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54話・まだ、だめ

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 お風呂の湯が沸くまでの間、探索に持っていった荷物の仕分けを済ませる。洗濯物をカゴに集め、携帯食の包み紙は捨てる。リュックや装備はそれぞれのベッドの下に突っ込めば片付けはおしまいだ。

「うわ、髪ベタベタ」

 頬に張り付く横髪を指ですくい、耳にかける。
 ダンジョンで過ごした六日間、こまめに汗取り布を交換したり肌着を着替えたり身体を拭いたりもした。それでも髪も肌も汗と土埃で汚れていて不快感がすごい。

 近付いたら汗の匂いに気付かれてしまう。とりあえず濡らした手拭いでサッと身体を拭いてから、ゼルドさんに向き直る。

「脱がせますね」
「ああ、頼む」

 鎧の下に手を入れ、留め具をひとつずつ外し、バラバラになった服のパーツを全て引き抜いていく。どうしても密着せざるを得ない状況だ。留め具を外すことには慣れたけれど、ぴったり身体をくっつける行為にはいつまで経っても慣れる気がしない。

 階下に降り、女将さんから浴室の鍵を借りる。脱衣所で服を脱ぎ、二人で湯気の煙る浴室へと入った。今回は『偉大なる神の手』を忘れずに持ってきたので問題なくゼルドさんの身体を洗うことができる。

 洗い場で掛け湯をしてから先に湯舟に浸かっているゼルドさんの脚の間に座った。
 二人での入浴はすっかり定着してしまった。タバクさんのこともある。ゼルドさんはなるべく僕と行動を共にしようとしてくれているのだ。

「……あれ?」

 警戒対象であるタバクさんは今ダンジョンに潜っているのだから、別にここまでしなくても良かったのでは?

 そう思って尋ねてみれば、ゼルドさんはたっぷり数十秒黙り込んだ。そして、ハッと顔を上げる。

「ハイエナ殺しの犯人はまだ捕まっていない。用心に越したことはない」

 明らかに後からこじつけた理由だ。
 ゼルドさんをジト目で睨むと、ややバツの悪そうな表情で視線をそらした。やっぱりこじつけだったのか。

「理由がなければ駄目か」
「だ、ダメってわけじゃ」
「ならば何も問題ないな」

 ゼルドさんは浴槽の縁に持たれかけていた腕を回し、僕の身体を後ろからギュッと抱きしめた。

「……っ」

 触れた部分が熱く感じるのはお湯の温度か、好きな人に抱きしめられているせいか。

 照れ隠しに別の話題を振ろうとした瞬間、首筋に何かが触れ、ビクッと身体が跳ねた。
 ゼルドさんの両腕は僕を固定するように回されている。ならば、先ほどから首筋に当たる柔らかな感触は彼の唇だろう。

「ぜ、ゼルドさん」
「うん?」

 返事はするが、首筋へのキスは止まらない。

「あの、くすぐったいです」
「そうか」

 暗にやめてほしいと主張しているのに気付かないふりをされた。ゼルドさんは何度も何度も耳の後ろや肩、鎖骨の辺りに口付けている。ちゅ、と軽いリップ音が浴室内に響き、皮膚だけでなく耳からも刺激をされているようで頬が熱くなった。

「僕、まだ身体洗ってない……っ!」

 半泣きになりながら訴えると、ようやく唇が離された。ほっと息をついたのも束の間、ゼルドさんの腕に更に力がこもる。

「風呂上がりなら触れても良い、と?」
「え?いや、ええと」

 そんな言い方をされたら何と答えていいか分からない。でも、汗や土埃で汚れたままの状態で触られるのは困る。少なくとも今より風呂上がりのほうがマシだ、と小さく頷いた。

「わかった」

 腕の拘束が解かれ、ホッと安堵の息をつく。
 持ち込んだ『偉大なる神の手』を用いて鎧の下の肌を洗った後、ゼルドさんは洗い場に出た。鎧に覆われていない部分を自分で洗う後ろ姿をぼんやりと眺めながら、先ほどのやり取りの意味を考える。

 ダンジョン帰りの汚れた身体に触れられたくない一心で言っただけなのに、もしかしたらとんでもないことを了承してしまったんじゃないか。お風呂から出て部屋に戻ったらどうなってしまうのか。

「ライルくん、交代だ」

 悶々と考えていたら声を掛けられた。慌てて洗い場に出ると、入れ替わりでゼルドさんが湯舟に浸かる。いつもなら先に上がるのに。

「部屋に戻らないんですか」
「君を一人にすると心配だからな」

 洗い場の椅子に座り、肩越しに後ろの浴槽を振り返ると、ゼルドさんがこちらを見ていた。

 まさか、僕が洗い終えるまでそこに居るつもり?

 そう思ったらなんだか恥ずかしくて、早く洗いたいのに手がうまく動かず、いつもより時間がかかってしまった。

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