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第44話 隠伏する襲撃者
しおりを挟む作戦は一旦中断。他の隊員たちには休憩をとってもらい、サイラスたちはリアンを連れて仮設拠点へと戻った。
天幕の中に寝かせるが、リアンはまだ青い顔でぐったりしている。何度呼び掛けても苦しそうに呻くばかりで返事はなく、額には脂汗がにじんでいた。
「リアンさんは魔力操作が出来ますよね。先ほどはエルガー隊長の危機に反応して、咄嗟に魔獣から魔力を抜き取ったようです」
「魔獣から魔力を?」
ラドガンは魔法特化型のため魔力を感知する能力に長けている。エルガーとアシオスの身に危険が迫っていると知ったリアンが何をしたのか、少し離れた場所から一部始終を見ていた。
「そういえば、オレこの前リアンさんに教えたんだよ。魔獣は魔力を宿した動物だって」
「ヴェントから聞いた話を覚えていて、無意識のうちに魔獣を無力化するために魔力を奪ったのでしょう」
リアンは魔法が一切使えない代わりに遠隔での魔力操作が可能。これまでは自分が生み出した魔力しか操った経験はなかったが、鍛えれば他者から魔力を奪うことも出来るのかもしれない。
「例え対象が魔獣だろうと、魔力を操作しただけでこんなに体調を崩すものなのか?」
「魔獣から抜き取った魔力をそのまま自分の中に取り込んでしまったのでしょう。今の状態は魔力中毒ですね。叔母上から聞いた症状とほぼ同じですから」
孤児院での魔力中毒事件をきっかけに、ドロテアはリアンに興味を抱いた。ラドガンも詳しく経緯を聞いており、魔力中毒の症状も知っている。急激な体温上昇、発汗、呼吸の乱れ、手足の震え。風邪などの体調不良と違い、いきなり症状が表れて意識が混濁するという特徴がある。
「治るのか?」
「消化不良のようなものでしょう。安静にしていれば、そのうち体内の魔力が霧散すると思いますよ」
「そのうちってどれぐらいだ?」
「さあ。孤児院の少女は丸二日ほど寝込んだそうですが」
魔力中毒に特効薬はない。手っ取り早い治療方法は取り込んだ魔力を外に出すこと。魔力の操作が出来る者がいればすぐに治せる。今回は当のリアンが意識を失っているため、表れた症状に対処していく対症療法しか取れる手立てがない。
「リィ……!」
濡らした手拭いをかたく絞ってから額に乗せると、すぐに体温が移ってぬるくなってしまった。何度も繰り返して額を冷やしてやりながら、サイラスは辛そうに下唇を噛み締めた。
危険な魔獣の森まで連れてきた張本人はサイラスである。魔獣の襲撃からは守る自身はあったが、魔力の操作に関しては何も出来ない。倒れた原因がエルガーの危機を救うためだという点も引っ掛かっていた。相手が誰であろうと目の前で危険な目に遭っている人を見掛けたら助けてしまう、リアンはそういう性格なのだとサイラスにはよく分かっている。それでも悔しさや嫉妬心だけはどうにも抑えきれなかった。
「さて、とりあえず魔獣の森の一斉掃討作戦を続けましょう。リアンさんがいなければ魔力の補充は出来ませんが、問題ありませんね? サイラス隊長」
「……ああ」
先に立ち上がったラドガンが天幕の出入り口に手を掛け、振り返る。顔には笑みを浮かべているが、目は笑っていない。リアンにばかりかまけて職務を疎かにするなと言わんばかりの態度である。サイラスは渋々重い腰を上げた。立ち上がる間際、するりとリアンの頬を撫でる。汗で冷えたのか、ひやりとした感触に思わず眉間にしわが寄る。
「では参りましょう。ヒューリオン隊の方々をあまりお待たせしては申し訳ないですし」
「寝過ごしたぶん、オレも頑張るからさぁ」
ヴェントとラドガンに手を引かれ、サイラスはリアンが眠る天幕から出た。
仮設拠点には現在エクソンから連れてきた衛兵数名と、今朝荷馬車と共にやってきた柵の補強作業をする使用人が数名滞在している。レイディエーレ隊とヒューリオン隊が出払っている今、衛兵が仮設拠点の守りの要となる。魔獣の森からさほど離れていないため、もし何か起きてもすぐに駆け付けられる距離だ。
「奥の天幕に病人をひとり寝かせている。誰も立ち入るな。拠点の防衛は任せた」
「はっ」
サイラスたちは魔獣の森へと戻っていった。後を任された衛兵たちは拠点の出入り口を封鎖し、付近に魔獣や盗賊などがいないか目を光らせている。彼らの注意は拠点の外へと向けられていた。
拠点の内部では、補強作業に従事する使用人たちが柵用の木材と縄を運んでいた。使用人の一人が用足しのために持ち場を離れたが、誰も気に留めなかった。
幾つか並ぶ天幕に遮られ、一番奥に建つ天幕は衛兵たちや使用人たちからも見えにくい場所にあった。出入り口に垂らされた布を捲ると、薄暗い中に横たわる姿が見える。苦しげな顔で眠る翡翠色の髪の青年ににじり寄り、使用人の男は頭と顔を覆っていた布を取り払った。
「……やっと一人になったな、リアン」
眠るリアンを憎々しげな顔で見下ろす栗色の髪の男はゲラート・ウラガヌス。リアンの養い親ウラガヌス伯爵グラニスの嫡男で、ヴァーテイル男爵令嬢キャリーの元婚約者である。姿をくらませていた彼は使用人に化けて仮設拠点に潜り込んでいたのだ。
「父親の素性も分からない、ウラガヌス伯爵家の面汚しめが。可愛いセレーネに恥をかかせただけでなく、俺からキャリーを奪いやがって。手紙を任せたのが間違いだった。俺が見ていないところでキャリーを誘惑したに違いない。なんて奴だ。この俺が仕事を任せてやったというのに恩を仇で返しやがった。クソが」
作業で汚れた手指を握り締めて拳を作り、リアンの顔を殴ろうとしたが、当たる寸前に止めた。ブツブツと恨み言を呟きながら、ゲラートは両手を掲げて魔法を発動する。
「──爬く深く昏く抉れ、“深淵”」
ウラガヌス伯爵家は土魔法の血筋。攻撃には向かないが、土を操る能力に秀でている。天幕の中心、リアンが横たわっている部分だけが沈み始めた。ゲラートが土魔法で地面に穴を掘っているのだ。
まるで底なし沼に引き摺り込まれるかのように、リアンの体が敷布や毛布ごと地面に飲み込まれてゆく。天幕の外からは何も見えない。外にいる衛兵や使用人たちは何が起きているか気付くことすら出来ないだろう。
「身の程知らずめ。生きたまま地面の下に埋めてやる」
底意地の悪い笑い声が天幕の中に響いた。
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