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第8話 伝わる言葉と増える疑問
しおりを挟む『私はジークヴァルトだ。みなに伝えたいことがある』
「私はジークヴァルト。みなに伝……えっ!?」
私の言葉を復唱している途中、ティルナが顔色を変えた。同時に、この場にいる者たちの空気が変わる。真っ先に動いたのは警備隊のフレッドだ。彼は一瞬で距離を詰め、ティルナの首に鞘ごと剣を突きつけた。眼帯に覆われていないほうの目が吊り上がり、ティルナを睨んでいる。
「誰の名を騙ってくれちゃってるんスか」
「ち、違います。アタシは頼まれただけで……」
「誰に頼まれた? よりによって、こんな時に!」
先ほどより強い怒気と殺気に気圧されて涙目になっていたティルナだったが、問われてハッと顔を上げた。浮いている私を見つけた彼女は抗議の目で睨みつけてくる。
「あなたが王様なんて聞いてませんけど!」
『すまん。うっかりしていた』
そう、私はティルナに自分が誰なのかをきちんと話していなかった。初対面の時に『王様みたい』と言われたこともあり、てっきり知られているものだと思い込んでいたのだ。どこの誰かも知らん幽霊の頼みを聞いてくれた彼女に対して礼を欠いてしまった。
何もない場所に向かって必死に抗議するティルナの姿に、ディーロが首を傾げる。虚言や詐称ではなく、別の理由があるのではないかと気付いてくれたようだ。
「君は一体……」
「気でも触れたんスか?」
私の姿は彼らには見えないし、声も聞こえない。何かを伝えるためにはティルナの協力が必要不可欠だが、ティルナの言葉を聞いてもらえなくては意味がない。きちんと策を考えてから行動すべきだったか。困った時はいつもローガンに頼りきりだからウッカリしていた。
「お待ちくださいディーロ様、フレッド様。ティルナは私の友人です。身元は私が保証いたします!」
緊迫した空気を打開してくれた人物は、女官のエルマである。彼女はティルナとフレッドの間に割り込み、毅然とした態度で訴えた。フレッドは不服そうに舌打ちをした後、数歩下がって二人から離れた。
「エルマ、どういうことです」
「ヴィリカ様」
女官長ヴィリカに問われたエルマは彼女に向き直って口を開いた。
「実は、私の友人ティルナは幼い頃から普通の人には見えない存在……いわゆる幽霊が見えるという特異体質で」
「なんと、誠ですか」
「はい。ティルナは私たちには見えない何者かに頼まれてここまで来た、と」
女官長に説明する途中、ティルナに視線を向けて確認を取るエルマ。ティルナは青い顔のまま、ぶんぶんと首を縦に振って肯定した。
「では、さきほどの話が真実だとするなら……」
「この場にジークヴァルト陛下の幽霊がいらっしゃるということになりますね」
「なんだと?」
ようやくこの場にいる者たちが私の存在に気が付いた。しかし、目に見えないものを易々と信じるほど警戒心は薄くない。再びフレッドがティルナに詰め寄り、問い詰める。
「見えぬものを見えると称してオレらを騙そうってか!」
「ち、違いますぅ!」
「我が国の一大事にふざけたことを抜かすな!」
「なんなんですか、一大事って!」
涙目で反論するティルナの言葉に、その他一同がぴたりと固まった。そして、互いに顔を見合わせる。
「……まさか、陛下の崩御を知らないんスか」
「し、知らないですぅ!」
しばし沈黙が場を支配する。困惑したフレッドがディーロに視線を向ければ、彼は顎に手を当てて難しい顔をしていた。
「陛下の訃報は王宮内でも居住区の、更に一部の者しか知らない。情報の統制もしている。そして、陛下の死から現在に至るまで誰一人として居住区から外には出していない。つまり、行政区で働いている彼女には知る由もない」
「では、まさか本当に……?」
ディーロの指摘通り、国王である私の死は国内のみならず近隣諸国にも影響を及ぼす重大な事件である。詳しい死因や犯人の特定に至っていないため、まだ公表していない。図らずもティルナの能力の裏付けとなったわけだ。
「陛下、陛下はどこっスか?」
「なんと仰られているのですか」
フレッドに肩を掴まれ、女官長ヴィリカから尋ねられ、ティルナはエルマに助けを求めた。本来ならば直接関わることのない役職の者たちに囲まれ、緊張しているらしい。
『ティルナ、落ち着け。彼らはようやく話を聞く気になってくれたようだ』
「そ、そうなんですね」
『とりあえず場所を変えよう。応接の間か私の部屋に通すよう伝えてくれ』
「わかりました」
ティルナを通じ、場所を応接の間に移すよう指示を出した。
その間に女官長が連絡を入れて宰相ローガンも駆け付ける。軽く説明を受けたローガンは他の者とは違い、戸惑う素振りさえ見せない。相変わらず冷静沈着な男である。
「ジークの、いや陛下の幽霊が我々に何かを伝えに来たと言うのだな。理解した」
「宰相閣下は話が早くて助かります」
ちらりとフレッドを横目に見ながらエルマが笑顔で応じた。当てこすられたフレッドは小さく舌打ちをこぼし、ディーロから小突かれている。
「で、陛下はなんと?」
ティルナに復唱してもらう形で、私は自分の訴えたいことを彼らに伝えた。
犯人の狙いは私だけでなく王妃アリーラや世継ぎのディアトに及ぶ可能性と、我がロトム王国に迫る滅亡の危機を。女神アスティレイアの存在や、私が生き返る可能性については現段階では伏せておく。これ以上事態を複雑にしたり、期待させておいて落胆させたくはないからだ。ただ、遺体の埋葬や葬儀に関しては念のため猶予をもらうことにした。
私の話を聞き終えた一同は、それぞれ異なる反応を見せている。
「王妃様と殿下には女官と警備兵を複数名ずつつけております。とても気落ちしていらっしゃるので、決して一人にしないようにと」
言わずとも、女官長は気を配っていてくれた。私の死因が毒殺ではないかという疑いがあり、原材料から厨房での調理、配膳に至るまで普段以上に厳重に管理しているという。
「衛兵から下働きの者も含め、王族の居住区からは誰も外に出ておりません。犯人がいるならば、まだ内部にいるものと思われます」
警備関連の報告はディーロから。先ほども聞いたが、私が倒れた時点で警備が厳戒態勢になっている。ティルナ以外に外部からやってきた者は招き入れておらず、また中にいた者は外に出していないらしい。アストとサヴェルは行政区にいたが、彼らは警備兵に見つかることなく移動できる。除外しても良いだろう。
「我が国滅亡の危機とやらが一番ピンと来ませんね。先代の頃ならともかく、陛下のおかげで国内情勢は安定しております。戦後の復興もほぼ完了し、近隣諸国との関係も良好ですが」
国の情勢について語るローガン。彼の助けもあり、先代国王により引き起こされた戦争の後始末は順調に進んでいる。内政も外交も問題ないと私も考えている。
では、女神の言葉は何を指しているのだろうか?
みなに問えば何か分かるかもしれないと期待していたが、宰相であるローガンですら我が国滅亡の原因など見当もつかないという。
どうしたものかと悩んでいると、不意に何かに呼ばれた気がした。これは最初に女神に呼び出された時の感覚によく似ている。まだ時間の猶予はあるはずだが、もしやまた女神が私を呼んでいるのか?
「王様、体が薄くなってますよ」
『なに?』
ティルナに指摘され、慌てて自分の姿を見下ろしてみると、確かに手足が透けていた。実体はないが、自分の姿はちゃんと見えていたはずなのに。
『ティルナ、私は神殿に……』
女神からの呼び出しだと思い、行き先をティルナに告げている最中に大きく視界が揺れた。無理やり転移させられたのだ。
しかし、次に私の目に映った光景は神殿ではなく見知らぬ部屋の中だった。
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