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本編
38話:暗闇の中の光
しおりを挟む放課後の図書室にひとりで訪れたアデルは、本を探すフリをしながら人気のない奥へと足を踏み入れた。
徐々にランプの数が減り、薄暗くなっていく。
稀少な本を日焼けから守るため、奥の方の窓は全て塞がれている。伸ばした手が届く範囲くらいしか見えないような暗がりの中、アデルは真っ直ぐ足を進めていった。
以前訪れた際は心細かったが、今は何の不安もない。この先には必ず彼がいるのだから。
「ラグロ君、みーつけた」
「……また来たのか」
入り組んだ本棚に隠れるようにして、目当ての人物は本を読んでいた。彼のすぐ側には魔力で作られた光球が浮かび、手元を照らしている。
彼が座っている長椅子の隣に腰掛け、開かれたままの本を覗き込む。非常に難解な書かれ方をしているが、魔術の本であることだけは理解できた。
「今日は何を探しにきたんだよ」
「ラグロ君」
「は?」
「だから、ラグロ君を探しにきたの」
アデルからそう言われて、ラグロは小さく舌打ちした。長い前髪から覗く目はこちらを見ていない。不機嫌そうな態度を隠しもせず、ラグロは大きな溜め息をついた。
「……どうせ、ルシアスから頼まれたんだろ。仲を取り持つように、とかなんとか」
「それもあるけど、取り持つもなにも、まだ僕たちそんなに仲良くなかったからさ。少しは親睦を深めたいなーと思って」
この返答は予想外だったらしく、ラグロはきょとんとした表情でアデルを見た。隣に座るアデルは、そんなラグロを真っ直ぐに見つめ返し、そして「じゃ~ん!」と言いながら持参した紙束を取り出した。
「クラス委員のお仕事でーす!」
「……あ~……」
前回の学年末試験で同点一位となった二人は、次の試験の結果が出るまではクラス委員となる。アデルは生徒会役員でもあるが、クラス委員の仕事ももちろんこなさねばならない。
人前では会話に応じてくれない彼と仕事の話をするなら、やはり人気のないところに行かねばならない。
「プリントまとめる簡単なお仕事なんだけどさ、こんな暗いと作業しづらいし、明るくて広いとこ行かない?」
「……明るくすりゃいいんだろ」
そう言うと、ラグロはスッと手を上に掲げた。
周りに浮かんでいた光球の数が増える。その数、約十個。ひとつひとつは小さくてぼんやりした明かりだが、これだけあればかなり明るい。
次に、目の前の本棚を指差した。そのまま指を横にスライドさせると、音もなく本棚が横に移動した。おなじように周りの本棚を動かし、広い空間を作る。最後に何処からか小さなテーブルと椅子が飛んでくる。
あっという間に即席の会議室が完成した。
アデルは目の前で繰り広げられた光景に、ただただ驚くばかりだった。
「こんなもんか」
「エッ、これ全部魔術? すっっっご!!」
「うるさ……! ほら、クラス委員の仕事があるんだろ。何すりゃいいのか教えてくれよ」
「テーブル、糸で吊ってたわけじゃないよね!?」
「は・や・く・し・ろ!!」
「ご、ごめん。はしゃぎ過ぎた」
謝りながらも、アデルは興味深そうに周りをキョロキョロと見回した。こうしていると年相応の無邪気な少年としか思えないが、それだけではないとラグロは知っている。
テーブルを挟んで向かい合わせに座り、持ってきたプリントを広げる。数種類の内容のものがクラスの人数分。
「明日みんなに配布するから、その前に一人分ずつまとめてクリップで留めるんだ。地味だけど、こーゆー仕事意外と多くて」
「……なるほど。たしかに地味だが手間がかかる」
「大した量じゃないし、僕ひとりでやろうかと思ったけど、せっかく君とクラス委員になったから一緒にやりたくて」
「ん。そだな。俺もクラス委員だもんな」
意外にもすんなりと受け入れ、地味なプリントまとめ作業を黙々と進めるラグロ。下を向く時に邪魔になるからか、髪を耳に掛けている。普段あまり見られないから気にはなるが、凝視したら隠されそうなので、アデルは敢えてそちらを見ないようにした。
それよりも、誰とも喋らない彼が雑談に応じてくれているのが嬉しくて、わざとゆっくり手を動かす。それが伝わっているのか、ラグロも時々手を休め、作業が終わるのを先延ばしにした。
「あのさ、もしかしてだけど、いつもこの辺りの本棚を動かして迷路みたいにしてる?」
「うん」
「やっぱり。前と並びが違うなって思って」
「ハハッ、半泣きだった癖に覚えてんだ?」
「泣いてないし! ……他の人が奥まで来ないようにしてるってことだよね」
「うん」
「──じゃあ、なんで僕はすんなりここまで着けたのかな?」
そう言うと、アデルは手を止めて席を立ち、近くに並ぶ本棚の棚板を撫でるように手を滑らせた。この辺りにあるのはアデルの背の倍はありそうな高い本棚ばかり。今はこのテーブルの周りを囲むように並び直され、出口はない。
「本当は、用があるのは君だったりして?」
振り向くと、驚いたような顔のラグロと目が合った。この反応は予想外だったので、聞いたアデルが狼狽える。
「どっどうしたの。僕また調子乗っちゃった?」
「いや、……そうだよな。俺、なんで」
「ラグロ君?」
周りに浮かぶ十個の光球が明滅した。これはラグロが動揺している証だ。以前はすぐ治ったのに、今回はずっと点いたり消えたりを繰り返している。時折完全に真っ暗になるので、アデルは慌ててラグロの方に駆け寄った。
「ごめん、落ち着いて。僕、暗いのあんまり得意じゃないんだ」
「俺は、なんで、わざわざ……」
「ラグロ君!」
アデルは座ったままブツブツと自問自答し続けるラグロを背後から抱きしめた。すると、光球が全部消え去って辺りが完全な闇に包まれてしまった。
「な、何にも見えない!」
他に縋れるものが何もなくて、アデルはラグロを抱きしめる腕に力をこめた。真っ暗闇の中で、互いの感触と体温のあたたかさだけが感じられた。怖いけど、こうしていれば心細くはない。
「……あ、悪い。ちょっと混乱した」
おかしかったのはほんの数十秒ほどだった。すぐに気を取り直したラグロは、再び光球を発生させた。明るくなったことで、アデルはホッと息をついた。
「うわ~良かった~! 真っ暗な中で閉じ込められちゃうかと思ったよ~!」
「悪かったって、……おまえなんで抱き着いてんの?」
「えっ」
指摘されて、ぎゅうと抱きしめていた腕を解き、慌てて身体を離す。
「ふーん。おまえ、暗いの駄目なのか」
「だっ誰だって怖いでしょ、暗いのなんか」
「そうでもないけど」
「そりゃあ、ラグロ君は自分で明かり出せるから怖くないんだよ。僕にはそういうの無理だもん」
「お? また暗くされたいか?」
「ごめんなさい!!!」
こんなやり取りを繰り返して、最終的に二人で顔を見合わせて笑った。少しだけ距離が近くなったように感じる。
「ほら、プリント全部終わったぞ」
「ありがとう」
綺麗にクリップで留められたプリントを差し出され、アデルはそれを受け取った。同時に、背後の本棚が動いて出口が現れる。もう帰れ、ということだ。
またね、と言って立ち去ろうとするアデルの背中を眺めていたラグロだったが、ふと思い立って呼び止めた。
「なあ、暗いの怖い癖になんでこんなトコまで来るんだよ」
その問いに、アデルは笑ってこう答えた。
「ラグロ君がここにいるからだよ」
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