上 下
84 / 98
未来のはじまり

第83話:神界の目的

しおりを挟む


 玲司れいじさんのおじいさんから神格化させる目的を問われ、八十神やそがみくんは僅かに目を細めて笑った。

八百万やおよろずとは言うけれど、実際はそんなに居ないんだよね。有名どころはともかく、延喜式神名帳や延暦儀式帳、その他文献にも記述がないような神は入れ替わりが激しい。信心する人がいなくなって禍ツ神マガツカミと化して処分されたりとかね」

 禍ツ神と聞いて、叶恵かなえちゃんがビクッと体を揺らした。実際に禍ツ神に意識を乗っ取られたことがあるもんね。もう浄化されて、今は縁結びの神さまとして復活してるけど。

「じゃあ尚更、無闇に増やしていいもんじゃないだろーが」

 鞍多くらた先生の言う通りだ。
 この町には、祀る人がいなくなって放置されたせいで霊的に不安定になっていた場所がたくさんあった。それをお兄ちゃんが身を削ってなんとか抑えていたんだから。

「うーん。これを言うとまた怒られそうな気もするけど、君たちには隠しておけないかな。さっきからずっと睨まれてるからね」

 睨んでいるのは七人だけじゃない。
 あたしを守護する七つの魂も、ずっと八十神くんに対して敵意を向けている。あんな目に遭ったんだから仕方ないよね。

「神格化した魂はいずれ上の次元に行く。誰しも名を知る日本を代表するような神々もね。でも、存在ごと居なくなられては困る。そこで、他の神と合一ごういつして、中身を少しずつ入れ替えてるんだ。習合しゅうごうとも言うかな。昔からあるんだよ、神々の習合。言い方は悪いけど、その入れ替え用の神が必要なんだ」

 ……よく分からなくなってきた。
 みんなも唖然としている。
 でも、嘘では無さそう。

「えー……っと、つまり、いずれは俺たちもそうなるってことか?」
「死後何百年後くらいにね。一番性質の似通った神と混ざって、溢れたぶんがに行く。その頃には生前の記憶も薄れ、個人としての意識はないと思うよ」
「え、でもコイツら完全に残ってんじゃん」

 玲司さんが指さしたのはあたしの周りに浮かぶ七つの魂だ。一番古い時代の人と思われる御水振オミフリさんは生前そのままの性格をしている。たぶん、他の六人もだ。

榊之宮さかきのみやさんに強い執着を持ったままだからだろうね。これはかなり特殊なケースだよ。習合しづらいけど、だからこそ力が強いんだ」
「……その『力の強い奴』を複数相手にして楽勝だったよな、おまえ」
「僕の力は必要に応じて天界から借りてるだけだから。あんなに様々な力を一度に借りたのは初めてだよ」

 あくまで笑顔で応える八十神くん。もう隠し事は一切してないんだろう。何を聞いてもすぐに教えてくれる。

「この町に来る前もこんなことをしていたのかね。今の家には一人で住んでるそうだが、君はまだ未成年だろう。親御さんは?」

 でも、この問いには少し返答に詰まった。
 と言っても、ほんの数秒。顔色も表情も変わらなかったけど、僅かに間が空いた。

「……僕は生まれつき雑多な霊から神仏までえてしまう。小さい頃は生きてる人間との区別がつかなくて大騒ぎしちゃって、それで不気味がられて親からは棄てられた」

 誰も声を上げることが出来ない。

「今は基本的に保護施設にいるんだけど、こういった『仕事』の時は周りに暗示を掛けてから単独で動いてる。施設では僕が親元に一時帰宅していることになってるし、引っ越し業者は親から依頼されたと思い込んでる。不動産屋もね。中学生が一人暮らしなんて怪しまれちゃうから近所にも認識阻害の暗示をかけて。……便利でしょ」

 だから誰もおかしいと思わなかったんだ。
 この町でやってきたようなことは今までにも何度もあったんだろう。手慣れている。




「ここでの仕事も終わったし、僕は施設に帰るよ。そして、また天界から仕事が来るのを待つ」




 そんな暮らし、楽しいのかな。
 楽しいわけないよね。

 八十神くんの笑顔はいつもと変わりないけど、やっぱり不自然だ。今まで千景ちゃんや夢路ちゃんが訴えていた違和感の正体が分かった気がした。
しおりを挟む

処理中です...