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「名前、教えてよ」と、トイレの前で朋樹に声を掛けてきたのが朔だった。
まさか自分の名前を聞いているとは思わなくて、一緒に働いているほのか目当てのナンパだろうと、
「女の子なんで、俺が勝手に教えるわけにはいかないです」と断ったが。
「いやいや、じゃなくてキミの」にこっと笑って言われ。
「ああ、俺っスか。芳賀です。あの、何かクレームっスか?」
さっき一度、彼の卓から空いたジョッキを下げようとした時、間違えて中身の入ったジョッキまで持ち去ろうとして止められたのを思い出した。
でもあの時は笑ってくれたハズで。
家族経営の小さな店である。下手にネットでゴネられるのは困る。そう思って朋樹が理由を聞くと。
「や、違う違う。純粋にオトモダチになりたくて」
と、へらへら笑った。
そんなことを言われ改めて見ると、男の朋樹から見てもなかなかのイケメンである。
百七十五はある自分が、目線が上を向いているくらいの長身だし、サラリーマンにしては明るめの髪色にしている辺り、オシャレにも気遣っているのがわかる。
「は?」
「だって、同い年くらいじゃね? いくつ?」
「あ、ハタチです」
「ほらビンゴ。大学三年?」
「ですです」
「俺、社会人三年目。ね、同級じゃん」
「あーそっスね」
「だから、友達になろ」
何故か、そんな会話になり。
「はあ、まあ、別にいいっスけど」
「敬語いらない」
「あ。うん」
「俺はね、朔。さっくんて呼んでよ」
軽い言葉。
女の子をこうやってナンパしているのだろう、と朋樹は軽くあしらおうとしたが、ふと。
「あ!」
「ん?」
「友達になったから割引しろとか要求されても、困る」
そういう手口があるのかも、と構えた。
「ないない、そんなことしないって。むしろ、芳賀くんが付いてくれんだったら、指名料払うし」
「そんなシステムないし」
わけのわかならいことを言い出すから、
「なんだよ、指名料って。俺侍らせるわけ?」笑って突っ込んだ。
「うん、侍らせたい」
が、朔はニヤリと嗤う。そして。
「横に座って、一緒に飲もうよ」と、腕を引く。
「……俺、男ですけど?」
「そんなの見りゃわかるよ」
「……え?」
「とりあえず、オトモダチからね。次来た時には連絡先、教えて」
そんなちょっとしたナンパなんてして、上司の元へと戻った。
朔の宣言通り、次に来たのはその翌日で。しかも一人。
本来は一人でカウンターに着く客に対応するのは女将さんなのだが、たまたま別の常連さんと話をしていたから。
手の空いていた朋樹が女将さんの代わりに接客。
そしてカウンターに座った朔が、注文を取ろうとした朋樹に向かい、
「約束通り、連絡先、教えて」と名刺を差し出した瞬間。
「お客さん、困りますね。ウチ、そーゆー店じゃねーんで、他当たってよ」
朋樹の腕を引いて朔を睨みつけたのは櫂斗だった。
櫂斗は、いつも言う。
「トモさん、大好き。俺のモノになってよ」と。
どこまでが冗談なのかわからないのが、その目が真剣だから、なわけで。
まだまだ成長期だと言う櫂斗は百七十を切るという、朋樹より少し低い身長だが、その体重は恐らく相当軽いだろう、細さ。
中学までは野球をやっていたというから筋肉がないわけではないのだろうが、どこからどう見ても華奢な体つきは完全にまだ少年。
黒髪は、それまで散々坊主頭だった髪をようやく伸ばし始めた、といった短髪だが、そんなことが全く気にならないその顔はとにかく可愛い、の一言に尽きる。
キャラメル色の瞳がくるんと大きいのに、目は切れ長の奥二重。可愛さと色気を同時に備えると言えるのはその目に特長があるからだろう。
薄い唇の端を上げていたずらっぽくくふくふ笑ってみたり、そうかと思えばツボにはまると仰け反って爆笑するから、ほんとに無邪気な少年である。
で。
そんなただひたすらに“可愛い”男の子が自分のことを好きだと言ってくるのだ。
彼女いない歴が一年を越えた時点で自分は“非モテ男”だと自覚している朋樹である。
それがここに来て何故か男二人から言い寄られるという、なんとも奇妙な状況になっているという事実に。
頭を抱えたくなるような、でも不思議と不快感はなく、いやむしろこの状況を楽しんでしまっている自分が。
ここ“おがた”から離れられない一番大きな理由だろうと、思う。
まさか自分の名前を聞いているとは思わなくて、一緒に働いているほのか目当てのナンパだろうと、
「女の子なんで、俺が勝手に教えるわけにはいかないです」と断ったが。
「いやいや、じゃなくてキミの」にこっと笑って言われ。
「ああ、俺っスか。芳賀です。あの、何かクレームっスか?」
さっき一度、彼の卓から空いたジョッキを下げようとした時、間違えて中身の入ったジョッキまで持ち去ろうとして止められたのを思い出した。
でもあの時は笑ってくれたハズで。
家族経営の小さな店である。下手にネットでゴネられるのは困る。そう思って朋樹が理由を聞くと。
「や、違う違う。純粋にオトモダチになりたくて」
と、へらへら笑った。
そんなことを言われ改めて見ると、男の朋樹から見てもなかなかのイケメンである。
百七十五はある自分が、目線が上を向いているくらいの長身だし、サラリーマンにしては明るめの髪色にしている辺り、オシャレにも気遣っているのがわかる。
「は?」
「だって、同い年くらいじゃね? いくつ?」
「あ、ハタチです」
「ほらビンゴ。大学三年?」
「ですです」
「俺、社会人三年目。ね、同級じゃん」
「あーそっスね」
「だから、友達になろ」
何故か、そんな会話になり。
「はあ、まあ、別にいいっスけど」
「敬語いらない」
「あ。うん」
「俺はね、朔。さっくんて呼んでよ」
軽い言葉。
女の子をこうやってナンパしているのだろう、と朋樹は軽くあしらおうとしたが、ふと。
「あ!」
「ん?」
「友達になったから割引しろとか要求されても、困る」
そういう手口があるのかも、と構えた。
「ないない、そんなことしないって。むしろ、芳賀くんが付いてくれんだったら、指名料払うし」
「そんなシステムないし」
わけのわかならいことを言い出すから、
「なんだよ、指名料って。俺侍らせるわけ?」笑って突っ込んだ。
「うん、侍らせたい」
が、朔はニヤリと嗤う。そして。
「横に座って、一緒に飲もうよ」と、腕を引く。
「……俺、男ですけど?」
「そんなの見りゃわかるよ」
「……え?」
「とりあえず、オトモダチからね。次来た時には連絡先、教えて」
そんなちょっとしたナンパなんてして、上司の元へと戻った。
朔の宣言通り、次に来たのはその翌日で。しかも一人。
本来は一人でカウンターに着く客に対応するのは女将さんなのだが、たまたま別の常連さんと話をしていたから。
手の空いていた朋樹が女将さんの代わりに接客。
そしてカウンターに座った朔が、注文を取ろうとした朋樹に向かい、
「約束通り、連絡先、教えて」と名刺を差し出した瞬間。
「お客さん、困りますね。ウチ、そーゆー店じゃねーんで、他当たってよ」
朋樹の腕を引いて朔を睨みつけたのは櫂斗だった。
櫂斗は、いつも言う。
「トモさん、大好き。俺のモノになってよ」と。
どこまでが冗談なのかわからないのが、その目が真剣だから、なわけで。
まだまだ成長期だと言う櫂斗は百七十を切るという、朋樹より少し低い身長だが、その体重は恐らく相当軽いだろう、細さ。
中学までは野球をやっていたというから筋肉がないわけではないのだろうが、どこからどう見ても華奢な体つきは完全にまだ少年。
黒髪は、それまで散々坊主頭だった髪をようやく伸ばし始めた、といった短髪だが、そんなことが全く気にならないその顔はとにかく可愛い、の一言に尽きる。
キャラメル色の瞳がくるんと大きいのに、目は切れ長の奥二重。可愛さと色気を同時に備えると言えるのはその目に特長があるからだろう。
薄い唇の端を上げていたずらっぽくくふくふ笑ってみたり、そうかと思えばツボにはまると仰け反って爆笑するから、ほんとに無邪気な少年である。
で。
そんなただひたすらに“可愛い”男の子が自分のことを好きだと言ってくるのだ。
彼女いない歴が一年を越えた時点で自分は“非モテ男”だと自覚している朋樹である。
それがここに来て何故か男二人から言い寄られるという、なんとも奇妙な状況になっているという事実に。
頭を抱えたくなるような、でも不思議と不快感はなく、いやむしろこの状況を楽しんでしまっている自分が。
ここ“おがた”から離れられない一番大きな理由だろうと、思う。
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