ローズマリーと犬

無名

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後章

Side T 9

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何往復もして、手に抱えられるだけの家電や家具や食料を運び込もうとするいつきを半ば無理やり制して止めると、まだ運べるよと力強く言われて苦笑いした。

「お前がおれのために手を貸したい気持ちは痛いほど伝わってるけど
 もう十分だって」
「でもまだ組み立てとか…」
「自分でやるよ。お前おれのことお姫様かなんかとでも思ってんのか」
「うーん、近いかな…」
「そこは否定しろよ」

そうは言ってもこの暑い中ひとりでこれだけの荷物を運び込むのは体力的にも精神的にも厳しかったのは確かだ。
ありがとうと言って汗で湿った頭に手を伸ばして髪ごと撫でてやると、目を細めてうんと微笑まれた。
抑制剤を飲んでなかったらまた匂いがうっとうしいくらい出ていたなと思う。
あまりにも大事にされすぎている。

「じゃあ俺帰るから。戸締りちゃんとしてね。
 ごはんちゃんと食べて…またおかず持ってくるからね」
「だからお前はおれの母親かよって」

何度も振り返りながら名残惜しそうに玄関を出ようとするいつきがまた「さびしいなぁ…」とぽつりと言うのに、おれの理性が本能に負けた。

気が付いたら背伸びをして、いつきを引き寄せてキスをしていた。

はっとしておれが口を離すより先にいつきの太い腕が腰に回って逃げ道を塞ぎ、そのまま深く深く蹂躙される。

「んんっ…ぷ…ぁ…」
「ん…ふ、透さんかわいい…」

薄目を開けると、愛おしそうな目と視線が絡まってカッと全身が熱くなり、だめだと突き飛ばすように身を離すと、息をするのを忘れていたようでぜえぜえはあはあと全力疾走したあとみたいな乱れ方で呼吸をしていた。
それにふふとまた笑って、じゃあまた連絡するね、といつも通りの顔で後ろ髪を引かれる様子もなく出て行った。

足音が遠ざかる音が、次第に聞こえなくなる。
おれはよろよろと散らかった6畳に戻ると、カーペットの敷いてない床にぺたんと腰を下ろした。
帰って来てすぐにエアコンを入れた。
だから床の冷たさが、玄関口で火照った体を冷やしたはずなのに。

「…はあっ…はあ、…はあっ」

おかしい。
だって、ヒートが来る周期には随分早い。早すぎる。
それなのにおれの股間は勃ち上がって、後ろからはじゅわりと何かが漏れた気がした。
下着が張り付いて気持ち悪いと思う間もなく、とぷりとぷりと後ろからは粘液が漏れて新居の床に液だまりを作る。
真夏のグラウンドに1時間も立っていたかのような脳の揺れ、身体のほてり。

おれは、いつきが好きだ。
傍にいるのに満たされない本能が暴走している、と直感で思った。
欲しい。欲しい。
脳裏に思い描く、先日のこと。
苦しい顔で一生懸命堪えながらおれを気遣う様子がまざまざと思いだされて、その色っぽさに下腹が痛くなる。
激しく突かれて、何も考えられなくなって、目の前の相手が愛おしくて、愛おしくて、この世のほかのことなんかどうでもよくなるくらい、あのときのおれにはいつきしかいなかった。

いつき。いつき。…いつき。

ここにはもう、彼はいない。

熱暴走した身体に脳が耐えられない。
理性が、とぶ。

「っはあ…!!」

これはだめだと思い、びしょびしょになった下着を脱ぎ捨てる。
そして指2本を一気に後孔に突き立てた。
いつきはどうやって触っていただろうか。
こすって、こねて、つまんで、つぶして。
彼の軌跡を思い描いて辿る。
腹に落ちる汗の感触、耳にかかる息、宥めるように髪をかき回す手。
全部、全部、おれのものだ。
ほしい。おれのαになってほしい。

いつき、好きだ。いつき。

「あっ…ああ…い、…き…うく、ふっ」

全身で感じたあのときの感覚をひとつずつ丁寧に脳裏に再生しながらあっと言う間に増やした4本の指を雑にかき回して背筋を反らす。
苦しい。足りない。もっとほしい。

「はあ、あああ…あっあっ、…ッあああああ!!」

どの指かもわからなくなった指先が前立腺を引っ搔いた瞬間に後ろで達した。
座っていられなくてそのまま床に突っ伏したときに引き抜いた指がねとねとと糸を引いているのが視界の端に見えた。
…ああ、全然足りない。熱が引かない。苦しい。
完全にヒートだ。

飲みすぎた薬の副作用かとイッた直後で少しだけクリアになった頭で考える。
しかしすぐに、これはおれがαを求めているせいでホルモンバランスが崩れたからじゃないかと否定した。
身体が苦しくて、じわりと涙がにじむ。

いつきにすがってしまいたい。
そうすればきっと、飛び跳ねるように喜んで、大事に大事にしてくれるだろう。

…そのあとは?

妙に冷静になって、そんな問いが浮かんできたことに、生理現象とは違う、悲しさから来る涙がぼろぼろと零れ落ちる。
ヒートで自律神経がイカれてるのだろうか。
だって、いま、すごく寂しいし悲しい。
床にからだをくっつけたまま、熱に呑み込まれるより先に沈み込む気持ちに引きずられてしばらく泣いた。
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