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選び取る未来
第70話:兄の決意
しおりを挟む山の麓にある神社。
その拝殿の裏に広がる森の奥。
七つの魂との繋がりを断つため、八十神くんの手を取って自分の丹田へと導いている最中に異変が起きた。
手と身体に巻きついた蔦が身体の自由を奪い、八十神くんとあたしは身動きが取れなくなってしまった。
これは植物を操る緑色の光、瑪珞さんの力だ。さっき、あたしから引き剥がされて家の二階に飛ばされたはずなのに。
そこへ息を切らせたお兄ちゃんが現れた。
手には懐中電灯を持っている。
「お、お兄ちゃん……」
「夕月、彼から離れろ」
「でも、あたしは」
「いいから離れるんだ!」
駆け寄ってきたお兄ちゃんは、あたしに絡まる蔦だけを取り除き、手を引いて八十神くんから距離を取った。
お兄ちゃんの手は震えている。肩で息をしてるし、なんだか苦しそう。
「まさか、家から走ってきたの?」
「瑪珞さんが身体に入ってくれてるから平気だよ。まだ動ける」
家から神社までは徒歩で十分、全力で走れば五分くらいで着く。そこから更に奥にあるこの場所に来るまでに五分は掛かるだろう。
身体が弱いのに、こんな無理をするなんて。
「榊之宮 朝陽か。まさか神格化した魂のうちの一つを憑依させているのか」
「その通りだ。僕は瑪珞さんと相性がいいからね、この状態でも力が使える。戦いには向かないけれど、君の動きを封じるくらいは出来る」
あたしを後ろに庇いながら、お兄ちゃんは八十神くんに向かって手を掲げた。蔦がギリギリと音を立てて八十神くんの身体を更に締め付けていく。
「ああ、これは苦しいね」
そう言いながらも、八十神くんは笑顔のままだ。どこか余裕を感じる表情を浮かべている。
「……で、これで僕を無力化したつもり?」
場の空気が変わった。
夜の森の冷えた空気が一気に重さを増して、上からのし掛かってくる。その衝撃で、あたしはその場に膝をついてしまった。お兄ちゃんは何とか立ってるけど辛そうに見える。
「榊之宮さんに免じて、今なら見逃してあげる。一人で家に帰りなよ。……そして、自分の無力さを痛感しな」
無力さを感じさせることで、お兄ちゃんの魂を成長させて神格化できる状態まで追い込む。
でも、お兄ちゃんはそれを拒否した。
「僕は二度と妹の手を離さない!」
『私は二度と妹の手を離さない!』
男の人の声が重なって聞こえた。
これはお兄ちゃんに憑依している瑪珞さんの声だ。同じ気持ちを抱いているから二人の姿が重なって見える。病弱で穏やかで優しい。そんなところまでそっくり。
「──兄さま」
涙が勝手に溢れて頬を伝い、落ち葉だらけの地面に落ちる。夢にみたあの女の子があたしの中で目を覚ました気がした。
「大丈夫だよ、夕月。僕が守るから」
「でも、お兄ちゃんが」
お兄ちゃんはまだ肩で息をしている。ここまで駆け付けてきただけでかなりの体力を消耗しているし、更に八十神くんから放たれる気迫みたいなものに圧されているからだ。
このままじゃ身体に限界が来てしまう。
「あたしはどうなってもいいから、お兄ちゃんに手を出さないで!」
震える足を無理やり立たせ、お兄ちゃんの前に立つ。
「さて、どうしようか。瑪珞は比較的穏やかな神だから、目の前で妹が死んでも自分を責めるくらいで済みそうかな?」
『己を責めるなど前の生でやり尽くした。また同じようなことになれば、私は私を赦せない。全てを呪う存在と成る』
それって、禍ツ神になっちゃうってこと?
嫌だよ、優しい瑪珞さんが、優しいお兄ちゃんがそんな悲しいモノになっちゃうなんて。
「まあ、僕はそんなの御免だから、過去の反省を活かして今回は出来る限りの対策をしてみたんだ」
そう言いながら、お兄ちゃんは口の端を上げて笑った。
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