発言に気を悪くすることもなく、老メイドは声を上げて笑い出しました。

「うふふ、わたしがお嬢様くらいのころは指に針を刺してばかりでしたよ」
「まあ、本当?」
「本当ですとも。ですから、お嬢様のほうが筋がよろしゅうございます」
「そ、そうかしら」
「そうですとも」

 おだてられているのだと分かっているのに何となく前向きな気持ちになってしまうのは、この老メイドの人柄に依るものかもしれません。

 もともと私は自分で状況を打破するために別邸ここにやってきたのです。わけも分からぬまま閉じ込められて、事態が収まるまでじっとしているだけなんて私らしくありません。

「次に来たら白黒はっきりさせてやりますわ!」

 急に闘志に燃え始めた私を見て、老メイドは嬉しそうな、ルウは呆れた表情を浮かべております。

「お嬢様がお元気になられたようでよろしゅうございました」
「フラウお嬢様がやる気を出すとロクなことにならないんですけどぉ~」
「あらまあ、うふふ」

 なごやかで有意義な時間を過ごしていると、にわかに表が騒がしくなりました。何事かと窓から外を覗くと、どなたかが訪ねてきたようです。

「あら、あれは……」

 立派な馬に跨った、略式武装した青年です。騎士には見えませんから、おそらくどこかの貴族でしょうか。彼の周囲にはお付きの兵らしき男たちの姿もあります。

 訪ねてきた青年は馬に乗ったまま、近くの植え込みで作業していた庭師に声を掛けています。随分と高圧的な態度に見えますね。何を言われたか分かりませんが、庭師が随分と怯えております。

 あっ、庭師が小突かれましたわ!
 どうしてそんな酷いことを!

 思わず窓に張り付いてしまいました。

「お嬢様、わたしが様子を見て参りますね」

 そう言って席を立とうとする老メイドの手を掴み、引き止めます。にこりと笑ってみせると、老メイドは驚いたように目を見開きました。

 現在この別邸にはリオン様と従者のダウロさんはいらっしゃいません。いるのは年老いたメイドとコック、侍女のルウ、通いの庭師のみ。

「私が対応いたします」

 貴族令嬢である私が前に出れば、あの者も失礼な態度は取らないでしょう。少し怖いですけれども、みなを守るためです。
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