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櫂斗のケツを揉んで、目を細めて何やら耳元に囁いている杏輔。
という姿が視界に入ったほのかは、一瞬だけ固まった。
とは言えそこは“大人”なほのかだから、次の瞬間にはスルーしてテーブル席の片付けに向かう。
全く、この店の客は何だってこう、“男”好きが集まるかな。
繁忙の時間ではないから、心持ちゆっくりと食器をトレイに載せながら内心呆れかえる。
女将さんという美女がいる居酒屋ではある。が、看板“娘”ではなく看板“息子”という櫂斗が店に出るようになってからは、不思議なくらい櫂斗狙いの男性客――圧倒的に女性客より男性客――が後を絶たず。
結果、この店の客の男女比率は今、確実に男性客が多いわけで。
確かに、可愛い。
中性的な雰囲気を持つ櫂斗は、女子目線からも確実に“可愛い”男のコで、しかもその女将さん譲りは容貌だけでなく中身の男前なトコまでそっくりで。
どちらかというと年配の男性客を、かるーく転がしながら虜にしている女将さんは、一体どこに目が付いているのか店内総ての状況を把握していて。
少しでもほのかが困った客に目を付けられようものなら、櫂斗や朋樹で撃退するのではなく、自分の色香を使って“常連客”へと移行させる。
それも、当人が恐らくそうとは気付かないよう自然に。
そして女性や若い男性客が、ほのかや朋樹に因縁を付けたりあるいはナンパなんてしている状況があれば、櫂斗が無邪気に笑って手懐けてしまうのだ。
逆に、ほのかに対して、下心こそあるけれど紳士な対応で店に通う客に対しては完全に見守り体制でスルーする。
それはほのかのモチベーションアップにも繋がるから。
ただし、朋樹狙いのギャル(あまりいないが)がきゃぴきゃぴしながら通ってくるなら、櫂斗が“トモさんは俺のだから”と冗談にしか取れないセリフで彼女たちを夢中にさせる。
イケメン二人の仲良し姿は女子の好物である、ということは、恐らく本人は無意識だろうが。
そんな中で、本気で櫂斗を狙う男性客というものを、思わず見てしまったほのかとしては。
朋樹に報告すべきか否か、迷うわけで。
ほのかだって、杏輔がいつも櫂斗を見て“可愛い櫂ちゃん”と鼻の下を伸ばしているのは知っている。
ただ、杏輔のそれが本気かどうか微妙なのは、女将さんに対しても同じ態度だから。
でもさっき目にした姿からは、やっぱり本気で櫂斗に言い寄っているとしか思えなくて。
朋樹は基本、店で櫂斗に言い寄る者(男女問わず)に対して、我関せずの態度でいる。
一度それとなく朋樹に訊いてみたら、“店での櫂斗は俺だけの櫂斗じゃないから”と意外にも大人な返事をしてきた。それはつまり、櫂斗が本気で採り合わないことを信じているということなのだろう。
ふわふわしている割に思いの外男前なセリフを言うから、少しだけ見直した。
本日、そんな朋樹は先日のゼミの打ち上げというヤツが近所の大手チェーン居酒屋で開催されているということで出勤していない。
その隙をついての杏輔の態度なのか、そもそも杏輔が朋樹と櫂斗の関係を知っているのかは定かではないのだが、少なくとも朋樹は杏輔が本気で櫂斗に入れ込んでいるとは知らないだろう。
カウンターに入って洗い物をしながら杏輔を見ると、今度はにこにこしながら女将さんと話をしている。
ま、ほっとくか。
めんどくさくなって、ほのかはそう結論付けた。
だって、あの櫂斗が朋樹以外の男に靡くとは思えない。
そして、自分に言い寄る男をあしらう技は、恐らく母親譲りでちゃんと持ち合わせているだろう。
つまり自分の出る幕ではない、ということ。
「ほのかちゃんって、朋樹と同い年?」
急に振られ、驚く。
「一個下です。今、二年なんで」
自分が杏輔の興味の範囲外にいるのはわかっているので、作業をしながら雑に答える。
「まだ、お酒は飲めないのかな?」
「や、成人済みなんで。どっちかっつーと自分、強い方だと思います」
「うわ、かっけー。この女将さんでさえ、あたしお酒弱いからなんていつも言ってんのに、自ら言い切るコなんて初めて会ったよ」
杏輔が笑うと、女将さんが「あたしが弱いのはほんとだもん」とちょっと拗ねて見せる。
「ポン酒一升一晩で空ける人間は、弱いとは言わないんだよ、女将さん」
「……まじっすか。すみません、イキっちゃいました。それには負けます」
ほのかが素直に白旗を揚げると、
「やだもう、若い頃の話だってば。今はすーぐ眠くなっちゃうんだから」
ぱたぱたと手で空を扇ぐ。
仕草も表情も、ただただ“可愛い”この妙齢の女性は、口ではそんなことを言っているが今でもはっきりウワバミである。
お客さんに付き合ってどれだけ飲もうとも、毎日のレジ締めまできっちりこなして店を閉めるわけだから、ほのかだって女将さんの酒豪っぷりは一応知っている。
という姿が視界に入ったほのかは、一瞬だけ固まった。
とは言えそこは“大人”なほのかだから、次の瞬間にはスルーしてテーブル席の片付けに向かう。
全く、この店の客は何だってこう、“男”好きが集まるかな。
繁忙の時間ではないから、心持ちゆっくりと食器をトレイに載せながら内心呆れかえる。
女将さんという美女がいる居酒屋ではある。が、看板“娘”ではなく看板“息子”という櫂斗が店に出るようになってからは、不思議なくらい櫂斗狙いの男性客――圧倒的に女性客より男性客――が後を絶たず。
結果、この店の客の男女比率は今、確実に男性客が多いわけで。
確かに、可愛い。
中性的な雰囲気を持つ櫂斗は、女子目線からも確実に“可愛い”男のコで、しかもその女将さん譲りは容貌だけでなく中身の男前なトコまでそっくりで。
どちらかというと年配の男性客を、かるーく転がしながら虜にしている女将さんは、一体どこに目が付いているのか店内総ての状況を把握していて。
少しでもほのかが困った客に目を付けられようものなら、櫂斗や朋樹で撃退するのではなく、自分の色香を使って“常連客”へと移行させる。
それも、当人が恐らくそうとは気付かないよう自然に。
そして女性や若い男性客が、ほのかや朋樹に因縁を付けたりあるいはナンパなんてしている状況があれば、櫂斗が無邪気に笑って手懐けてしまうのだ。
逆に、ほのかに対して、下心こそあるけれど紳士な対応で店に通う客に対しては完全に見守り体制でスルーする。
それはほのかのモチベーションアップにも繋がるから。
ただし、朋樹狙いのギャル(あまりいないが)がきゃぴきゃぴしながら通ってくるなら、櫂斗が“トモさんは俺のだから”と冗談にしか取れないセリフで彼女たちを夢中にさせる。
イケメン二人の仲良し姿は女子の好物である、ということは、恐らく本人は無意識だろうが。
そんな中で、本気で櫂斗を狙う男性客というものを、思わず見てしまったほのかとしては。
朋樹に報告すべきか否か、迷うわけで。
ほのかだって、杏輔がいつも櫂斗を見て“可愛い櫂ちゃん”と鼻の下を伸ばしているのは知っている。
ただ、杏輔のそれが本気かどうか微妙なのは、女将さんに対しても同じ態度だから。
でもさっき目にした姿からは、やっぱり本気で櫂斗に言い寄っているとしか思えなくて。
朋樹は基本、店で櫂斗に言い寄る者(男女問わず)に対して、我関せずの態度でいる。
一度それとなく朋樹に訊いてみたら、“店での櫂斗は俺だけの櫂斗じゃないから”と意外にも大人な返事をしてきた。それはつまり、櫂斗が本気で採り合わないことを信じているということなのだろう。
ふわふわしている割に思いの外男前なセリフを言うから、少しだけ見直した。
本日、そんな朋樹は先日のゼミの打ち上げというヤツが近所の大手チェーン居酒屋で開催されているということで出勤していない。
その隙をついての杏輔の態度なのか、そもそも杏輔が朋樹と櫂斗の関係を知っているのかは定かではないのだが、少なくとも朋樹は杏輔が本気で櫂斗に入れ込んでいるとは知らないだろう。
カウンターに入って洗い物をしながら杏輔を見ると、今度はにこにこしながら女将さんと話をしている。
ま、ほっとくか。
めんどくさくなって、ほのかはそう結論付けた。
だって、あの櫂斗が朋樹以外の男に靡くとは思えない。
そして、自分に言い寄る男をあしらう技は、恐らく母親譲りでちゃんと持ち合わせているだろう。
つまり自分の出る幕ではない、ということ。
「ほのかちゃんって、朋樹と同い年?」
急に振られ、驚く。
「一個下です。今、二年なんで」
自分が杏輔の興味の範囲外にいるのはわかっているので、作業をしながら雑に答える。
「まだ、お酒は飲めないのかな?」
「や、成人済みなんで。どっちかっつーと自分、強い方だと思います」
「うわ、かっけー。この女将さんでさえ、あたしお酒弱いからなんていつも言ってんのに、自ら言い切るコなんて初めて会ったよ」
杏輔が笑うと、女将さんが「あたしが弱いのはほんとだもん」とちょっと拗ねて見せる。
「ポン酒一升一晩で空ける人間は、弱いとは言わないんだよ、女将さん」
「……まじっすか。すみません、イキっちゃいました。それには負けます」
ほのかが素直に白旗を揚げると、
「やだもう、若い頃の話だってば。今はすーぐ眠くなっちゃうんだから」
ぱたぱたと手で空を扇ぐ。
仕草も表情も、ただただ“可愛い”この妙齢の女性は、口ではそんなことを言っているが今でもはっきりウワバミである。
お客さんに付き合ってどれだけ飲もうとも、毎日のレジ締めまできっちりこなして店を閉めるわけだから、ほのかだって女将さんの酒豪っぷりは一応知っている。
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