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「いい? 関谷さんは今はあきらさんだからね。家には早瀬が車で送るから。人間関係に関しては一応このファイルを渡しとく。それで、はい、これはプリペイド式の携帯電話。ここにいる間はこれ、使ってて。あきらさんの親しい友人には携帯替えたって連絡してください。あと、何かあったら早瀬の携帯番号登録してあるし、僕のも入ってる。心配しなくても、絶対に元の世界に戻してあげるから、一週間だけ我慢してて」
三時間、何度も何度もいろんな形で輝はひかるに説明した。
しかしどうやっても理解できないひかるに、仕方なく中途半端なまま最低限の注意事項のみ言い含めて関谷家へと帰すことにしたのである。
そして今、ひかるは早瀬の助手席に座っている。
窓から見える風景は、まるで普段とは変わりない。
何度か訪れたことのあるY大から自宅への道だ。
ひかるは自分がどうやら異世界に紛れ込んでしまったらしい、ということだけは理解したけれど、だからといってそれが普段とどんな風に違うのか、なんてことまでは理解できないでいた。
「ま、あんまり深く考えるなよ。ほんの少しのずれだからさ、殆ど変わりないと思うし。たった一週間だけだから、もしおかしな行動してもちょっとどうかしてるんだ、って感じで周りの人間も受け止めるだろうしね」
早瀬の運転は意外にも穏やかだった。
がっちりとした体躯と乱暴な口調、鋭い目つきなどからは想像できない。
「早瀬、さんって何歳?」
「お? 俺達の話を聞ける余裕が出てきたか?」
それは違う。
現実から離れてる話を聞いても理解できないから、もっと身近な話を聞こうと思っただけだ。
ひかるは思ったけれど、あえて口にしなかった。
「俺は二十九。Y大出てから薬品関係の仕事してる。Y大には商品卸したりしてるからしょっちゅう顔出してるんでね、輝の手伝いのできることはやってやるんだ」
「……輝って、何者?」
十五歳で博士号なんて、どう考えても普通じゃない。
「あいつはね、天才だよ。俺にも全く理解できないこと、考えてる。だから俺にはパシリしかできねーんだけど。あいつ、護ってやれるのは自分だって自信あるから、だからあいつの傍にいる」
「……輝、男だよな? あんたも。なのに?」
「関係ない。俺は輝が輝だからあいつのことを愛してるし、あいつも俺が男だってことは特になにも気にしてないし。別にオトコ好きってわけじゃないから、おまえのこと襲う気はねーよ」
根っからのストレートであるひかるは、ほっとした自分に気付いて内心苦笑した。
「紀子ちゃんだっけ? こっちにもいるよ。ただ、後でファイルで確認してくれればいいけど、おまえさんの恋人じゃあない」
「え!?」
「残念だったな。おまえの恋人は別人だ。それが誰かってのはおまえにはかなりのショックだろうから、俺の口からは伏せとくよ。とりあえず内海紀子うつみのりこちゃんは親友としておまえの傍にいるみたいだけどな」
何よりも、ショックだった。
どんなことが起きても、生まれ変わっても、自分は彼女と添い遂げるだろうと思えるくらい、恋人である紀子のことを想っているつもりだったから。
なのに、この世界だと自分と紀子は恋人でもなんでもないだなんて。
「の、紀子には恋人がいるのか?」
「さあね。そこまで知らないよ。おまえに関する情報はファイルしてるけど、おまえの友達の交友関係まではどうかと思ったし」
「信じられない……」
「ま、一週間の我慢だからさ。下の事情に関してはこっちの恋人に処理してもらうか、我慢するかしとけ。ムリヤリ紀子ちゃん襲うんじゃないよ」
ひかるは「そんなことしませんよ」とだけ言って、窓の外に目を遣った。
ほんの少し世界が違うだけで、そんなことが変わってしまうなんて。
改めて自分が異世界に放り出されていることを実感する。
「性格とか、おまえ自身に関してはそう変わりないはずだ。そこまでの大きなずれではないから。だから、あまり気にすんなよ」
黙りこんでしまったひかるのことをかわいそうに思ったらしく、早瀬が今までよりもずっと優しい口調で言った。
「別に、気にしてないよ。全然実感わかないし、普通に毎日仕事してりゃいいんだろ?」
「仕事かあ。大丈夫かな? まあ、やってみてだめだって判断したら休んじゃえば? 親父さんの権力あるから、簡単に休めると思うよ?」
早瀬は簡単に言うが、現実には「休みます」なんて簡単に通る職場ではない。
ただ、こっちの世界ではどうやら親父が“市議会議員”だなんて肩書きを持っているらしいから、ひょっとしたらそれも可能なのかもしれないけど。
「恋人に話すかどうかはおまえさんに任せるよ。紀子ちゃんにも。別に何が何でも隠さないといけない事実じゃないし。輝が元に戻せば恐らく総てが“無かった”ことになる。余程のことしなければね。それにまあ、こんなこと話しても誰もまともには受け取ってくれないだろうけど」
それはそうだろう。
現実に自分の身に起きていることだってのに、ひかるにもまだ信じきれないでいるんだから。
「輝も言ってたけど、何かあったら俺に電話しろ。輝は暫くおまえを元に戻すって作業に専念するから。天才ってのは集中力も人並みじゃないからな。邪魔してやるなよ」
「ああ。わかった。まあ、大丈夫だと思う」
「輝の方の準備ができたらまた連絡あると思うし。こっちからは極力連絡はしないようにするよ」
「ん」
そのまま二人は黙り込み。
結局黙ったままひかるは早瀬に送られて、見たことのない大きな家の前で“関谷家”だと降ろされた。
「後はおまえが自分の判断で動け。あまり、深く考えなくても構わないから」
早瀬はそう言い残して去って行った。
三時間、何度も何度もいろんな形で輝はひかるに説明した。
しかしどうやっても理解できないひかるに、仕方なく中途半端なまま最低限の注意事項のみ言い含めて関谷家へと帰すことにしたのである。
そして今、ひかるは早瀬の助手席に座っている。
窓から見える風景は、まるで普段とは変わりない。
何度か訪れたことのあるY大から自宅への道だ。
ひかるは自分がどうやら異世界に紛れ込んでしまったらしい、ということだけは理解したけれど、だからといってそれが普段とどんな風に違うのか、なんてことまでは理解できないでいた。
「ま、あんまり深く考えるなよ。ほんの少しのずれだからさ、殆ど変わりないと思うし。たった一週間だけだから、もしおかしな行動してもちょっとどうかしてるんだ、って感じで周りの人間も受け止めるだろうしね」
早瀬の運転は意外にも穏やかだった。
がっちりとした体躯と乱暴な口調、鋭い目つきなどからは想像できない。
「早瀬、さんって何歳?」
「お? 俺達の話を聞ける余裕が出てきたか?」
それは違う。
現実から離れてる話を聞いても理解できないから、もっと身近な話を聞こうと思っただけだ。
ひかるは思ったけれど、あえて口にしなかった。
「俺は二十九。Y大出てから薬品関係の仕事してる。Y大には商品卸したりしてるからしょっちゅう顔出してるんでね、輝の手伝いのできることはやってやるんだ」
「……輝って、何者?」
十五歳で博士号なんて、どう考えても普通じゃない。
「あいつはね、天才だよ。俺にも全く理解できないこと、考えてる。だから俺にはパシリしかできねーんだけど。あいつ、護ってやれるのは自分だって自信あるから、だからあいつの傍にいる」
「……輝、男だよな? あんたも。なのに?」
「関係ない。俺は輝が輝だからあいつのことを愛してるし、あいつも俺が男だってことは特になにも気にしてないし。別にオトコ好きってわけじゃないから、おまえのこと襲う気はねーよ」
根っからのストレートであるひかるは、ほっとした自分に気付いて内心苦笑した。
「紀子ちゃんだっけ? こっちにもいるよ。ただ、後でファイルで確認してくれればいいけど、おまえさんの恋人じゃあない」
「え!?」
「残念だったな。おまえの恋人は別人だ。それが誰かってのはおまえにはかなりのショックだろうから、俺の口からは伏せとくよ。とりあえず内海紀子うつみのりこちゃんは親友としておまえの傍にいるみたいだけどな」
何よりも、ショックだった。
どんなことが起きても、生まれ変わっても、自分は彼女と添い遂げるだろうと思えるくらい、恋人である紀子のことを想っているつもりだったから。
なのに、この世界だと自分と紀子は恋人でもなんでもないだなんて。
「の、紀子には恋人がいるのか?」
「さあね。そこまで知らないよ。おまえに関する情報はファイルしてるけど、おまえの友達の交友関係まではどうかと思ったし」
「信じられない……」
「ま、一週間の我慢だからさ。下の事情に関してはこっちの恋人に処理してもらうか、我慢するかしとけ。ムリヤリ紀子ちゃん襲うんじゃないよ」
ひかるは「そんなことしませんよ」とだけ言って、窓の外に目を遣った。
ほんの少し世界が違うだけで、そんなことが変わってしまうなんて。
改めて自分が異世界に放り出されていることを実感する。
「性格とか、おまえ自身に関してはそう変わりないはずだ。そこまでの大きなずれではないから。だから、あまり気にすんなよ」
黙りこんでしまったひかるのことをかわいそうに思ったらしく、早瀬が今までよりもずっと優しい口調で言った。
「別に、気にしてないよ。全然実感わかないし、普通に毎日仕事してりゃいいんだろ?」
「仕事かあ。大丈夫かな? まあ、やってみてだめだって判断したら休んじゃえば? 親父さんの権力あるから、簡単に休めると思うよ?」
早瀬は簡単に言うが、現実には「休みます」なんて簡単に通る職場ではない。
ただ、こっちの世界ではどうやら親父が“市議会議員”だなんて肩書きを持っているらしいから、ひょっとしたらそれも可能なのかもしれないけど。
「恋人に話すかどうかはおまえさんに任せるよ。紀子ちゃんにも。別に何が何でも隠さないといけない事実じゃないし。輝が元に戻せば恐らく総てが“無かった”ことになる。余程のことしなければね。それにまあ、こんなこと話しても誰もまともには受け取ってくれないだろうけど」
それはそうだろう。
現実に自分の身に起きていることだってのに、ひかるにもまだ信じきれないでいるんだから。
「輝も言ってたけど、何かあったら俺に電話しろ。輝は暫くおまえを元に戻すって作業に専念するから。天才ってのは集中力も人並みじゃないからな。邪魔してやるなよ」
「ああ。わかった。まあ、大丈夫だと思う」
「輝の方の準備ができたらまた連絡あると思うし。こっちからは極力連絡はしないようにするよ」
「ん」
そのまま二人は黙り込み。
結局黙ったままひかるは早瀬に送られて、見たことのない大きな家の前で“関谷家”だと降ろされた。
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