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車の中は無言だった。
早瀬としても何を言ってやればいいのかわからないのだ。
これまでも何度かこういった状況を見てきた早瀬であるが、何度経験してもなれることはない。
「……輝の熱、下がった?」
重苦しい空気を先に破ったのはひかるだった。
「ああ。もう、元気だよ」
前を向いたまま早瀬が返す。
「そっか」
ひかるも返したものの、会話は続かない。
結局、再び沈黙が訪れる。
ここにいるわけにはいかないことなんて、わかっている。
自分はこの世界にとっては「異物」だから、そのままここに居続けることはできない。
頭ではわかっているけれど、それでも感情は理解してくれない。
このままここに居て、自分が“あきら”として朋之に愛されていたい。
そう、思ってしまう。
でも、じゃあ紀子は?
自分にとって将来を共に歩んでいこうと決めた紀子という存在は?
今の自分はどちらを愛しているか、なんて答ははっきりとわかっている。
わかっているけれど、でもそれは「この世界」での話。
自分はきっと“あきら”だから朋之を選ぶのだ。
そう、納得させるしかなかった。
だって、どうにもならないのだから。
ここにいられないのだから。自分は“あきら”じゃないのだから。
ひかるは黙ったまま窓の外を見つめていた。
「……あ」
すると、横をすり抜けていくバイクが、まるでスローモーションのようにひかるたちの乗る車の前に転ぶ。
ものすごい急ブレーキ。
締めていたシートベルトがぎゅっとひかるの体を締め付けた。
けれど、そんなブレーキでさえ間に合うはずがなく、今までに経験したことのない大きな衝撃が車に伝わった。
大きな――千CCクラスだろう――バイクにぶつかった車は、幸いにも交通量の少なかったその道路で、他の車を巻き込むことなく、くるりとスピンして止まる。
「早瀬っ!」
「くそ、やられた」
「は?」
「ひかる、無事か?」
「えっと……」
ち、と舌打ちした早瀬に問われ、茫然としながらもひかるは自分が無傷であることを確認する。
あれだけの衝撃があったにも関わらず、首もなんともない。
「大丈夫、みたい」
「良かった。じゃあ、行くぞ!」
「行くぞ、って早瀬! バイクの人、怪我してるんじゃないの?」
「してるだろうね。けど構ってる時間ねーよ」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題なんだよっ! 自然を甘く見るな! 車から出たらおまえは他の車に轢かれて死ぬぞ!」
早瀬はただでさえキツイ目を更に鋭くして怒鳴った。
「車から出るな!」
「でも」
「でもじゃない! タイムリミットまで後二十分だ。それがどういう状況かわかってないだろう!」
「わかんないよ!」
一瞬だけ“自然の猛威”という言葉が過ぎったけれど、ひかるは目の前で苦しんでいる怪我人のことが心配で仕方なくて、バイクから数メートル離れた場所に止まっていた車から降りた。
「ひかる!」
慌てた早瀬がひかるを追い、歩いているひかるを通りかかった車が轢こうとするのをギリギリのところで引き寄せる。
それは一瞬の出来事で、ひかるがぎゅっと目を閉じた時には既に車は去ってしまっていた。
「!」
「だから!」
すれすれの所を走り去って行った車をひかるは愕然としながら見送る。
「戻るぞ!」
「……」
さすがにひかるも青ざめた顔で早瀬の腕に護られながら車に戻った。
早瀬としても何を言ってやればいいのかわからないのだ。
これまでも何度かこういった状況を見てきた早瀬であるが、何度経験してもなれることはない。
「……輝の熱、下がった?」
重苦しい空気を先に破ったのはひかるだった。
「ああ。もう、元気だよ」
前を向いたまま早瀬が返す。
「そっか」
ひかるも返したものの、会話は続かない。
結局、再び沈黙が訪れる。
ここにいるわけにはいかないことなんて、わかっている。
自分はこの世界にとっては「異物」だから、そのままここに居続けることはできない。
頭ではわかっているけれど、それでも感情は理解してくれない。
このままここに居て、自分が“あきら”として朋之に愛されていたい。
そう、思ってしまう。
でも、じゃあ紀子は?
自分にとって将来を共に歩んでいこうと決めた紀子という存在は?
今の自分はどちらを愛しているか、なんて答ははっきりとわかっている。
わかっているけれど、でもそれは「この世界」での話。
自分はきっと“あきら”だから朋之を選ぶのだ。
そう、納得させるしかなかった。
だって、どうにもならないのだから。
ここにいられないのだから。自分は“あきら”じゃないのだから。
ひかるは黙ったまま窓の外を見つめていた。
「……あ」
すると、横をすり抜けていくバイクが、まるでスローモーションのようにひかるたちの乗る車の前に転ぶ。
ものすごい急ブレーキ。
締めていたシートベルトがぎゅっとひかるの体を締め付けた。
けれど、そんなブレーキでさえ間に合うはずがなく、今までに経験したことのない大きな衝撃が車に伝わった。
大きな――千CCクラスだろう――バイクにぶつかった車は、幸いにも交通量の少なかったその道路で、他の車を巻き込むことなく、くるりとスピンして止まる。
「早瀬っ!」
「くそ、やられた」
「は?」
「ひかる、無事か?」
「えっと……」
ち、と舌打ちした早瀬に問われ、茫然としながらもひかるは自分が無傷であることを確認する。
あれだけの衝撃があったにも関わらず、首もなんともない。
「大丈夫、みたい」
「良かった。じゃあ、行くぞ!」
「行くぞ、って早瀬! バイクの人、怪我してるんじゃないの?」
「してるだろうね。けど構ってる時間ねーよ」
「そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題なんだよっ! 自然を甘く見るな! 車から出たらおまえは他の車に轢かれて死ぬぞ!」
早瀬はただでさえキツイ目を更に鋭くして怒鳴った。
「車から出るな!」
「でも」
「でもじゃない! タイムリミットまで後二十分だ。それがどういう状況かわかってないだろう!」
「わかんないよ!」
一瞬だけ“自然の猛威”という言葉が過ぎったけれど、ひかるは目の前で苦しんでいる怪我人のことが心配で仕方なくて、バイクから数メートル離れた場所に止まっていた車から降りた。
「ひかる!」
慌てた早瀬がひかるを追い、歩いているひかるを通りかかった車が轢こうとするのをギリギリのところで引き寄せる。
それは一瞬の出来事で、ひかるがぎゅっと目を閉じた時には既に車は去ってしまっていた。
「!」
「だから!」
すれすれの所を走り去って行った車をひかるは愕然としながら見送る。
「戻るぞ!」
「……」
さすがにひかるも青ざめた顔で早瀬の腕に護られながら車に戻った。
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