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「……あーびっくりした」純也を見送った櫂斗が、呟く。
「驚いたのはこっちの方だけどね」
 ほのかのセリフに、櫂斗が繋いでいた手を放した。

「俺、あいつのタイプなん?」
「知らん……けど、ま、確かにジュンさん、櫂斗に似てるかも」
「うそーん。俺あんな可愛くねーし」
「そりゃ、ジュンさんのが櫂斗の百倍は可愛いけどさ」
「言うねえ」

 二人して、目を見合わせて。鼻で笑った。

「ちょっと、さ……思うんだけどこれ、仲取り持ってやろっか?」
 ほのかが腕組みして眉を寄せる。
「どした、急に。ほのかに何のメリットもなくね?」
「何? メリットなかったらダメなわけ?」
「そんな優しかったっけ?」

「……あんた、ねえ。誰の為の提案だと思ってんのさ?」
「惚れちゃうじゃん」
 くふくふ笑いながら言って、櫂斗がハグなんてしてくるから。

「また芳賀が見たら誤解するぞ」
「たまにはヤキモチ、焼かせてみたい」
「あいつにそんな高尚な感情はなさそーだけど?」
「ほのかの中のトモさん、ひどくね?」
「そお?」
「まあ、俺としては安心だけどさ。俺、ほのかとだけは争いたくねーもん」
「何回も言ってるけど、この世にあいつと二人取り残されたとしても、確実に滅亡を選ぶからね」
「そんな? 俺、ほのかと二人きりの世界になったら、全然ほのか選ぶよ?」

 何をさらっと言いやがる、とまじまじと見てしまう。

「でもごめんね。俺もう、トモさんに運命感じちゃってるから」
「……って、こっちがフラれたみたいになってんじゃないのよ。ヤなヤツ」

「ほのか、可愛いすぎ」
「おまえがゆーなっつの、嫌味かよ」
「えーなんで? 思ってること全部顔に出ちゃうほのか、俺めっちゃ可愛いと思うけど」

 櫂斗にそんなことを言われ、
「はあ?」唖然とする。

「トモさんのフォローして、口ではドンマイなんて可愛いこと言ってるくせに、額に完全に怒りマーク見えてるし。気に入ってるお客さん来た時は頭の上にハートマーク見えるもんね」

 その瞬間、瞠目して動きが止まる。
 今まで、そんな風に言われたことなんて一度もなくて。
 感情が見えなくて、いつもいつも冷たい人間だと言われ続けてきたのに。

「だからさ。可愛いほのかに吊り合わない遠藤さんは、切り捨てちゃってもいいと思うよ」

 決して名前だけは言わなかったのに。
 当たり前にその名前を出されて。
 何も、返せない。

「俺と、少なくともかーちゃんは気付いてるよ。だからかーちゃん、ほのかの前でわざとあの人に奥さんの話振ってんじゃん」
「…………」
「ほのか、隙だらけ。ほんとは俺だって、ほのかのこと護ってやりたいって思う。でも、先にトモさんに出逢っちゃって、トモさんのこと護りたいって思っちゃったからさ」
「……だから、なんでフラれてんだっつの。失礼なヤツだな」

「ほーのか」
 くふくふ、いつもの鼻の奥でふざけた笑い。
 櫂斗がちょっと鼻にかかった声で――慢性鼻炎か?――、名前を呼ぶ。

「大好きだよ」
「…………ばーか」

 櫂斗は腹立つくらい、可愛く笑った。
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