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月那

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「じいちゃん、じいちゃん」
「なんだ?」
「今日一日は俺のことひかるって呼んでいいよ」
 だって、今のこの“明”はひかるだから。
 納得が行くまで“ひかる”と呼べば、きっと“明をアイドルにしよう”っていうトンチンカンなことを言うこともなくなるだろう。
「優しいのお、ひかるは。聞いたか、節子?」
「はいはいはいはい。もお、ごめんねえ明。年寄りの言うことだからあまり気にしないでやってね」
「わしを年寄り扱いするな!」
「はいはい。じゃあ、黙ってテレビでも見ててね。はい明、枝豆とビール。これでおじいちゃんに付き合ってあげてね」
「わしもビール!」
「はいはい」
 祖母と祖父のやりとりを笑いながら聞いていたひかるは、
「じいちゃん、親父のこと嫌いなの?」
と何気なく聞いてみた。
 ひかるの本来の父と祖父は然程仲が悪い様子はないのだ。
「嫌いじゃあないんだろうけどね。ね、季里子」
「前に言わなかったっけ? 母さんたち、あなたができてから結婚したから」
 いわゆるデキちゃった婚てやつか。
 それなら昔聞いたことがある。
「順番が違う! っておじいちゃん怒ってねえ。でも元々お父さんとは結婚するつもりだったし、まあそれがいいきっかけになっただけって感じだったんだけど」
 じゃがいもの皮をむきながら、母は少し照れながら話す。
「で、あなたが産まれる時にね、折角だから来てもらって、産まれたあなたを見ればきっと許してくれるだろうって思って新幹線のチケットを送っておいたのよ。そしたら、ねえ?」
 母が笑いながら祖母を見た。
「全く、最後の最後まで行くだ、行かないだのぐずぐずやっておいて、挙句にホームまで来たら新幹線が出発しちゃってねえ」
「わしは最初から行く気なんかなかったんだーとかって、おじいちゃん怒鳴り散らして家に帰ったんだって」
 がんこじじいよねーと母は祖母と笑う。
 ひかるはやっぱり微妙に違う事実を知って感心していた。
 ひかるの祖父は新幹線に乗れたし、ひかるが産声を上げたのもちゃんと聞いている。
 そして産まれたてのひかるに“ひかる”と名付けた。
 父親が“明”と付けていたにも関わらず。
 それで“明”をひかると読ませる、なんてムリヤリな方法をとったせいで今のひかるがいるわけで。
「もうね、嫌ってなんかいないのよ。ただ拗ねてるだけ。ほら、おじいちゃんって職人さんでしょ? サラリーマンなんかに娘はやれん、とかゆってたのに、今じゃあお父さん“議員”さんになって偉くなっちゃったから何も言えないじゃない? 悔しいのよ」
 母にとっても、祖母にとっても笑い話なのだろう。
 二人はくすくすと笑いながら話してくれる。
 祖父もわかっているらしく、ソファで寝そべっているもののきっと話は聞こえているはずなのに、何も言わない。
 ひかるは三人のそんな様子が微笑ましくて、ダイニングの椅子に座ってビールを飲んでいた。
 きっと、ほんの少しのずれでもいろんなことが変わってくるだろう。
 そのずれで、人は不幸になったり幸せになったりする。
 でも、根っこの部分はきっと変わらないのだ。
 どんな風にずれても、恐らく別の部分の幸せが待っている。
 ようやく輝の言っていた“パイ生地”の意味がわかったような気がした。
 交わることのないその生地は、でも同じ空間を持って同じ様に重なっている。
 場所が違っても、きっと同じものだから。
 同じように“幸せ”というパイを形成しているものだから。
 あきらはきっと、ひかるとは違う幸せを感じているのだろう。
 それはどっちがより幸せだ、なんて較べられるものではなくそれぞれが別の幸せなのだ。
 でも、今こうしてここにいる自分はどうすればいいのだろう?
 “あきら”にとっての幸せは、けれど今の自分にはどうしようもできない。
 その時ふと思い出したのは、紀子ではなく朋之だった。

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