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第82話 家族愛
しおりを挟む波瀾の夜が終わった。
アリエラが眠りにつくために姿を消したことを皮切りに、それぞれ帰路に着く。サイラスはリアンと共に王都の家に行きたがったが、今夜くらいは親子で過ごせと言い含めた。アルカンシェル公爵家の馬車でルセインに戻り、リアンはドロテアの家へと帰る。もう遅い時間のため、ヴェントはラドガンの屋敷に泊まっていくらしい。
家に着いた瞬間、リアンの体から力が抜けた。食堂の椅子に腰を下ろして深々と溜め息をつく姿に、ドロテアが苦笑する。
「お話がまとまって良かったですわね、リアンさん」
「ええ。サイラス様の親子関係が改善されそうで安心しました」
「ロザリア様はずうっと侯爵様やサイラス様を想いながら、感情を抑え込むためにひっそり暮らしていたんですの。わたくしが魔導具修繕のお仕事に携わり始めた頃からの付き合いで、個人的な相談も受けておりましたのよ」
ドロテアは貴族ではないが身元がはっきりしている。同年代の女性ということもあり、相談相手としてはちょうど良い立場だったのだろう。明るく朗らかな彼女と接しているとつられて前向きな気持ちになれる。リアンも何度も救われているからこそ、ドロテアを頼りにするロザリアの気持ちがよく分かった。
貴族学院時代からラドガンがサイラスのそばについていた理由はドロテアから頼まれていたからかもしれない、とリアンは気付いた。もちろん現在の友情に嘘偽りはないが、親しくする切っ掛けの一つだったのてはないか。サイラスは孤独を感じていたけれど、ロザリアの愛情が回り回って彼のそばに人を集めていたのかもしれない。
「サイラス様も、目が覚めるかも」
サイラスの魔力不足は精神的なもので、複雑な家庭環境から自身の炎魔法を忌避して抑え込んだために起きた弊害である。父親と和解し、母親と再会した今、サイラスはリアンに頼らなくても魔法が使えるようになっているはずだ。悩みが解消されればリアンに対する執着も落ち着くかもしれない。
「また悪い癖が出ておりますわ!」
「うわっ」
悪いほうへと傾きかけた思考に気付いたドロテアがリアンの背中を軽く叩く。驚いたリアンが振り返ると、不敵な笑みを浮かべるドロテアの姿があった。
「忘れているかもしれませんが、ロザリア様の健康はリアンさんの肩に掛かっておりますのよ!」
「そうでした」
サイラスの母親、ロザリアは魔力過多のせいで長年体調を崩していた。恐らく常時魔力中毒の軽い症状が出ているのだろう。解消するためには魔導具だけでは足らず、定期的に魔力を抜く必要がある。アリエラがあてに出来ない今、魔力操作が可能な能力者はリアンのみ。つまり、ロザリアの健康管理にリアンは欠かせない存在となっていた。
「ちょうど良いではありませんか。サイラス様とロザリア様の間に立って仲を取り持って差し上げてくださいな」
「僕に務まりますかね」
「大丈夫! わたくしが保証いたします」
自信満々に言い切られると、自然とその気にさせられてしまう。自分もドロテアを見習わなくては、とリアンは改めて思った。
しかし、明るく前向きなドロテアが珍しく少し寂しげな表情をしていることに気付く。じっと顔を覗き込まれたドロテアは、照れ臭そうに肩をすくめた。
「……いけませんわね。もうリアンさんがわたくしの家に来る理由がなくなってしまうのかと思うと、なんだか寂しくて」
気ままな一人暮らしをしていたドロテアの家に保護される形でリアンが転がり込んでから数ヶ月。途中、騎士団の遠征任務で離れている期間もあったが、ウラガヌス伯爵家を出てからほとんど生活を共にしてきた。ドロテアは居場所を提供し、リアンは家事などの世話を焼いて互いに支えあってきた。
離れがたいのはリアンも同じだ。ドロテアの手を両手で握り、自分の胸元へと引き寄せる。
「ドロテアさんは僕の大事な家族です。あなたがいなければ今の僕はなかった。あなたが全てを変えてくれたんです。ご迷惑でなければ、これからもずっと家族でいさせてください」
「リアンさん……っ!」
ドロテアの瞳から大粒の雫がこぼれ、リアンの翡翠色の髪を濡らしていく。慌ててハンカチを差し出し、涙を拭いてやるが追いつかない。泣き止むまでの間、リアンはドロテアのそばから離れなかった。
「リアンさんの家族ということは、わたくしもアリエラ様やロザリア様の家族になれますのね! そう考えたら全然寂しくありませんわ!」
「ふふ、やっぱりドロテアさんは前向きですね」
「わたくしの取り柄はこれしかありませんもの!」
涙で化粧が崩れてしまっているが、無邪気に笑うドロテアはとても美しく魅力的に見える。リアンはより一層彼女のことを好きになった。
「家族というのでしたら、やはりわたくしのお兄様にも会っていただかないと!」
「アッやっぱ無しにしてもらってもいいですか」
「どうしてですの!」
いつものやり取りを経て、二人は顔を見合わせた。
「僕がドロテアさんを放っておけるわけないでしょ。自由にさせたら家が何軒あっても足りないですもん」
「わたくし、まだ厨房に入らせてもらえませんの?」
「当然ですよ。母様と同じく出入り禁止のままです」
「まあ! では世話をしに来ていただかなくては」
くすくす笑う二人の姿は誰が見ても仲の良い家族そのものだった。
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