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第26話 女神との対話
しおりを挟むティルナから真実を突きつけられ、みなの意見を聞いた瞬間、衝撃が走った。強い力で引き寄せられているのに禁呪に縛られていて動けない。引く力と留める力に挟まれて、実体を持たない幽霊だというのに体がズタズタに切り裂かれるような感覚に襲われた。
『く、苦しい。これは一体……』
突然苦しみ始めた私に一同騒然とするが、クレイがいち早く原因に気が付いた。ティルナに駆け寄り、禁呪の布ともがく私を交互に見ている。
「どうやら女神が陛下を呼んでいるようです。しかし、禁呪の効力で身動きが取れないのでしょう」
「じゃあ早く神殿に行かないと!」
「いや、間に合わない。このままでは陛下の魂は引き裂かれてしまいます」
「ど、どうすればいいんですか大司教様ぁ!」
慌てるティルナの声が聞こえる。眼下には戸惑うみなの姿があるが、視界がかすんでよく見えない。
このまま本当の死を迎えるのかと覚悟を決めかけた時、何者かが勢い良く禁呪の布を切り裂いた。迷いのない行動、華麗な鋏さばき。その猛々しい輪郭だけで誰か分かる。
『女官長……ありがとう』
「当然のことをしたまででございます」
家臣たちの中で唯一の既婚者、女官長ヴィリカの素早い決断と行動により、魂が引き裂かれる前に私は女神の下へと呼び寄せられたのである。
昼間にも関わらず陽が入らず薄暗い石造りの建物の中、精緻な彫刻が施された高い天井から眼下に並ぶ椅子や祭壇。見慣れた光景に、私は安堵の息をついた。
『女神よ、もう少し穏便に呼んでくれぬか』
──あなたが真実に辿り着いたら神殿に戻るよう事前に指定しておいただけよ。苦しめるつもりなんかなかったんだけど。
虹色に輝く長い髪に真珠のような白く滑らかな肌、豊満な肢体を持つ美しい女性が祭壇の上に浮いていた。我が国の護国神、愛と平和を司る女神アスティレイアである。
『神殿に招いたということは、私はついに真実に辿り着いたのだな』
──ええ。多少遠回しになっちゃったけど、実際に自分の目で見たほうが実感がわくかと思って。
確かに、死んだ直後に女神から伝えられたとしても一笑に付していただろう。まさか主だった家臣たちから恋愛感情を抱かれているとは死ぬまで知らなかったのだから。
『我が国が滅亡する主な原因は戦争や災害などではなく、優秀な家臣たちが軒並み結婚せず子孫を残さないことで起こる深刻な人材不足というわけか』
──男同士の恋愛も悪くはないんだけど、子孫を残せないっていう点だけはどうしようもないのよね。愛だけでは乗り越えられない壁って存在するのよ。
『愛と平和の女神の加護でなんとかならないだろうか。ほら、ええと、良縁を運ぶとか』
私の提案に、女神は美しい顔を不快そうに歪めた。
──本人が望むなら叶えてあげたいところだけど、彼らがわたしに願うとしたら『大好きな陛下と結ばれたい』だけだと思うわよ。ちなみに、何人かは既に願っているわ。大司教は朝晩願ってるわね。
クレイ、仕事中に個人的な祈願をしていたのか。
『原因はよく分かった。それで、私は一体どうすれば良いのだ』
──あなたに幻滅させて他の人に目がいくよう仕向けるか、なんかこう良い感じに説得するか、とにかく子孫を残す方向に考えを改めさせてほしいところだわ。
『果たして簡単に考えを変えてくれるだろうか』
正直なところ、彼らの気持ちを聞いてから過去を振り返ると、色々なことが腑に落ちた。みな私に必要以上に尽くしてくれた。もちろん愛国心や忠誠心もあるだろうが、それ以上に私個人に対する愛情があったのだ。個人の感情、しかもかなり拗らせているものをどうこう出来るとは思えない。
──本当はね、あなたをこのまま死なせてしまったほうが良いのではないかと考えていたのよ。
女神の声色が急に冷たくなった。ぞわりと恐怖が背を這い上る感覚に襲われ、口をつぐむ。
女神は我が国を守護する存在であり、私だけを守護してくれる存在ではない。私一人を切り捨てることで国が繁栄するとすれば、迷わず切り捨てるだろう。
──でもね、ちょっと遅かったみたい。今あなたが死んでしまえば、彼らはみな後を追うか、生涯あなたとの思い出に浸って閉じ篭もってしまう。どちらにせよこの国の滅亡への道筋は回避できそうにないのよね。だったら、少しでも可能性があるほうに賭けるしかないのよ。
先代国王を廃さず放置していれば、少なくともロトム王国は存続できた。だが、国民は傷付き、疲弊していくばかり。私が即位しなければ良かったのか、誰か代わりを立てて……今となっては考えても仕方のないことだ。
どこか諦めたような、この先の展開を悟りきったような憂いを帯びた表情を浮かべ、女神は私を見つめている。
『では、私は……』
──約束は一応果たされたもの。あなたの在るべき場所へと還すわ。じゃあね。
女神が言い終わると同時に全身が強い力で引っ張られるような感覚に襲われたが、先ほどとは違って苦しさは全く感じなかった。
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