【完結】我が国はもうダメかもしれない。

みやこ嬢

文字の大きさ
21 / 30

第21話 深夜の仮眠室 1

しおりを挟む

 禁呪に縛られている私はティルナからあまり離れられない。幽霊には睡眠は必要ないので夜は特にやることはないのだが、かと言って自由に動き回れるわけでもない。

 エルマとティルナの寝顔を眺め続けるのも悪い気がして、私は仮眠室の壁をすり抜けて廊下に出た。等間隔にランプが灯され、夜中でも暗くはない。時折王宮警備隊の隊員が見回りに来るくらいで滅多に人は通らない。

 しかし、一人の青年が仮眠室の前で待ち構えていた。

『アストじゃないか』
「陛下」

 私が声を掛けると、壁に背を預けて立っていたアストがパッと顔を上げた。いつから廊下にいたのか、彼の服装は先ほど解散した時とあまり変わっていないように見える。

『どうした、何か急ぎの用か?』
「や、違うけど……」

 夜の廊下は声が響く。アストはバツが悪そうな顔で呟いた。

『食事は済ませたか? 風呂は?』
「携帯食は食べた。いちおう軽く汗も流してきた」
『では休め。眠らなくては身がたんぞ』
「オレもともとそんな寝なくて平気だから」

 全ての問いに律儀に答えてくれるアスト。彼はまだ二十代前半。多少の無茶は若さで乗り越えられるのだろう。

 私は三十路手前辺りから徹夜が出来なくなった。最近は八時間寝ないと昼間の仕事に支障が出る。効率よく公務をこなすには睡眠が必要ない幽霊が一番良いのかもしれない。いや、幽霊はほとんどの者には姿が見えないし物にも触れない。書類に署名すらできない。やはり早急に生き返らねばなるまい。

『横になるだけでも体が楽になる。寝てくるといい』
「でも」

 アストはまだ 仮眠室前ここから立ち去る気はないようだ。朝まで暇を持て余している私には話し相手になってくれるのは嬉しいが、明日も色々やらねばならないことがある。アストが寝不足でいつものように動けないようでは困るのだ。

「じゃあ、添い寝してくれたら寝る」
『うん?』

 アストはティルナたちが使っている部屋の隣の扉を指差した。隣も仮眠室だが誰も使っておらず、外側から施錠されている。アストは後頭部で括られた自分の髪の束に手を突っ込み、細い金属棒を取り出した。手のひらに収まるくらいの、妙な形状をした針金のようなものだ。それを扉の鍵穴に差し込み、手早く動かすと、カチッと小さな音と共に鍵が開いた。

「ここ使わせてもらお」

 金属棒を再び髪の中にしまい直してから、アストが扉を開けて中へと入っていく。仮眠室の造りはどれも同じで、家具の配置もほぼ変わらない。

「陛下が見張っててくれなきゃ寝ない」
『……仕方のない奴だな』

 隣の部屋側の寝台ならばギリギリ禁呪の効果範囲内となる。私が寝台の上に浮いていると、仰向けに寝転がったアストに手招きされた。

「もうちょい添い寝っぽくできない?」
『そうは言っても、枕や毛布をすり抜けてしまうからな』
「なんとか頑張ってよ」

 見た目だけならそれっぽく出来ないこともないが、姿勢制御だけで私の精神が擦り切れてしまう。浮いているほうが気が楽なのだが、アストの残念そうな顔を見ると嫌とは言えない。眠るまでの間だけ、一緒に寝台に横たわる体勢を維持することにした。

「へへ、こうして陛下と寝るの久しぶりだ」
『そうだな。あの頃のアストはまだ子どもだった』
「嬉しい。もったいないから寝たくない」
『寝ないのなら私は隣の部屋に戻るぞ』
「あっあっ、ウソですごめんなさい!」

 本当に嬉しそうな顔でアストは私に笑いかけた。成人の歳を迎えてもまだまだ幼い子どものようで微笑ましい。

 アストとサヴェルは孤児だ。王都にはかつて貧民街があり、親のない子どもが徒党を組んで盗みを働いて暮らしていた。中でもアストは異国の血が混じっているからか身のこなしが軽く、孤児たちを取りまとめる立場にいた。だが、先代国王が素質のある子だけを集め、使い捨ての駒として教育した。潜入調査や暗殺任務に十にも満たない子どもを使う非道なおこないを知り、私は先代国王を廃すると決意した。

 保護した直後のアストは普通の食事を受け付けなかった。毒の耐性を付けるため、毒入りの食材ばかりを食べさせられていたからだ。サヴェルは夜の闇の中でも動けるように一切光が入らない部屋に閉じ込められていたせいで昼間の陽光を酷く嫌った。どちらも暗殺任務に特化した道具を効率よく作り出すための教育だった。

 今のような普通の暮らしができるようになるまで数年かかった。安心させるために同じものを食べ、同じ寝台で眠った。ローガンからは「甘やかし過ぎだ」と反対されたが、私はやめなかった。

 アストが「オレたちを使ってください」と自ら申し出てくれたのはいつだったか。どこへでも自由に行けばよいと言っても聞かないので、仕方なく諜報部を設立した。先代国王によって無理やり習得させられたとはいえ身に付けた技能に罪はない。流石に暗殺は頼まないが、情報収集などで役に立ってくれている。

「……陛下、守れなくて、ごめん」

 うとうとしながら、消え入りそうなほど小さな声でアストが呟く。食事に混入された毒に気付けなかった件をずっと悔やんでいるようだ。

 撫でてやろうと手を伸ばすが、やはりすり抜けるだけだった。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています

八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。 そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

もう殺されるのはゴメンなので婚約破棄します!

めがねあざらし
BL
婚約者に見向きもされないまま誘拐され、殺されたΩ・イライアス。 目覚めた彼は、侯爵家と婚約する“あの”直前に戻っていた。 二度と同じ運命はたどりたくない。 家族のために婚約は受け入れるが、なんとか相手に嫌われて破談を狙うことに決める。 だが目の前に現れた侯爵・アルバートは、前世とはまるで別人のように優しく、異様に距離が近くて――。

伯爵家次男は、女遊びの激しい(?)幼なじみ王子のことがずっと好き

メグエム
BL
 伯爵家次男のユリウス・ツェプラリトは、ずっと恋焦がれている人がいる。その相手は、幼なじみであり、王位継承権第三位の王子のレオン・ヴィルバードである。貴族と王族であるため、家や国が決めた相手と結婚しなければならない。しかも、レオンは女関係での噂が絶えず、女好きで有名だ。男の自分の想いなんて、叶うわけがない。この想いは、心の奥底にしまって、諦めるしかない。そう思っていた。

当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音
BL
箱入り公爵令息のエリアスは王太子妃候補に選ばれる。 キラキラの王太子に初めての恋をするが、王太子にはすでに想い人がいた・・・ 僕は当て馬にされたの? 初恋相手とその相手のいる国にはいられないと留学を決意したエリアス。 そして、エリアスは隣国の王太子に見初められる♡ (第一部・完) 第二部・完 『当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている』 ・・・ エリアスとマクシミリアンが結ばれたことで揺らぐ魔獣の封印。再び封印を施すために北へ発つ二人。 しかし迫りくる瘴気に体調を崩してしまうエリアス…… 番外編  『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子の胸に抱かれる』 ・・・ エリアスを当て馬にした、アンドリューとジュリアンの話です。 『淡き春の夢』の章の裏側あたりです。 第三部  『当て馬にされた公爵令息は、隣国の王太子と精霊の導きのままに旅をします』 ・・・ 精霊界の入り口を偶然見つけてしまったエリアスとマクシミリアン。今度は旅に出ます。 第四部 『公爵令息を当て馬にした僕は、王太子といばらの初恋を貫きます』 ・・・ ジュリアンとアンドリューの贖罪の旅。 第五部(完) 『当て馬にした僕が、当て馬にされた御子さまに救われ続けている件』 ・・・ ジュリアンとアンドリューがついに結婚! そして、新たな事件が起きる。 ジュリアンとエリアスの物語が一緒になります。 エリアス・アーデント(公爵令息→王太子妃) マクシミリアン・ドラヴァール(ドラヴァール王国の王太子) ♢ アンドリュー・リシェル(ルヴァニエール王国の王太子→国王) ジュリアン・ハートレイ(伯爵令息→補佐官→王妃) ※たまにSSあげます。気分転換にお読みください。 しおりは本編のほうに挟んでおいたほうが続きが読みやすいです。 ※扉絵のエリアスを描いてもらいました ※のんびり更新していきます。ぜひお読みください。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...