affection

月那

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once upon a time

once upon a time -2-

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 四月。
 春の華やいだ空気に包まれている大学構内には、受験戦争を無事にクリアした者たちが、まだ慣れない環境に少し戸惑いながらも、明るい表情で歩いている様子が溢れていた。
 ルカ――田所龍神タドコロルカもその一人である。
 午前の授業を終えて、高校時代からの友人、坂本大輝サカモトタイキと二人で構内にある学生食堂に向かって歩いていると、
「おお! ルカにタイキ、いいトコで出会った」
背後から声をかけられて振り返る。
「タクマ先輩」
「メシだろ? ナツが先行ってるから合流しようぜ」
 有無を言わせないまま、タクマ――斎藤琢磨サイトウタクマ――は二人の腕を掴むと、そのままルカ達の向かおうとしていた学食へと進んだ。
 この大学、工業大学というだけあって男子率が高い。
 故にいくつかある学食の中にも、そんな育ち盛りの男子学生の腹をしっかり満たしてくれるありがたい店があるわけで。
 そこはそのボリュームという観点において、お腹を空かせた者たちに圧倒的な人気を誇っていた。
 ちなみに女子学生や、彼女持ちリア充男子が向かうのは、こじゃれたカフェテリアであり、当然ながらそれはルカ達の向かう場所ではない。
 食堂に入ると、ナツ先輩――夏目輝明ナツメテルアキ――が既に山盛りのカレーを食べていた。
「おまえ、先食ってんなよな」
「俺二コマ目休講だったから腹減ってて。カレーの匂いは我慢できない」
「そりゃわかるけど」
 ナツのカレーに誘われたルカ達もそろって同じ食券を購入し、ナツの隣にタクマが、ナツの前にルカとその隣に坂本が座ると、もはや高校時代と変わらない状況で。
 地元の大学であり、同じ系列の工業高校からの進学先なせいか、高校時代の仲間がこの大学には多い。しかも四人共元高校バスケ部の先輩後輩である。二年前の高校の学食を彷彿とさせるこの状況に、ルカは軽くタイムスリップしたかのような感覚に襲われた。
「タクマ、ルカ達どこで拾って来たの?」
「丁度ルカがC棟から出てくるのが見えたからさ」
「ああ、ルカはデカいから目立つもんな」
「そろそろ二メートル行くんじゃね?」
「行きませんよ。もう止まりましたから」
「そんなことより、わざわざ俺たち捕まえてメシって、ミーティングでもやるつもりだったんですか?」
 ルカの身長ネタなんて、既に聞き飽きている坂本が先輩達の真意へと興味を示した。
「ああ、そうそう。週末、試合入ったからさ。次の土曜日空けとけよ。S大の体育館使える話になってて、そこのサークルと合同練習やってからの練習試合」
「S大って、去年まで女子大だったあのS大っすか?」
 坂本の目が輝く。何しろ坂本のバスケを始めた動機が「女子にモテたい!」という、いかにも単純なモノで。
「そう、そのS大。ウチと同じで本家バスケ部はゴリゴリで俺たちみたいな素人の出る幕ないんだけど、そのおかげでウチみたいなお気楽バスケサークルもあるんだよ。で、そちらのサークルさんが、二年のおねーさま部員だけじゃ一年生男子は持て余してしまうらしくて、良かったらご一緒にいかがですかー、とお誘い下さったわけだよ」
「まあ、タクマの彼女ちゃんがS大一年生にいるから来たお話だけどねー」
 ナツが捕捉説明すると、少し照れたようにタクマが笑った。
「タクマ先輩が勝手に決めていいんですか?」
「だって俺部長だもん。本家バスケ部は知らないけど、ウチみたいなお気楽サークルなんて二年までだよ、活動してるのは。三年からはゼミやら就活やらで遊んでる暇なんかなくなるしさ」
 この大学。本来のバスケ部は全国レベルだったりする。
 つまりは、高校時代インハイ県大会すら敗退するようなど素人部員なんて敷居が高過ぎて、ハナから見学もできない。
 しかしながらこうやって細々とまったりバスケを楽しむサークルも一応存在していて、バスケはしたいけどプロ目指してるわけじゃないし、という人間がそこそこ集まる。
「とりあえず、この四人は確定な。で、あとは二年が水野達三人と、一年が、あれ? 名前わかんねーや、デザイン科の二人組がいたろ?」
「山中と佐竹っすね。俺ライン知ってますよ」
 坂本がさらっと答えた。ルカと違って社交性が高いので、あっという間に連絡先は把握している。
「じゃあタイキ、連絡頼むな。土曜日朝八時に現地集合。場所わかるよな?」
「体育館が一個だけならわかりますけど」
「わかった、確認しとく。昼飯は各自用意しとけよ。そんかわり、夜は打ち上げやるから俺らで店おさえとくし」
 タクマのにやり、と笑った顔が、坂本のやる気をかなり引き上げてくれる。
 S大と合コン、というご褒美付きというわけだ。
「あ、先輩。俺夕方からバイトなんですけど」
 水を差すようにルカが言うと、
「ダメ! それ誰かと替わって貰えよな」
と坂本が慌てた。
「え? 別に俺打ち上げ行かなくてもいいけど」
「ルカはいてくれないと困る」
 タクマまでがそんなことを言う。
「認めたくはないが、お前の人気はバスケ女子には知れ渡ってっからな。いるといないじゃ、女子の集まり方が違うんだよ」
「あ、やっぱりそれって先輩の代でも有名なんスか?」
「頭に来るけどなー。タクマの彼女ちゃんもルカのことは知ってたらしいよ」
ナツに言われてルカは鼻で笑う。
「デカイってだけっしょ? ウチの高校俺が一番タッパあったし、この大学でもバスケ絡みの奴とかガチ系スポーツ部以外で俺よりデカイ奴なんて見たことないし」
 百九十近い身長のせいで「集合場所」扱いされることも多々あるルカは、ただデカイというだけで目立つのだと自覚している。
「そりゃデカイってのもあるけど、お前高校ん時かなりモテてたじゃん」
坂本が言うと先輩達も鼻白んだ。
「別にモテてねーし。てか、一応バイト替わって貰えるか訊いてみるけど、ダメだったら試合終わったら帰りますから!」
 少し膨れたように言うと。
「拗ねんなよ。かわいー奴だなー」ナツがルカの頭を撫でる。
「出た、ナツ先輩のルカ贔屓」
「ナツはルカお気に入りだもんなー」
「だって可愛いじゃん。タイキはナマイキなんだよ」
「ほらー、そーやってルカばっかり可愛がる」
「大丈夫、大丈夫。そんかわりタクマはタイキ可愛がってるだろ」
「ナツ先輩、違います。タクマ先輩のは可愛がる方向が違ってるし。ちょースパルタだし」
「スパルタも愛情の証さ」
「そんな愛情いらない~」
 タクマにヘッドロックされた坂本が腕を叩いてギブアップを訴える。
 高校時代毎日のように行われていたそんなじゃれあいが懐かしくて、久しぶりに大笑いして。
 おかげで、静かとは言い難い学食内にも関わらず、周囲の冷たい目を浴びることになった。
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