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七つの記憶

第52話:誰かの記憶 3

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「もう八十神やそがみくんには近付きません!」
『ホントかな~?』
『おまえはすぐ油断すっから信用ならねぇ!』
「ううっ、返す言葉もない……」

 説教タイムは終わったはずなのに、まだ小言は続いていた。新しく話せるようになった黄色の光……太儺奴タナドさんも完全に庇ってくれるわけではない。

『その辺にしといてやれって。かわいそうに、震えてんじゃねーか。チビ助は二度と約束は破らねえよ。……なあ?』

 この言い方。次にもし約束を破ったら一番怒るのは間違いなく太儺奴さんだ。螺圡我ラドガさんより怖い。

 話題を変えなくちゃ!

「あ、あのね、学校からの帰りに幽霊見たの。真っ黒なおじさんみたいな。でもね、千景ちかげちゃんがぶつかったら消えちゃった。なんでかなー?」
「あの子は心身共に健康だからね。そういう人はまず影響は受けないんだよ。消えたのは、千景ちゃんの生命力に霊が負けたからだと思うよ」
「へえ~!」

 千景ちゃんすごい!

「あと、普段から夕月ゆうづきの側にいるから、ある程度の耐性があるんだと思う」
「そうなんだ」
「でも無敵ってわけじゃない。常に七つの光を側に置いておかないと、夕月の友だちにも何か起きるかもしれないよ」
「わ、わかった」

 話題を逸らすはずが、結局ここに行き着いてしまった。でも、千景ちゃんや夢路ゆめじちゃんが危ない目に遭うのはイヤ。
 もっと気を引き締めなくちゃ!






 おや?
 ここはどこだろ。

 広い板の間の左右に強面こわもてのおじさんたちがずらりと並んで胡座をかいている。正面にある上座は少し高くなっていて、多分この中で一番偉い人が壇上で踏ん反り返っている。

 顔や腕には傷痕がたくさんある、二十代半ばくらいの男の人だ。

『顔を上げろ』

 男の人が見下ろしているのは、板の間の真ん中でずっと頭を下げてひれ伏している小さな白い塊。
 よく見れば、白い布を頭から被った人だった。

 無言で顔を上げたのは、十代前半くらいの女の子。顔は白く、唇には真っ赤な口紅が塗られている。お化粧してるし、真っ白な着物と頭から被った白い布。

 あっこれ昔の花嫁衣装だ!
 白無垢、時代劇で見たことあるよ!

 ……てことは、また夢かな。
 よく見るなあ最近。

 顔を上げた女の子を見て、左右に並んだおじさんたちがどっと笑った。

『おい頭領、随分若ぇヨメじゃねえか!』
『ちっさいなとは思ったが、こりゃあガキだ』
『っるせえ! 黙ってろテメエら!』

 手を叩いて笑うおじさんたちを一喝して黙らせ、男の人は壇上から降り、未だ床に手をついたままの女の子の前にしゃがみ込んだ。

『俺様が要求したのは領主の娘だ。今年で十七だって聞いてたんだが、おまえはどう見ても十二、三くらいじゃねーか』
『こ、小柄なだけでございます』

 小さな声で応える女の子。
 白粉のせいでわかりにくいけど、多分顔は真っ青になってるんだろう。手がカタカタと震えている。

『ハッ、まだ嘘を通す気か? ……俺様は舐められんのが一番許せねえ。正直に言わねえと領民皆殺しにすんぞ』
『……お許しください。お嬢様は身体が弱く、お屋敷から出たこともございません。身代わりもわたくしから申し出ました。ご領主様やお嬢様には何の咎も』
『バレたらそう言えって命令されたのか』
『違います、わたくしが望んでここに参りました』

 女の子はか細い声で、でもキッパリとそう言い切った。真っ直ぐ男の人の目を見据えて。

『おまえ、何しに来たか分かってんのか』
『侵攻をやめていただく代わりに、婚姻を』
『そうだ。だが、おまえみてぇなガキじゃ話にならねえ。俺様はヨメが欲しいんだ』

 その時、外が急に騒がしくなった。
 時間的には夜なのに、至るところが赤く見える。

『頭領! アイツら火矢を打ちかけてきやがった!』
『クソ、このガキもろとも焼き殺す気か!』

 赤いのは、屋敷の至るところから火の手が上がっているからだった。おじさんたちが慌てて部屋を飛び出し、火消しに奔走している。

『おまえが身代わりになってくれたってのに、随分と薄情な主人あるじじゃねぇか』
『はい、でも、それがお役目ですから』

 女の子は、ここに来てから初めて微笑んだ。
 その目に涙が光るのを見て、男の人は女の子を胸に搔き抱いた。






「また夢かぁ……」

 目覚める度に涙で枕が濡れている。
 あの後どうなったんだろ。
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