50 / 71
50 渡したいもの
しおりを挟む
憂鬱な気分は晴れないものの、バザーを止める気は全くなかった。すでに二回目を終えた今、ヴェンシュタイン公爵夫人としての評価も上がってきている。貴族の知り合いはますます増え、屋敷に招かれることも多くなった。
王都に屋敷を構える貴族たちは、シーナにどんな品物ならバザーで売れるのか質問してきたりする。時には屋敷に招かれて、着れなくなったドレスや子供服を譲り受けることもあった。貴族の間で古着をやり取りする事は通常あり得ないが、バザーとなれば話は別である。
貴族用の布は上質で王都の人々に喜ばれるので、ドレスの糸をほどいてただの布にしたり、簡素な普段着に縫いなおして売ることにした。お針子として働いていたシーナにとってはごく普通のことだし、世話はメイド達がやってくれるので縫い物をする時間ぐらいはある。レクオンもシーナの過去を知っているので、頼む前から部屋のなかにお針箱が用意してあったのはとても嬉しかった。
二回目のバザーを終えて一週間ほどたった日、シーナはある伯爵夫人に招かれてサイズが合わなくなったドレスを貰い受けた。肌触りのいいサテン生地と温かそうなベルベットの生地。高級素材なのに二着も譲ってくれるという。
「実は私、お腹に子供がいるのです。だからしばらくは細身のドレスは着れそうになくて……だんだん太ってきてしまったし。出産後はドレスを仕立て直すことになりそうです。どうか遠慮なく貰ってくださいな」
「まぁ、おめでとうございます。二着も譲ってくださって、本当にありがとうございます」
よく見れば、確かに伯爵夫人のお腹は少し膨らんでいた。お腹を手でそっと撫でる夫人はとても幸せそうだ。シーナは彼女の負担にならないよう、面会を短めにして屋敷を辞した。
あとは馬車に乗って古城へ戻るだけなのだが、何故だか胸の中がもやもやする。しばらく馬車に乗っているうちに、自分が落ち込んでいることに気づいた。
(わたし……あの方が羨ましいんだわ)
何の悩みもなく子供を授かれる人が羨ましい。シーナは子供が欲しいけれど、レクオンはそうではないから……諦めるしかないのが悲しい。
暗澹たる気分で馬車に揺られていると、向かい側に座ったマリベルが「あっ」と声を上げた。
「シーナ、道の先で手を振ってる人がいるわ。どうする? 少し面倒なことになりそうだけど……」
「……馬車をとめるわ。無視するわけにはいかないもの」
道の先には日傘を差す侍女、そして日傘の下にいるのは赤みがかったダークブラウンの髪の令嬢――シェリアンヌだ。よりにもよって、いちばん嫌なタイミングで彼女に会ってしまった。この馬車にはヴェンシュタイン公爵の紋が入っているから、シェリアンヌにも誰が乗っているか分かったのだろう。
シーナは仕方なく馬車をとめ、彼女の横に降り立った。
「お久しぶりですわね! お茶会では面白い話を聞かせてくださって、ありがとうございます」
シェリアンヌはにぃっと笑いながら、嫌味なのかどうか分からない挨拶をする。シーナは曖昧に頷き、「お久しぶりです」と言葉を返した。
「ちょうど良かったですわ、わたくしヴェンシュタイン公爵夫人にお渡ししたい物がありましたの。少しお茶でもいかが? 立ち話もなんですし」
「長い時間は無理ですが、それでもよろしければ」
「もちろん構いませんわ。どうぞ、わたくしの後に続いてくださいまし」
あなたと長い時間お喋りするなんて無理です――という気持ちを込めて言ったのだが、シェリアンヌは全く気にする気配もない。シーナは渋々マリベルを連れてシェリアンヌを追いかけた。
数分歩いたところでシェリアンヌは足をとめ、この店だと指図する。貴族専用の喫茶店のようだ。この辺りは貴族の屋敷ばかりなので、ほとんどの店は貴族御用達になっている。平民の姿はなく、歩いているのは着飾った貴族だけ。シーナはさびれた裏通りとの差を感じながら店に入った。
「いつもの席でよろしいですか?」
「ええ、それでいいわ」
どうやらシェリアンヌはお得意様らしい。店の者は彼女がなにを言わなくても、迷うことなく店の奥へ案内していく。窓からの景色がよく見え、かつ仕切りによって会話が聞こえにくく配慮された席だった。
席についたシェリアンヌはメニューも見ずに「いつもの」と命じている。シーナは『本日の紅茶』というものを頼んで待つことにしたが、のんびりお茶を飲む気はない。さっさと古城へ戻らないとレクオンに怪しまれるし、なによりシーナが早く帰りたい。自分から話を切り出すことにした。
王都に屋敷を構える貴族たちは、シーナにどんな品物ならバザーで売れるのか質問してきたりする。時には屋敷に招かれて、着れなくなったドレスや子供服を譲り受けることもあった。貴族の間で古着をやり取りする事は通常あり得ないが、バザーとなれば話は別である。
貴族用の布は上質で王都の人々に喜ばれるので、ドレスの糸をほどいてただの布にしたり、簡素な普段着に縫いなおして売ることにした。お針子として働いていたシーナにとってはごく普通のことだし、世話はメイド達がやってくれるので縫い物をする時間ぐらいはある。レクオンもシーナの過去を知っているので、頼む前から部屋のなかにお針箱が用意してあったのはとても嬉しかった。
二回目のバザーを終えて一週間ほどたった日、シーナはある伯爵夫人に招かれてサイズが合わなくなったドレスを貰い受けた。肌触りのいいサテン生地と温かそうなベルベットの生地。高級素材なのに二着も譲ってくれるという。
「実は私、お腹に子供がいるのです。だからしばらくは細身のドレスは着れそうになくて……だんだん太ってきてしまったし。出産後はドレスを仕立て直すことになりそうです。どうか遠慮なく貰ってくださいな」
「まぁ、おめでとうございます。二着も譲ってくださって、本当にありがとうございます」
よく見れば、確かに伯爵夫人のお腹は少し膨らんでいた。お腹を手でそっと撫でる夫人はとても幸せそうだ。シーナは彼女の負担にならないよう、面会を短めにして屋敷を辞した。
あとは馬車に乗って古城へ戻るだけなのだが、何故だか胸の中がもやもやする。しばらく馬車に乗っているうちに、自分が落ち込んでいることに気づいた。
(わたし……あの方が羨ましいんだわ)
何の悩みもなく子供を授かれる人が羨ましい。シーナは子供が欲しいけれど、レクオンはそうではないから……諦めるしかないのが悲しい。
暗澹たる気分で馬車に揺られていると、向かい側に座ったマリベルが「あっ」と声を上げた。
「シーナ、道の先で手を振ってる人がいるわ。どうする? 少し面倒なことになりそうだけど……」
「……馬車をとめるわ。無視するわけにはいかないもの」
道の先には日傘を差す侍女、そして日傘の下にいるのは赤みがかったダークブラウンの髪の令嬢――シェリアンヌだ。よりにもよって、いちばん嫌なタイミングで彼女に会ってしまった。この馬車にはヴェンシュタイン公爵の紋が入っているから、シェリアンヌにも誰が乗っているか分かったのだろう。
シーナは仕方なく馬車をとめ、彼女の横に降り立った。
「お久しぶりですわね! お茶会では面白い話を聞かせてくださって、ありがとうございます」
シェリアンヌはにぃっと笑いながら、嫌味なのかどうか分からない挨拶をする。シーナは曖昧に頷き、「お久しぶりです」と言葉を返した。
「ちょうど良かったですわ、わたくしヴェンシュタイン公爵夫人にお渡ししたい物がありましたの。少しお茶でもいかが? 立ち話もなんですし」
「長い時間は無理ですが、それでもよろしければ」
「もちろん構いませんわ。どうぞ、わたくしの後に続いてくださいまし」
あなたと長い時間お喋りするなんて無理です――という気持ちを込めて言ったのだが、シェリアンヌは全く気にする気配もない。シーナは渋々マリベルを連れてシェリアンヌを追いかけた。
数分歩いたところでシェリアンヌは足をとめ、この店だと指図する。貴族専用の喫茶店のようだ。この辺りは貴族の屋敷ばかりなので、ほとんどの店は貴族御用達になっている。平民の姿はなく、歩いているのは着飾った貴族だけ。シーナはさびれた裏通りとの差を感じながら店に入った。
「いつもの席でよろしいですか?」
「ええ、それでいいわ」
どうやらシェリアンヌはお得意様らしい。店の者は彼女がなにを言わなくても、迷うことなく店の奥へ案内していく。窓からの景色がよく見え、かつ仕切りによって会話が聞こえにくく配慮された席だった。
席についたシェリアンヌはメニューも見ずに「いつもの」と命じている。シーナは『本日の紅茶』というものを頼んで待つことにしたが、のんびりお茶を飲む気はない。さっさと古城へ戻らないとレクオンに怪しまれるし、なによりシーナが早く帰りたい。自分から話を切り出すことにした。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる